永遠なる大地の物語

永遠なる大地の物語 −双子の塔‐


緑の海の奥深く
ウィトンとスェイズの双子の塔が待っている

初めは一つ 二つで一つ
我だけの剣 手に入れるため 多くの少年旅立ち帰る
後は二つ 一つで二つ
カギ持て進めば答えは開ける

二つで一つ 一つで二つ
ウィトンとスェイズは双子の塔

始めは空で中は大地 最後は緑の三つの試練
三つの試練が待っている
鳥になって緑から飛び立ち舞えば
降りる先に探す宝を見出すだろう

緑の海の奥深く
ウィトンとスェイズの双子の塔が待っている
二つで一つ 一つで二つ
ウィトンとスェイズが待っている……



 ここはリーンと呼ばれる町。今日は町の入り口に幾人もの人が集まって一人の男の子の旅立ちを見送ろうとしていた。

「道は覚えてる?」
「やんなきゃなんねーことはわかってるか?」
「気をつけて行って来るのよ」
「忘れたらまたここに戻って来るんだよ」
「十二にもなったんだ、一人でちゃんと行って来れるよな?」
「大丈夫だよ! ちゃんと持つものは持ったし……水筒オッケー、お弁当オッケー、コンパスオッケー………あぁっ!!」
「えっ、なあに? どうしたの? アース」
「おやつ用意するの忘れちゃったよぉ……」
「もぉ……おやつなんかいいから早く行きなさい!!」
「…はーい……」
「……夜までに帰ってこれなくなるわよ?」
「はいっ! いってきます!!」
「いってらっしゃい」
「おう、いってこいよ!」
「がんばってね」
「うん!」

 てくてくてく……ドタッ!

 何もない地面で転んでしまったアースと言う少年に町の人々が駆け寄る。
「アース!!」
「いたた……あ、いってくるね!!」
 頭をさすりながら立ち上がり、もう1度大きく手を振る。
 そうして町の者達に言いようのない不安を残して、アースは旅立ったのだった。


 ……元気よく旅立つところまではよかったのだが、アースの髪の色が悪かった。
 あいにくその日は天気が良く、金色の彼の髪がキラキラと太陽の光を反射して光っていたのだ。その輝きに反応した光物好きの真っ黒い鳥のようなモンスター、『ブライアクティブ』の一匹が、アースが目差す目的地のある『ルーブの森』に入ってすぐに襲いかかってきたのだ。
「シャギャ――!!!」
「えっ…うわあぁ――――!!!!!」
大声で叫びながら後のことも考えずに森の中を闇雲に逃げ回る。
「やめてよ! も―……うわぁ!!!」
「ヴャミャ――!!」
「だれか…だれか助けて―――――!!!!!」


 その頃、同じ森の中をあるところに向かって歩いていた若い男がいた。
「…懐かしいな…。まさかまた………」
 周りを見回しながらそう歩いていると誰かの叫び声が聞こえた。
『……だれか助けて――――!!!!!』
「!? …子供の声……? しょうがないな……」
 そう言って男は声の聞こえた方へと走って行った。


「ハァハァ……もぉ…やめて…よォ……」
 自分を追いかけるモンスターに向かって哀願するアース。それを気にもせずにまたモンスターが襲いかかる。
「シャギャ――!!」
「うわぁ!!!」
 しかし丁度、その足元に木の根が出っ張ったところがあった。何もないところでも転ぶアースのことである。思った通り、足を引っかけて思いっきり派手に転んだのだった。
「…………………………」
 しばらくの沈黙。モンスターも呆然とその様子を見ている。と、アースの目に涙が盛り上がってくる。
「…うっ……うわあぁぁ―――――――ん!!!」
 そしてとうとう堪えきれなくなって、彼は大声で泣き出したのだった。
『……ミャア………?』
 モンスターもその泣き声に気をそがれたのか今度はアースを慰めにかかった。近くにいたらしい動物達もアースの周りに集まって心配そうに見守っている。
「…ヒック…あり…がと……も…だいじょぶ…ヒック…」
 やっと落ち着いてきたその時、
「大丈夫か!!」
ガサリと周りの草木を掻き分けて、先ほどの男がやってきた。
 パッとアースの周りにいた動物達が逃げる。しかし運悪く一匹逃げ遅れてしまったものがいた。それは……アースを襲った、あのモンスターだった。
「モンスターか!?」
 黒い物体に気づいた男は腰にかかっていた剣を引き抜く。するとモンスターは、なぜかアースを後ろに庇いながら男に対して威嚇しはじめた。
「シャ―――!!!」
「少年! 少し危ないから離れてな!!」
 男にそう言われたアースは、その場から離れるどころか、なんとモンスターを後ろから抱きかかえて
「この子殺しちゃダメぇ――――――!!!!!!」
……と泣き出したのだった。かかえられたモンスターはまたおろおろと自分を抱く彼を慰めはじめる。
 アースが泣いてしまった理由にしばらく声も出せなかった男は、しばらくしてハッと我に返り
「……あー…も――分かった! 分かったから泣くのはやめてくれ……」
持っていた剣を鞘にしまったのだった。


 日も沈みかけた夕方。やっと泣き止んだアースに男が聞く。
「お前……どこから来たんだ? 子供がこんなところにいたら危ないだろ?」
「……」
 しかし自分を見つめながら少しも動こうとしない少年にもう一度問いかける。
「おい!」
「…ボク……道に迷っちゃったみたい……」
「へっ?」
 その小さなつぶやきに、一瞬素っ頓狂な声をあげたが、すがるような目で自分を見上げるアースを見て大きくため息をついた。
「……俺が連れてってやるから、その目で見るのはやめてくれ…………」
「……本当?」
 アースが期待の眼差しでそう聞くと、男は苦笑しながらうなずく。
「本当だ」
「ありがとう!!」
 ニコッと微笑んでアースは男にお礼を言った。
「ボクね、アトラース・クリエラっていうんだ。おじさんは?」
「おじさん……ま、いーけど。俺はウィルセラ。みんなウィルって呼んでる。」
 アースの問いに少し傷つきながら男はそう答えた。
「ウィル、ボクのことはアースって呼んでよ。町の人はみんなこう呼んでるから…ねっ!」
 分かった、とうなずきながらウィルがアースに聞く。
「アース。お前どこに行くつもりだったんだ?」
「ボク?」
「あぁ」
「『ウィトンの塔』だよ。」
「ウィトンの塔……ウィトン!?」
 その答えに声を上げてアースを凝視する。アースはというと、そんなウィルの様子を不思議そうに見つめる。
「……? そうだよ? それがどうかしたの?」
 ウィルはアースの問いには答えずに反対に幾つもの疑問を投げかける。
「お前……もしかしてリーンから来たのか? んで、歳は十二? ウィトンに行くってことは自分だけの剣を取りに来た…とか?」
「スッゴ―――――イ!!! 全部あたり〜! なんでわかったの? ウィル」
 尊敬の目で自分を見るアースに呆れながら言う。
「それくらい誰でも知ってるぞ?」
「みんな知ってるものなの?」
 きょとんと首をかしげて聞くアースに一つため息をついて自分が知っている事を話す。
「あぁ……だいたいはこーいう事だろ? お前の住んでるリーンの町は、将来町を支える大人になっていく第一歩として、十二歳になった男は自分のために作られた剣を、このルーブの森にある双子の塔の片割れ、ウィトンに取りに行くってことをやってる……」
「ふーん…そういうことだったんだ」
「そういうことだったんだ……じゃないだろ!! おい!」
 微笑みながら納得しているアースに、思わずツッコミを入れてしまったウィル。
「それよりウィル、この子かわいーね!」
 しかしアースは、それを無視して自分を慰めてくれたモンスターを抱えて、その頭を撫でている。
「……かわいいっ…て、そいつは光る物が大好きなモンスター、ブライアクティブってヤツだぞ? そんなこと言ってる場合か!!」
「ブライアクティブ……か」
 またまたウィルの言葉を無視して考え込んだアースは、ポンと手を叩くと、ライクを抱き上げ天に掲げる。
「それじゃあキミの名前はライクに決定!!!」
「シャギャ――!!」
 森の中に一人と一匹の声が響く。それを見て、もう何を言っても無駄だと悟ったウィルは大きなため息をつき、最後に一つ忠告した。
「……連れてくのはお前の勝手だが、町には連れて帰るんじゃないぞ」
「それは…わかってる」
「ウミャ〜!」
 少し真剣な表情でアースが答えた。その様子を見て、それならいいんだが……とウィルはこの後の指示を出す。
「さ、今夜はここで野宿だから火を起こすための枝を集めてきてくれないか?」
「うん、OK〜! いこう、ライク」
「ギャウ!」
 それに元気に返事をして、辺りに落ちている木の枝を集めに駆け出していった。


「なぁ、アース」
 食事が終わり、地面に寝転んで空を見上げているウィルが、ライクと何事かをして遊んでいるアースに話しかけた。
「なーに?」
「お前、ウィトンの塔の三つの試練の事…知ってるか?」
「しらない」
「なっ……」
 ガバッと起き上がってアースに詰め寄る。
「そんなんで剣取りに行けると思ってんのか? アース」
 そんなウィルに不思議そうな顔を向ける。
「ウィルが一緒についてきてくれるんでしょ?」
 向けられた本人は右手を自分の額にあて、ふぅ…っと大きなため息をつく。
「あのなぁ……塔の中には、剣を取りに行く者一人しか入れないんだぞ!」
「えっ、そうなの?」
「……本気で知らなかったのか?」
 驚いた様子のアースを見て恐る恐るそう聞いた。それにニコッと笑みを返して大きくうなずく。
「うん!」
「………町のヤツらはなにを教えたんだ……? いや、こいつが覚えてないだけか………」
 ウィルは胸中に大きな不安を抱きながら、ライクの体を撫ぜてやっているアースを見つめていた。
 しばらくして、ウィルは茶色い自分の髪をかきあげながら苦笑した。
(…しかたねーなぁ……)
 そして無邪気に笑っているアースに声をかける。
「おい、アース」
「なあに?」
 くりんと首を回してウィルの方を見るアース。それに視線を合わせたウィルは真面目な声で言った。
「今から俺がウィトンに行くのに役立つ事を幾つか教えるから、よく聞いてろよ」
「役立つことって……ウィトンの塔のこと知ってるの? ウィル」
「えっ!?」
 素朴な疑問を口に出したアースに、少し詰まったウィルは焦りながら言葉を探す。
「いっ…いや……えっ…とな……あっ、そうそう! 俺はもう一つの塔に行くつもりだったんだよ! 構造はほとんど同じって聞いてたから知ってるんだ」
「そうだったんだ」
 ふーん…と何度か首を上下させていたアースが、ピタッとその動きを止めて上を見る。
「…でもさ、双子の塔にはリーンの人しか登れないんじゃなかったっけ……?」
「えっ? ……そうだったか?」
「そうだったような……」
 今度は下を向いて考えこもうとするアースに両手を振って言った。
「あ――…気にするな!! それよりこのことは知ってるか? 塔の中で『知力の扉の試練』と『体力と頭の試練』と『心と精神の試練』の三つの試練をうけるってこと」
 下を向いていたアースがパッと顔を上げる。
「あっ、それ聞いたことあるよ」
「聞いたことがあるってことは、まったく試練のことを知らないってわけじゃあないみたいだな」
「教えられたような記憶はあるんだけど……内容までは覚えてないや!」
 ウィルの問いに頭を書きながら恥ずかしそうに言った。その表情を見て苦笑する。
「一応教えられてるんだな? ならごく簡単に言うぞ」
「おねがいしま〜す!!」
 アースはきちんと座りなおして右手を上げ、大きな声で返事をした。それを見て一つゆっくりとうなずいたウィルは、ゆっくりと話し始める。
「始めの試練、知力と扉の試練はな、地図の見かたが分かればなんとかなる」
「地図の見かた?」
 首をかしげるアースに簡単に言いなおす。
「方角が分かればOKってことだ」
「それなら大丈夫だよ」
 そう言いながら、ポンっと右手で自分の胸を叩くアースを見て続ける。
「二つ目は好きな道を探して進んで行けばいい。まぁ……体力がなければ無理かもしれないけどな」
 するとアースは、ウィルのほうに体を乗り出しながら自信ありげに言う。
「ボク、頭よりは体力のほうが自信あるよ!」
「本当か?」
「ほんとうだってば…」
 からかい半分の目で自分を見るウィルにぶうっと膨れるアース。それを見て、ウィルは声を上げて笑う。
「そんなに笑わなくてもいーでしょー!!!」
 自分に向かって思いっきり叫ぶアースにスッと真剣な表情になってさらに続けた。
「最後の試練はとにかく動かず何も考えないで座っていればいい」
 それを聞いてアースは動きを止め、難しい表情をしてうつむいた。
「……座ってるだけ………むずかしそうだね」
「よく分かってるじゃないか。何もできないことは俺達人間にとって一番つらいことなんだぞ」
「うみゅ…………」
 自分の言葉にしゅんとなってしまったアースに明るく励ますように軽く話しかける。
「まっ、とにかくできるかぎりやればいいんだ。……俺の言葉忘れんじゃないぞ」
「うん!」
 大きくうなずいてそう返事をするとアースはその場に寝転がった。
「…夜空見るの…なんかひさしぶりぃー……」
「久しぶり? 何でだ?」
 疑問に思ったウィルが聞くと、アースがちょっと悲しげにこう言う。
「母さんが2日ぐらい何にもない部屋に閉じ込めたんだ。だからこのごろ全然空見てないの」
「それは……」
 …第三の試練の訓練だろ? と言おうとした時、
「…やっぱり第三の試練の練習だと思う?」
考えていた事と同じ問いをアースが口にした。
「そりゃそうだろ」
 ニッと笑って肩をすくめると、アースは両手で頭を抱えてつぶやく。
「……ボク適当に遊んでたよ………」
 それに苦笑して、ウィルもまた空を見上げる。木々の間からいくつもの星が輝いているのが見えた。
 少しして視線をアースに移し、こう言う。
「好きなだけ空を見ててもかまわないが明日は剣を取りに行くんだ。早めに寝ろよ」
「はーい! ライク、寝よっ!」
 笑顔で答えながら近くでおとなしく座っていたライクに手を伸ばす。ライクはぴくっとそれに顔を上げ、
「ヴミャー」
と言ってアースの手の中へと歩いていった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」


 チチチ…

 辺りから鳥の鳴く声が聞こえ、木々の間からは太陽の光が射し込み眠っているウィルの顔を照らす。
「んっ………う〜ん……」
 眩しい、とでもいうように顔をしかめながらゆっくりと目を開ける。
「…朝……か」
 起き上がったウィルが周りを見回す。
「あれっ…アース? どこに行ったんだ?」
 側にアースとライクの姿が見えないので、ウィルはまだ覚めない目をこすりながらも立ちあがって近くを探すことにした。
 しばらく歩くとさっきの場所から少し離れたところに森が開けた野原を見つけた。
(ん? なんだ…?)
 野原にはたくさんの動物達が、何かを囲むように集まっていたのだった。
 目を凝らして見ると、その中心にはアースがいた。彼の姿はまるで森に溶け込んでしまいそうなほど存在感がなく、そのまま消えてしまいそうなくらいだった。
(分からない奴だな……こいつは。こんなことができるとは………)
 なにか邪魔をしてはいけないように思ったウィルは、そこを離れてもとの場所に戻ったのだった。


 しばらくして……アースの周りにいた動物達がピクピクと鼻を動かしてそろそろとどこかへ移動してしまう。
「シャギャ―――!!」
 側に残っていたライクが動かないアースの袖を引っ張る。
「……いいにおいがするね。ウィルが朝ご飯作ってるのかな?」
 閉じていた目を開けてアースがそう言うと、きゅるるるる………と可愛い音を立てて彼のお腹が鳴った。
「おなかもへったし……いこっか、ライク。」
「ギャウ〜!!」
 一人と一匹はウィルのもとへと走って行った。


“…みどりのうみのおくふかく ウィトンとスェイズのふたごのとうがまっている…”

「うみゃ? これって……歌? …もしかして……」
 もとの場所の近くまで来たアース達は足を止めて、かすかに聞こえてくる歌に耳を傾けた。お世辞にもうまいとは言えない声が、少し悲しげに歌っている。

“…はじめはひとつふたつでひとつ…”

「もしかして、ウィルが歌ってる?」
「ウミャ!」
 アースの疑問にそうだと言うようにライクが鳴く。それに笑顔でうなづいて、アースは
「行こう!!」
と、また走り出したのだった。

“…われだけのつるぎてにいれるため……”

 火を囲んで、ウィルとさっきアースのところにいた動物達が座っていた。
 ガサッと言う音がすると同時に動物達は一瞬のうちにどこかへ消え、ほんの少し動きを止めたウィルがその場に着いたアースを凝視した。
「………聞いてたのか」
「聞いてたんじゃなくて聞こえたんだよ」
 アースがそう答えるとカアッと顔を赤く染める。そんなウィルに駆け寄ってその目を見つめる。
「ねぇ、ウィル! さっきの歌ってリーンの町にある歌だよね?」
 ふいっと目線をアースからそらす。
「なんで知ってるの?」
「…………さぁな」
 その曖昧な答えにぶうっとなってアースが言う。
「それじゃあわかんないよぉ……」
 しばらくの沈黙のあと、ふうっと一息ついてウィルが言う。
「……今はまだ詳しくは言えない。でもこれだけは言っとく。俺は昔……リーンに住んでた」
「やっぱり……」
 ウィルが苦笑して肩をすくめる。
「この先は機会があったら……な」
「ん、楽しみにしてるね。」
 ニコッと笑ったアースに悲しい微笑みを向けるウィルだった。


「これが双子の塔……」
 そう言ったアースの目に、黒い柵に囲まれて、緑のツルに彩られたレンガ造りの塔が写っている。
「ウィトンの塔は左だ。………俺の言葉、覚えてるな?」
 ウィルの言葉に笑顔で答える。
「もっちろん!」
「俺はお前が塔に入るまで見てる。そしたら俺はスェイズにのぼる……後で会おう」
「ギャァ〜!」
 ウィルとライクががんばれよ、とアースを見つめる。その視線を受けて少年は元気にうなずく。
「うん!」
 ギィッと音を立てて柵を開けたアースは、ウィトンに続くレンガの道を走って行った。


「あみゃぁ……」
 アースの目の前にある鉄の扉はしっかりと閉まっていた。そして大体2メートル四方のレンガの壁が扉にピッタリとはまっている。
 じっとそのレンガの壁を見つめるアースがふと何かに気づいた。
「……地図の方位の記号?」
 扉の右上にマークが彫られていた。
「あれ? ……これ太陽?」
 しばらく見ているうちにあれこれと壁に彫られていることを発見する。そしてふと足元を見る。
「んぁ?」
 なんとレンガの道に文字が彫られていたのだ。
「なんだろ……これ文章?」
 アースはその文字を読み上げる。

「『日が西の空へ沈めば 月は東の空から昇る
  光は空から消え 闇が世界を支配する
  夜空に光る星が 天から地へと流れ落ちる時
  汝の扉への願いが叶うだろう……空の扉の始めの試練』」

 しばらくの沈黙。
「あ、そっか。これが知力の扉の試練だね」
 一人でうんうんと納得したアースは、その文章を見ながら考えこむ。
「…太陽…月……光…闇……星………」
 そして、そうつぶやいた時、はっと気づく。
「太陽、月、星…ここにあるよ!!」
 そうなのだ。それらの物は扉についたレンガの壁にところどころ彫り込まれていたのだ。
「わかった! ここが開いてるってことは…多分このレンガがこう動かせて……」
 ズズズ…と音を立ててレンガが動いた。
「こっちが西でこっちが東だから…太陽がこう……」
 先ほどの文章にあわせてレンガを動かしていくと、星のマークが書かれたレンガが斜め上から下に動かすことができる道が出来上がったのだ。
「天から地へと流れ落ちるんだから……」
 その道に沿って星のレンガを動かすと、堅く閉ざされていた扉が開けられるようになったのだった。
「OK――!!」
 アースはそう言って喜んでから大きな扉をがんばって押した。


「よっしゃ!!」
「ミギャァ〜!!」
 ニッと笑ってライクと一緒に喜んだ。
「それじゃあ俺はスェイズに行ってくる。お前はここにいるんだぞ」
 そうウィルが言うと、ライクはコクンと首を縦に動かした。そしてウィルもアースと同じように柵を開け、もう一つの塔の扉へと向かった。


「行ってきます」
 アースはウィル達がいる方に向かってそう言って塔の中に入った。
 一階は広く、まっすぐ前のほうに上へと続く螺旋階段があった。一歩一歩しっかりと踏みしめながらアースは二階へと登っていった。


 その頃のウィルはスェイズの塔の扉の前……。
(カギ持て進めば……)
 頭にはあのリーンに伝わる歌が思い出されている。扉はウィトンと同じようになっていたが、模様は彫られておらず、星のマークのみ動かせるようになっていた。
 ゆっくりと動かすと、そこに何かがはまるらしき穴が開いていた。
 ウィルは腰にかけてある二本の剣のうち、短い短剣の方を鞘ごと取ってその穴にはめ込んだ。
【……旅人よ】
 するとウィルの頭にそう低い声が響いたのだった。
【答えを求める旅人よ。そなたは何処の何者だ?】
「今はディエル。昔はリーンに住んでいた、ウィルセラ・デ・ドリアート」
【懐かしいな……ディエルに行ったカリナス家の少年か】
「もう少年じゃない! それにカリナスでもない!!」
【そうだったな】
「…そうだ」
【答えを探しに塔へと登るか? ウィルセラよ】
「…………ああ」
【そなたで六人目だ……入るがよい】
 ゴゴゴゴ…と大きな音を立てて扉が勝手に開いた。
【カギは答えのある場所に置いておこう。進むがよい、答えを探すために】
 塔の中はウィトンと同じ構造であったが、左右対称になっていた。
「…答えを探すために……か。俺は一体何の答えを求めているのか………」
 そうつぶやいてウィルは階段を上って上へと向かった。


―― ウィトンの塔 二階

 アースは上を見上げていた。
「うっわ――……上までいっぱいあるよ………」
 壁にはでこぼこがあったり、ロープが下がっていたり、棒が突き出ていたり……そんなものが二階の天井までとどいていた。
 階段を上がってきた向かいの壁にはまた文字が彫ってあった。

「『道を選びて大地を進め 大地の道の中の試練』」

(中の試練って…第二の試練のことだよね)
「道を選びて…ってことはいくつか道があるってことだよね。ウィルが自分の得意なものを探して進めって言ってたんだから、好きなところから上に行けばいいのかな?」
 そう解釈したアースは棒が突き出ているところからひょいひょいと上へ登っていった。
 途中で休憩できる場所もあり、少しづつ休みながら天井へと近づいていく。そこには三階へとつながっているらしい穴が開いていていた。


―― スェイズの塔 二階

「……同じ造りか」
 やはりウィトンの塔と向き以外まったく同じである。ウィルはアースと同じように自分の得意なところを選んで、スェイズ塔の二階を登っていった。


―― ウィトンの塔 三階

「ほっほう! 来たぞ来たぞ来たぞぉう!!」
「うひゃぁ!!!」
 いきなり変な声がしたのでアースは思わず声を上げて硬直してしまった。
 とたとたと足音を立ててやってくる人影。
「今回の挑戦者、アトラース・クリエラじゃの?」
 アースの目の前には緑色の目をした白髪のおじいさんがいた。
「ワシはウィトンの塔、三階の緑の間を守るグリーズ・ル・ウィトーじゃ」
「グリーズ・ル・ウィトー……」
「そうじゃ」
 ゆっくりうなずくウィトーにアースが聞く。
「ここが三つ目の試練、心と精神の試練の場所なの?」
「そのとおり! 別名を緑の間と言うのじゃ」
 右手の人差し指をビッとたててウィトーは答えた。アースは首をかしげてまた聞く。
「ここで一体何をするの?」
「ただ座って何もしないでいるのじゃ」
「何もしないで?」
 ウィトーがうなずく。
(……やっぱりむずかしそうだけど、やるしかないよね)
「やらなきゃ剣が取れないんだよね?」
「そりゃそうじゃ」
 その答えを聞いてニコッと笑うアース。
「じゃあやるよ、ボク」
「ふぉっふぉっふぉっ………」
 ウィトーが肩を動かして楽しそうに笑う。
「じゃあのぉ、星型が書いてあるところに座るんじゃ。ワシはその向かいで見てるからの。好きな時に始めるといい」
「はーい、わかりました」
 明るく返事をして星型の真ん中にストンと腰をおろす。そして目を閉じてじっと動かなくなった。


―― スェイズの塔 三階

「さすがは二回目じゃのぉ、六人目の答えを探す者よ。スェイズの塔、三階、緑の間へよく来たのぉ…」
 ビクッと声も出さずに一瞬動かなくなるウィル。そして声の主の姿を見とめてつぶやくように言った。
「…グリーズ……?」
「ふぉっふぉっふぉっ……ワシはグリーズ・ル・スェズィーじゃ。ウィトーとは二人で一人…と言えばいいかのぉ?」
 ウィトーと同じように肩を動かして笑いながら、彼、スェズィーは言った。
「ウィルセラ・デ・ドリアートよ。ここの試練のやり方は覚えておるかの?」
「ああ」
 ウィルの返事にうんうんとうなずいたスェズィーは、緑色の瞳を細めて言う。
「それじゃあ好きな時に始めるといい。ワシは向かいに座ってるからのぉ」
 そして星型の書いてある向かいに座る。ウィルも続いて星の中心に座り目を閉じた。


―― ウィトンの塔

(こやつ…やるのぉ……)
 まだ少しの時間しかたっていないのに、アースは朝のように存在感のない状態になっていた。
(こんなに早くできたやつはあやつの次かのぉ………うん??? ……あやつ? はて……誰じゃったか…………)


―― スェイズの塔

 ウィルのほうはアースよりも早かった。座って呼吸を整えたと思ったら、すぐに存在自体感じないほどになっていた。
(昔、ウィトーから聞いたことがあったのぉ……。座ってすぐに部屋に同化した者がいたと)


「もういいぞう」
 ウィトーの声ではっと我に返り、アースはじっと緑の瞳を見つめる。
「合格じゃ!」
「やった―――――!!!!」
 合格の言葉を聞いた瞬間、アースは飛びあがって喜んだ。しばらく部屋の中を駆け回っているアースを見ながらウィトーは考えていた。
(たしか同じように部屋に早く同化し、喜んだ者がいたんじゃがのぉ…)


「よし、合格じゃ」
 スェズィーの声を聞いてウィルはゆっくりと目を開けて一息つく。
「さすがに久しぶりだからつかれるな……」
「ウィルセラよ。お前ウィトンの塔に登った時もこんなにも早く部屋に同化できたのか?」
 その問いにニッと笑って言う。
「もう一人のあんたにびっくりされたよ。『なぜこんなに早くできるのか』ってね」
「ワシも聞きたい。なぜこんなに早くできるのじゃ?」
 今度は苦笑する。
「俺……昔、ほとんど人間の友達がいなかったんだよ。動物や森が友達だった。そうやって暮らしているうちに自然と身につけてしまったってわけ。昔はどうしてかなんてわかんなかったけどな」
 そしてうつむいてしまった。


―― ウィトンの塔

 パン! と乾いた音を立ててウィトーが手を叩く。すると三階と二階の床に真ん中から穴が開いていく。
「うっひゃ〜………」
 機械音が止まるころには、三階と二階の床が半分ほど無くなっていた。
 今度は一回足を踏み鳴らすと、穴の真ん中にとどくくらいの橋のような床が現われた。
「?」
 アースは橋の先へと歩いていくウィトーを不思議そうに見つめる。
「さぁ、アトラース・クリエラよ。剣を手に入れたければこの床から飛び降りるがよい」
 ウィトーの言葉を聞いてアースはたら〜りと冷汗を流す。その時ふと頭の中にリーンに伝わる歌が思い出された。
(鳥になって、緑から飛び立ち舞えば、降りる先に探す宝を見出すだろう……)
 するとなぜか今まであった怖さの半分が大丈夫だ、という気持ちに変り、アースはウィトーのいる床の先までゆっくりと歩いて行った。
 上から下を見て、アースはゴクリとつばを飲みこむ。
「アトラース・クリエラ、十二歳。行きます!!! うわあぁぁぁ――――――――……!!!!!」
 タッと飛び降りたアースは、自分にかかる重力に腹の底から叫び声を上げていた。


―― スェイズの塔

(同じことを前にやっていても怖いものは怖いな……。)
 ゴクリ、とつばを飲み込んだウィルも、アースと同じように穴の開いた真ん中に伸びる床の先に立っている。
「よっしゃ、行くぞ! くっ…うわあぁぁ―――――――……!!!」
 その感覚を過去に知っていても、声は止められるものではなかった。


―― ウィトンの塔 一階

 あれだけ高いところから飛び降りたのにもかかわらず、一階の天井くらいに来たところで急にスピードが落ちて、アースは転ぶこともなく、キレイに着地できたのだった。
 すると天井がゆっくりと閉まり、目の前に台が現われた。その上には中くらいの大きさの箱が載っていた。
 恐る恐る手を伸ばしてカチャリと開けると、中には、柄のところに青い石がはめ込まれている短剣が入っていた。
「……やった………やった―――――!!!!!」
 アースは短剣を握り締めて思いっきり喜んだ。
 そしてふと思い出す。ウィルはどうしたのかと言うことを。
(行ってみよう!)
 そしてアースは急いでウィトンの塔を後にした。


―― スェイズの塔 一階

 トン、と小さな足音を立てて一階についたウィルは、ウィトンの塔の時と同じように出て来た台の上の箱を開けようと手を伸ばす。
(俺は一体何を知りたかったのか……答えと一緒に分かる時が今………)
 ゆっくりと開けると、中からふわっと光の玉が浮かびあがった。中に残っている自分の剣を再び自分の腰に取り付ける。すると再び頭の中にあの声が響いた。
【私に触るがよい、答えを求めるものよ】
(知らない方がいいのかも知れない………)
 そう頭の片隅で思ったが、ウィルはフワッと手を伸ばして光に触れる。
「…うわっ………」
 一瞬にしてウィルの頭の中に、見たことのある場面、光景、言葉……悲しみと憎しみが流れ込む。
【まだ答えを教えてはおらぬ。手を離すな】
 思わずパッと手を離したウィルに声が言う。
「いやだ……知りたくない……っ! あのことだけは……っ!!!」
 大きく頭を振っていやがる。
【お前はその答えを求めているのだ。さぁ…手を……】
「いっ・・いやだっ!! いやだぁ―――――――……っ!!!!!」
 そう叫んでも体が意志に逆らい、彼は再び光に手を伸ばす。
「……っ!!!!」
 声にならない叫び声が辺りに広がった。
 しばらくして、ウィルの手がふわっと光から離れた。彼はそのまま膝をついて床に崩れ落ちる。その目からは……涙が流れていた。
【ウィルセラよ。お前は最後までこの塔の試練を乗り越えた。探す宝は見つかったのだ……】
 声がそう告げるがウィルの耳にその音は届いていなかった。彼の心は今そこにはなかったのだ。


―― 十九年前

 ウィルが十歳の時ことだ。
 彼はアースと同じように動物やモンスター達と仲が良く、外に出て行けば必ず彼らと遊ぶのが日課だった。だがアースと違う所…それは彼には人の友達がいなかったのだ。
 そんなウィルをとても可愛がっていた両親はこの頃学校に入れた。
 始め一人だったウィルも一人の女の子と仲良くなった。彼女の名はウィルレーナ・タクス。ウィルより二つ年上のしっかりとした子だった。

 そして十二歳になり、彼は両親とレーナに見送られて剣を取りに出かけた。その途中、彼は白色の大きな羽根の鳥モンスターと仲良くなり、無事に剣を取って二人で帰って来たのだった。
 始めは両親ともにモンスターを嫌がっていたものの、二週間もすると仲良く一緒に暮らすようになったのだった。

 二、三ヵ月が過ぎた。
 すっかり仲良しになったはずのモンスターが何故か急に暴れ出したのだ。柔らかかった白い羽が鋼のように堅くなり、一人家に残っていた母親に襲いかかってきた。
 その日、ウィルは父に連れられて近くの町にいろいろと買出しに出かけていた。帰って来た時には、もう、すでに母親は狂暴化したモンスターに殺された後だった。
 赤く染まったモンスターの白い羽。
 床に倒れて動かない母親。
 剣を抜いてモンスターに切りかかる父。
 自分達に威嚇して父親と対峙するモンスター………。
「やめて―――!!」
 ウィルは必死に止めに入る。しかしそれもむなしく、父親は自分の目の前でモンスターの刃にかかって死んでしまった。
 まだ温かい血がだんだんと床に広がっていくのを茫然と見つめていた。耳にはフーフーと興奮しているらしいモンスターの息使いだけが聞こえてきた。ゆっくりと、どうしようもない怒りが自分の内からこみあげてきて、気がついたときには……ウィトンの塔で手に入れた短剣で、モンスターを刺し殺していた……。
 ウィルはその場に崩れ落ちて大声で泣き始める。
 そこに偶然レーナが遊びにやって来た。始めはその散々たる光景と血だらけのウィルを見て目を丸くしていたが、泣きじゃくっているウィルからなんとか聞き出した情報を信じ、
「あたしはウィルの味方だからね」
そう言って一旦その場を離れて町の人を呼んできた。
 しかしレーナの『モンスターがウィルの両親を殺した』という必死の説明は、モンスターの与えた傷が剣で切りつけた傷にとても良く似ていたため、まったく意味がなかったのだった。

 何日も殺された両親の夢を見て、現実でも両親を殺した子供と影で悪口を言われ……もうウィルはぼろぼろだった。
 レーナはそんなウィルを見ていられなくなり、ある時、リーンからディエルの町に行かせたのだった。
 何日も歩いてディエルに着いたウィルは、そこにある孤児院で育てられることになる。

 ウィルはずっと見て見ぬふりをしていたのだ。心の奥底でずっとレーナに会いにリーンへ行きたいと思っている事を。
 彼に見て見ぬふりをさせていたのは町の人に対する恐怖心。その気持ちが無意識にリーンに帰ることを拒んでいたのだ。

『もう大丈夫だから……ね』
 光の中でウィルはやさしい言葉を聞いた。
(もう…大丈夫……?)
『もう大丈夫だから、いつでも帰って来て』
(どうして? どうしてもう大丈夫なんだ?)
 声にそう問うと頭の中にある映像が流れた。
 広場に集まった人々の真ん中にレーナがいる。側にはウィルがあの時連れかえってきたモンスターと同じ種類のものがオリに入れられていた。
 レーナがオリからそれを取りだした。そして何をするかと思いきや、いきなり堅くなったモンスターの羽で自分の腕を傷つけたのだった。
「だからウィルにはなんの罪もないんです!! 信じてあげてください!!!」
 最後に彼女の声がそう響いて映像が消えた。

(……それならなんで俺のところに連絡がこないんだ? 俺はずっと……ずっと、帰りたかったのに)
『そのときあなたは、もうドリアート家の養子になっていたの。だから無理に呼び戻すこともできなかった………』
(…………)
『ごめんね、ウィル』


「ミニャ〜!!!」
「ライク!!」
 アースは自分の腕の中に入り込んできたライクをぎゅっと抱きしめた。
「ボクね、ちゃんと剣、取れたんだよ」
 そう笑顔で報告したあとライクに聞く。
「ねぇウィルは?」
 ふるふると首を横に振るライク。それを見て、アースは何事かを考え始める。そしてニッと笑って言った。
「ボク、ウィルを迎えに行ってくるね!!」
「ヴミャ!」
 アースの腕の中から飛び降りて分かったとでも言うようにライクが鳴いた。
「じゃ、行ってくるね!」
 そう言ってアースはスェイズの塔へ続く道を駆けて行った。


(あれっ? ウィトンと同じような星型が彫ってある……これ、動かせそう!)
 扉の前でそう考えたアースは、ズズズ…とレンガを動かした。そして現われた何かをはめ込む穴を見て、自分の記憶の糸を探る。
「あっ…剣だ!!」
 そう気づいたアースはさっき手に入れた自分の剣を穴にはめ込んだ。
【先ほどウィトンの塔の試練を終えた者だな】
「声!?」
【試練を終えたものだな?】
 頭に響いてきた声にちょっとびっくりしたアースだが、何が起こっても不思議ではないと自分を納得させて、声に答える。
「はい」
【残念だがそなたは答えを求める旅人ではない。それに今ある者が試練を終えようとしているところだ。スェイズの塔に入ることは叶わん】
「でも………」
【入ることは叶わん。そなたは答えを求める旅人ではないのだ。あきらめるのだな】
「……ボクだって…ボクだって、答えを求めてるよ」
【ほう、なんだ?】
「ここに登っているウィルがどうなったか知りたいんだ」
【…………】
「ウィルに会わせて!!!」
【………分かった、連れていくが良い。だが塔に登ることは許さん】
「そんなの入れてくれるだけで十分!」
 ゆっくりと扉が開く。
「ありがとう!」
【カギは外に出た時に返そう】
(カギ……? あぁあれか!)
 始めは何の事か分からず少し考えているとそれが剣と結びつく。
「うん、わかった!」
 そう言って中に入ると、ふと目にとまった影があった。
「ウィル〜〜〜!!」
 明るい声で座り込んでいるウィルに駆け寄るが何の反応もない。
「……えっ?」
 どうしたのかと思ってウィルの顔を覗き込んでびっくりする。ウィルが涙を流してボーっとしていたからだ。
(何かあったんだ……)
 そう考えたら急に沈黙が怖くなって、アースはできるかぎり明るくウィルを呼んだ。
「ウィル、ウィル」
 涙を流したうつろな目がゆっくりとアースを見る。
「帰ろう! ウィル」
 そんな彼に、にっこり笑ってそう言った。
「…レ…ナ……?」
『レーナ』
 ……そう。ウィルにはアースの笑顔が一瞬レーナに見えたのだ。
「帰ろう」
 もう一度アースがしっかりとした口調で言う。そこでやっと我に返ったウィルが、涙をぬぐって笑った。
「……帰ろう、アース」
 そう言われたアースは、パァッと明るい顔をしてコクンと一つうなずいた。
 ウィルが立ち上がり、出口に向かって歩き始める。その後を駆け足でアースが追う。
 塔を出ると扉が勝手に閉まった。そして…カランと音を立ててアースの剣が扉から出てきた。
「ボクの剣!!」
 そう叫んで駆け寄り、アースは大事そうに剣を胸に抱いた。
「よかったな、アース」
「うん!!」
 とびっきりの笑顔でそううなずくと走って門のほうへと行ってしまった。ウィルはもう一度塔を見る。
(答え……ありがとよ)
 心の中でそう言ってくるりと向きを変え、アースの後を追った。
 ガチャン、と門を閉めて何故か無言で笑い合う。
「じゃ、帰るか」
 そう言って二人と一匹はその場を後にした。


 昼をまわった頃、アース達はルーブの森をぬけた辺りにいた。
「ここで…ここでウィルともライクともお別れだね」
 悲しそうにそうアースが言った。
「ミュウ……」
 ウィル達はそんなアースを見つめていた。
「ウィルはディエルに帰るんでしょ? ライクは連れては帰れないし……それに仲間と一緒のほうがいいよね」
 その言葉に思いっきり首を横に振るライク。
「ありがと! その気持ちはすっごくうれしい。でも、やっぱり帰らなきゃだめだよ」
「ギャウ……」
 ライクが目を潤ませてながらしゅんとなる。
「帰りなさい、森に」
「……」
「帰りなさい」
 アースの淋しそうな瞳が羽音を立てて頭上を飛ぶライクを追う。それはしばらく名残惜しそうに近くを飛んでいたが、
「バイバイ!」
「じゃあな!!」
そう言って手を振る二人を見て
「シャギャ――――――!!!!」
と一回元気に鳴いたライクは、森の方へと消えていった。
 しばらく何も話さずライクが行ってしまったところを見つめていると、突然くるっとアースがウィルの方を向く。
「ウィルは……どうするの?」
 無理に笑顔を作っているのが良く分かるアースを、やさしい笑顔で見つめながらウィルが口を開けた。
「なんか久しぶりにリーンに帰りたくなった。だからそこまでは一緒だ」
「えっ……ほんとうに?」
 確かめるようにウィルを見つめるアースが聞く。
「ホントだよ」
(あの人にお礼を言いたいしな。)
 そう返事をしてウィルはアースの頭を撫ぜながら、ある人の笑顔を思い浮かべた。
 ウィルの言葉を聞いて満面な笑みを見せるアース。
(? ……レーナ?)
 ウィルにはまた、その笑顔がレーナに見えた。なぜだろうか……と理由を考えようとした時、アースが言った。
「じゃ、帰ろう! リーンへ」
(ま、いいか)
 そう思って思考を止め、こっちを見ているアースに笑みを返した。


 リーンの町が見えた頃、アースが思い出したようにつぶやいた。
「そういえばボク…予定が一日ずれてるんだった……」
「そーいやぁ……そうだったな」
 二人は顔を見合わせる。
「早く帰ろう! 母さん絶対心配してる!!!」
 そうして二人は町へ向かって走るのだった。



―― リーンの町 アースの家

「母さん!!」
 思いっきり扉を開けてアースが家の中に駆け込んだ。
「…アース……? アース!!」
そう言ってドアの辺りにいる息子に駆け寄りぎゅっと抱きしめる中年の女。
「遅かったじゃない……」
「ごめんね。最初にモンスターに追いかけられてさ……」
 モンスターという言葉を聞いてバッとアースの顔を見る。
「大丈夫だったの? アース」
「うん! この人に助けてもらったんだよ」
 アースはうなずいて、まだドアの外にいるウィルを指差した。
 ウィルはアースの言葉には反応せず、ただじっとアースの母親を見つめている。母の手から離れたアースはくいっとウィルの袖を引っ張る。
「どうしたの? ウィル」
「あっ……ウィルセラ・デ・ドリアートです」
 はっと気づいたウィルは、とっさに自分の名を言う。それを聞いて、女は驚きと喜びが入り混じったようななんともいえない表情で、ふらふらとドアに近づき、ゆっくりと確かめるように聞いた。
「………ウィル…ウィルなの?」
「……?」
 何故自分の名を、前から知っていたかのように呼ばれるのか分からず、不思議そうな顔をするウィルに、女が笑顔で言った。
「…わたしよ。ウィルレーナよ」
「……えっ? ………レっ…レーナ?」
「ええ」
「……レーナ!」
 二人は互いに駆け寄って、まるで昔に戻ったように抱き合った。
「元気そうでよかった……それに、またあなたに会えるなんて………」
「スェイズの塔に登ったんだ。答え…見つけたんだよ」
 ぽろぽろと涙を流してウィルを見つめるレーナ。そんな彼女にとても落ち着いた笑顔で言う。
「ありがとう、レーナ。
 何故お礼を言われたのかは分からなかったが、レーナも泣き顔のまま笑って言った。
「こちらこそ、アースを助けてくれてありがとう」
 その顔は息子のアースそっくりだった。
 フッと苦笑してウィルが話す。
「まさかアースがレーナの子供だったとはな……似てるとは思ったんだが………」
 それを聞いてレーナがくすくすと笑う。
「母さん? ウィル? ねぇ、どーいうことかボクにも教えてよ――――!!!」
 笑う二人を交互に見ながらアースが叫んだ。
 ウィルとレーナが笑いながらアースに昔話をする……。

 こうしてアースの始めての旅が終わったのだ。


 そして、少しの時が経った。
 アースはウィルについて世界中を旅している。

 いろんな人と出会い、別れ、アースの旅は続く。まだまだ続く……

- end -

2013-11-23

ある漫画の影響を多大に受けて書いたものです。

中学生の時に小説と呼べない形で書いてあったものを、きちんと文章化しました。
今回、改めて見直して修正したのですが、もう……修正しきれる範囲でもなく。
当時のままの部分も多くありますが、生暖かい目で見てやってくださいっ。


屑深星夜 2000.2.25完成(2013.11.12修正)