遠い遠い時間の流れの先。暗く沈んだ空の下、乾いた風が悲鳴をあげて駆け抜ける。舞い上がる砂塵の向こうに、かつて街であった瓦礫の山があった。
日中の温度差が激しいため、人々はかろうじて建物としての機能を果たしている場所で、身体を寄せ合って暮らしていた。とはいえ、水もほとんど枯れ、大地を覆ったアスファルトの上には、ただただ雑草が生えるのみ。時々手に入る少ない食料を得るために、いつも争いが絶えなかった。
何十年も前に崩壊した世の中で、人々はだんだんと生きる気力を失っていく。今では、豊かだった時代を知る者も死に絶え、荒廃した街で生まれ育った者しかいない。夢も、未来も、希望すらも失った彼らは、砂にまみれた町で、ひたすら生きることのみ考えて日々を送る。
光を失った瞳は虚空を見つめ、生気を感じさせることはなかった。
空を覆う厚い雲にさえぎられ、月の光すら届かない闇夜。凍えそうなほど肌を刺す風を避けようと、人々が建物の中に移動する最中、瓦礫の上で座ったまま動かない、1人の少年が居た。
彼の、かつて空色と呼ばれていた青い瞳は天の闇を見つめている。
すでに親は無く、大人たちの中で何とか食料を得て今まで食いつないできたが、それももう限界。ガリガリに痩せた身体を震わせながらも、彼はその場を動くことができなかった。
何人も飢えで人が死ぬのを見てきた。自分より小さな子どもも、大人も、食べる物が得られなければ生きることができないことは知っていた。
もう何日、食べ物を口にしていないのか覚えていない。手足を動かすことすら億劫になっていたのだが、彼の心は、ただひとつの思いに支配されていた。
――― 生きたい
声にはできなかったが、無意識のうちに口がそう動いていた。その瞬間、視界の端にぼんやりとしたやわらかい光が見える。
ゆっくりと視線を下に動かした少年は目を見張る。瓦礫のふもとに、人がいたからだ。
手に持つ卵形の入れ物の中には、いくつもの光が揺らめき、ぼんやりとあたりを照らす。紺色のマントを頭からかぶったその姿は、今まで見たことのないシルエット。この飢えた街からは失われていた、綺麗な姿だった。
思わずそれに見とれていると、静かに顔を上げたその人と目があった。きらきらと光に反射する金色の髪に、自分とは違う長い耳、桃色の瞳を持つ少女とも言える年頃の女はにこりと微笑む。
少年は、彼女から目を離すことができなくなっていた。
『夢はいりませんか?』
口を動かしていないのに、少女の声が少年の頭に響いた。
“夢”というものを知らない少年は、何も答えることができない。けれども、耳に入ったその音が気になって仕方が無い。いったいそれは何なのか、どういうものなのか見てみたいと思った。
少女は、そんな少年に更に深く微笑んでみせる。
『夢……売ってあげる。お代は貴方の涙を一滴』
ふわりと聞こえたその声に、知らず、涙がこぼれていた。雫はゆっくりと頬を流れて、少女の持つ入れ物の上にポタリと落ちた。
その瞬間、器の中の光が1つ飛び出す。
光は高く高く舞い上がり、闇の中に輝く小さな星になった。少年の空色の瞳はそれを追い、瞬く光に目を細める。
じっとその星を見つめていたら、自分の身体が少しだけ温かくなったような気がした。
どれくらいそうしていただろうか。次に少年が下を見た時には、少女はもうそこにはいなかった。けれども、少年の心の中には暖かい微笑と瞳の色、そして ―― “夢”が残った。
相変わらず、身体は飢えている。でも、心は満たされた今なら…と、少年はゆっくりと身体を起こした。
立ち上がって見上げた空は、先ほどよりも近くに見え、光に手が届くような気がした。
- end -
2013-11-23
エース様にリクエストして描いていただいた「夢売り師」のイラストに文をつけさせていただきました。
エース様が考えていた設定を使わせていただきました。
どうもありがとうございました!
屑深星夜 2004.8.22完成