…チリーン……
風鈴の鳴る音が涼を運ぶ季節。
線香の煙が緩く揺らぐその向こうに、彼はわたしの大好きな笑顔を浮かべて佇んでいた。
「…湊(みなと)、お前の大好きな真凛(まりん)ちゃんだよ? 見えるかい?」
黒い着物に身を包んだおばさんが、写真の中の湊に話しかけた。わたしは、悲しみ満ちる部屋の中で仏壇にしっかりと手を合わせた後、薄っぺらな額縁の中に納まった湊の黒い瞳をじっと見つめた。
「……おばさん。今から言うことは独り言だから…何言っても気にしないで、ね?」
この言葉に頷いたような微かな気配を感じたわたしは、大きく息を吸った後、負けないような笑顔を浮かべた。
「ね、湊。覚えてる? このピアス。湊がわたしの16歳の誕生日にプレゼントしてくれたよね」
この場にはとても似合わないものだってわかってたけど、耳につけたそれを見せ、人差し指と親指でひんやりとしたその感覚を確かめる。
「わたしと同じ名前のついたアクアマリン。湊が初めて恋人のわたしに贈ってくれたものだったから、すっごく嬉しかった」
高校1年の夏休み。港の花火大会に連れてってもらって、わたしは花柄の浴衣を着て行った。
人ごみも多かったからそのときは全然気づかなかったんだけど、家に帰って浴衣を脱いでびっくり! 袂に入ってた小さな箱に、このピアスがちょこんと納まってた。
あのときの嬉しさと驚きが混じったような感情は、今でも忘れられない。
「小さいころから“幼馴染のお兄ちゃん”だった湊のこと、男の人として好きだって気づいたのは、湊がわたしから離れて行ったとき……」
中学2年の春。いつもお向かいにいたはずの湊と会えなくなった。
全寮制の高校に入学したから無理もなかったんだけど……家族といても、友だちといても、言いようのない寂しさは埋まらなくて。
会いたくて会いたくて…湊の声が聞きたくて。誰よりもあなたの側にいたいと思ったから。
わたしは自分の成績じゃ絶対無理だって言われてた難関校を受験して、見事合格! 湊の後を追って、高校に入学したんだよね。
「あのときはわたしから追いかけられた。絶対に離れたくないって思って追いかけたら…湊と恋人同士になれた」
そう。追いかけたら…湊が「ずっと好きだった」って言ってくれて。
嬉しくて涙を流すわたしに、湊、どうしていいかわかんなくなってたよね。
……でも。
「でも…何で…? どうしてそんな遠くに行っちゃったの…? 死んじゃったら追いかけることもできないじゃない……」
段々と顔が歪み、こらえていたはずの涙が目尻から溢れはじめる。
1度堰を切った感情は、もうどうにも止まらなくって。
「湊までいなくなったら、わたし、どうすればいいのよっ!」
強く両手を握りしめたわたしは、そう叫んでいた。
「はい、カットぉ〜っ!」
カチンと小気味のよい音がスタジオ中に響き渡った。
「OK! 柚香(ゆずか)ちゃん、よかったよ」
「ありがとうございます」
溢れる涙を手指で拭いながら監督に頭を下げると、背後から優しい声がかかる。
「緊張もほぐれて来てよくなったわね〜」
「顕子(あきこ)さんまで…」
大先輩である女優さんに言われて、もうなんて答えていいのか。照れもあったけど、その綺麗な笑顔にもドキドキしちゃって顔がほんのり赤くなった。
「次はシーン5−3行くぞ〜。顕子さんお願いします」
「はい」
わたしは、次のシーンの準備が始っているセットの中から出て、撮影機材溢れる暗い空間へと歩いて行った。
崩れたメイクを直してもらい、壁際でリハーサルを行う顕子さんの演技をじーっと見ていたら、横から紙コップが差し出された。
「お疲れさま」
「翔(かける)さん」
共演者であり、わたし…真凛の恋人、湊役の翔さんからコップを受け取ったわたしは、中に入っていた麦茶を1口飲む。
2人で壁にもたれながら撮影を眺めていると、小さな声が聞こえてくる。
「…あんなふうに自分の写真が飾ってあると、すごく不思議な気分だね」
もちろんそれは、セットの中の遺影のこと。
苦笑する横顔にわたしは思わずクスリと笑った。
「この映画…いいものにしたいね」
「…はい。そのためにも頑張りましょう!」
「そうだね」
2人で頷く視線の先は、スポットライトで照らされた明るい舞台。
そこは夢のような場所であり、何よりも現実に近い場所。
本当のできごとではないけれど、見てくれる人たちの共感を得るためには“本物”と思わせることができなければ意味がないから。
わたしはここで、生身の人間を演じている。
ときには笑いを。そして、感動を伝えるために。
「では、シーン5−3……」
カチンッ!
- end -
2013-11-23
「縛りSSったー」挑戦作品です。
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ryu__raは「ピアス」「悲しみ」「独り言」に関わる、「登場人物3人以上」のSSを6ツイート以内で書きなさい。
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6ツイート=840文字はさすがに無理でした…。
前半部だけで既に1000文字超えていたため、もう、気にすることはやめました! ハッピーエンドにしたかったですしね☆
最終的には1891文字でした。
屑深星夜 2010.7.27完成