スターレイン

スターレイン


  夜空にキラリと輝く星は
  星の子どもの生まれるところ

  さぁ、旅立ちのときがきた

  そんな はじまりの物語



「え!? こっから飛び降りんのっ!?」
 おれの叫び声に連鎖するように、ザワザワが広がっていく。

 “ここ”ってのは…もちろん、おれが指差す先で。地面にぽっかり空いた星形の穴のこと…だ。
 今日“旅立ち”を言い渡されたおれたち30人は、ここに連れて来られてすぐ穴に飛び込むように言われたんだ。
 とはいえ、覗き込んだ穴の先は真っ暗で何も見えず、底も見えないわけで。恐怖心ばかり煽られたおれたちが行くのを躊躇っても…おかしくないだろ?

 そんな不安げなおれたちの視線の先で、優しく微笑むマムは頷く。
「私の光を編み込んだこの布を持ってゆけば大丈夫ですよ」
 脇に置いてあった布の山からペロンと1枚広げられたそれは、黒の地色にマムのサラッサラの髪にそっくりな金色の星形が規則正しく並んでた。
 ただ、せっかくマムが作ってくれたものだけど、どうにも安っぽいっていうのかな? …残念だけど『それがあれば大丈夫』なんて到底思えない感じだった。
 1枚1枚おれたちに配られていくシャラリとした布を間近で見るほど、その気持ちは強くなる。
「…ホントに、大丈夫なのか…?」
 思わず零れた本心に気づいたマムが、キラキラ光る瞳でおれを見つめる。
「私が嘘をついたことがありましたか?」
「……ない、です……」
 その目の前じゃあ、首を振ることしかできない。
 実際、マムはおれたちの母親みたいなもので、何でも教えてくれる先生でもあって、今までおれたちに間違ったことを教えたことはないんだ。だから、信じられない気持ちが強くても、そう言われたら信じるしかないわけで。
「やってみればわかりますよ。その布はあなたたちに“羽”を与えてくれますから」
「はね…」

 この、布が…?

 いくらマムが言ったからって、物を包むのに丁度よさそうなただの布切れが羽になるなんて想像できやしない。ジーッと疑いの目を向けて首を傾げてたら、ポンとマムの手が肩に置かれるんだ。

「星(ショウ)、あなたから行きませんか?」
「え!? おれからぁ!?」

 いきなりのことに心臓が跳ね上がってドキドキとうるさくなる。
 そりゃ、いつかはこの穴に飛び込まなきゃいけないのはわかってるんだ。最初でも最後でも変わんないと言えば変わんないんだろうけど…緊張、するだろ?

 行ったことも見たこともない、新しい世界への旅立ち。

 その入り口が、こんな底も見えない胡散臭げな穴なんだ。不安が広がれば緊張は普通よりも増すもの。
 でも、肩に乗せられたマムの手の温かさを感じていたら、不思議と心が落ち着いてく。

 絶対、大丈夫。

 その思いに突き動かされて、おれは力強く頷いた。


 ザワザワと仲間の声を後ろに聞きながら、両手で布を掴んだままマントのように背中に流す。
 ドクン、ドクン、としっかりとした鼓動が身体全体に響いてる。その音が、リズムが、なんでかおれのやる気を沸き起こしてくれて。

 スゥっと大きく息を吸ったおれは、えいや、と穴の中に飛び込んだ。


「って、やっぱり落ちるんじゃあぁぁ―――――ん!!!」
 足元のない恐怖感。そして、内臓がゾワリとするほどの浮遊感。
 怖くて怖くて叫びながら落ち続けてたら。

 ふわり。

 落下が止まって、その場に自分の身体が浮くのがわかる。何が起こったのかと思って周りを見れば、マムから貰った布が金色に輝いて…ハタハタと羽ばたいていた。

 『羽になる』って言われた理由はこれだったんだ。

 茫然と見上げていたら…そいつがまるでこっちの様子を窺うみたいに覗き込んでくる。
「え? な、なに? なんだよ?」
 そのまま右や左、上や下に羽(って言っていいものかわかんないけど)の先を向けて、またおれを見てくるんだ。
 何か言いたいことがあるってのはわかったけど、その意図は全く掴めなくて首を傾げる。

 と、くるり。

 360度回転する視界に、ようやく回りに広がっている世界に気がついた。


 一言で言うなら…闇の海に広がる光の波。


 真っ暗で底が見えないって思ったのも当たり前で、新しい世界は暗黒が支配してたんだ。でも、そこには数え切れないくらいたくさんの光 ―― おれたちが、たくさんたくさん泳いでた。

 …あ、そっか。こいつ、どこに行きたいか聞いてたんだ。

 ふっと“羽”の意図がわかったおれは、にっと笑って光の固まっている場所に視線をやる。
「とりあえず、あっち!」
 了解、とでも言うように一度羽ばたいたこいつは、おれを望む方へと連れて行ってくれる。


 さぁ、旅のはじまりだ!


 何が起こるのか。
誰が、おれを待ってるのか。

 何にもわからない。

 けど、“そこ”には希望が詰まってる気がして。


 おれは、自分の足で自分の生を歩みはじめた。

- end -

2013-11-23

谷崎アヲイ様にリクエストして描いていただいた「流れ星」イラストにアテレコして贈り返した作品です。

勢いよく飛び降りる星君の旅はどんなものになるんでしょうね?


屑深星夜 2012.8.16完成