今は昔…というほど昔ではない、今日この頃。ある国の小さな村に、アサカ牧場がありました。その名の通り、アサカさんの牧場で、いろいろな動物が暮らしています。
おやおや? 何匹もの動物たちがアヒル池に集まっていますよ。一体何を話しているんでしょうか?
昼を過ぎて、太陽がギラギラと大地を暖める時間です。
アヒル池の岸に集まったぶたろうたちは、首をかしげて悩んでいました。
「……“海”ってなんなんだわ?」
いつもおしゃべりなはずのかえるんが、ポツリと一言そう言いました。
ことの始まりは、今朝のことです。
ここのところ暑い日が続いているので、自然とアヒル池にぶたろう、にわとし、うさみ、うしお、うしえが集まって来ていました。そこに、スズメのすずよが飛んできます。
「ねぇねぇ、みんな! “海”って何かわかる?」
「“海”?」
首を傾げるぶたろうたちに、すずよが続けます。
「さっき人間の子どもが『夏はやっぱり海だな!』って言ってたのヨ。なんなのかわかんなかったけど、それがわかればすずたちもきっと涼しく夏を過ごせるかな〜って思ったのヨ!」
「涼しく過ごせる…? それいいわね! 海がなんなのかみんなで考えましょ!」
暑さにだれていたうさみが真っ先にすずよの考えに乗り、みんなで“海”がなんなのか考えることになったのでした。
しかし、昼を過ぎても答えは出ません。なぜなら、“海”という言葉以外、それがなんなのかわかるヒントが全くなかったからです。
「涼しくなるものだろ……? 日陰か?」
「日陰は日陰よ! “海”じゃないわ!」
自分の考えをうさみに否定されたにわとしは、がくんと肩を落としてしまいました。
「時々アサカがくれる氷みたいに、冷たくて食べれるものかな?」
「お水と風が一緒になると涼しいんだモー」
「夏には怖い話をするってのは聞いたことあるんだわ!」
「人間がよくやってるお祭の1つかもしれないヨ!」
ぶたろう、うしお、かえるん、すずよがほぼ同時に自分の考えを言いました。その時、今までいつものように優しい笑顔を浮かべて話を聞いていたうしえがこう言います。
「みんなで考えるのはとってもいいことだわ。でも、このままじゃ、いつまでたっても答えは出ないんじゃないかしら…?」
その言葉に、一瞬みんなの動きが止まりました。そんなみんなの姿を、うしえは相変わらずにこにこ見つめています。
「……じゃあ、どうしたら“海”がなんなのかわかるのよー!!」
うさみの声が、うるさいくらいのセミの声と一緒に、辺りにむなしく響きました。
「海は、池がでっかくなったようなもんじゃぞ」
「えっ…?」
突然後ろから聞こえたその声に、みんなが振り向きました。
「ひつじい!」
そこには肩をすくめてたっているひつじいがいました。
「“海”は池が大きくなったものなの?」
ひつじいは、ぶたろうの言葉にゆっくりと頷きます。
「そうじゃ。この牧場よりも、もっともっともっと大きくて、水は塩辛いんじゃぞ」
「水がしょっぱいの!? そんなの嫌だわ〜」
「まぁ、わしも海に行ったことはないから、本当かはわからないがの」
「へぇ〜…」
ひとり騒ぎ出すかえるんを気にする様子もなく、みんなはふんふんと首を動かしていました。その時、1人はっとしたのはうさみでした。
「“海”が池のようなものなら、結局、今以上に涼しくならないってことじゃない…?」
「そういえばそうだわね」
「………半日、損した気分だわ」
かえるんのその言葉に、今度はうさみががっくりと肩を落としました。そんな彼女の姿を見て、何か気の利いたことを言おうと、ぶたろうが視線を泳がせます。
「あー……で、でもさ! “海”がなんなのかわかったんだもん。いいんじゃないかな?」
「これで“海”を見つけることもできるぜ!」
「……こんな暑い中、誰が見つけに行くのよ、もうっ……」
くすりと笑みを浮かべたうさみを見て、ぶたろうもにわとしも笑顔になります。その音のない笑いは次第に大きくなり、牧場中にみんなの笑い声が響いたそうです。
いつの日か、彼らが海を見つけに旅に出ることも……あるかもしれませんね。
- end -
2013-11-23
「黒の書」暑中見舞い企画のうちの1作。
屑深星夜 2005.7