御徒町+神谷「成長」

御徒町+神谷「成長」


 さぁ、早く。早く来い。“ここ”まで……俺のところまで。



 目が痛くなりそうな赤色で塗られた柱や格子窓のあるその室内には、食欲を誘う香りが充満している。これまた鮮やかな緑や青、黄、金で色づけされた龍が、欄間に彫り込まれた雲の向こうから個室の中を見下ろしている。
 部屋の中央に置かれた円卓には、麻婆豆腐や青菜炒め、八宝菜、酢豚など、料理の皿で埋まってしまうほど並べられており、二人の人間がそれを囲んでいた。片方の人物 ―― 御徒町は、己の皿の上に乗った最後のエビチリを口の中に放り込み、もう片方の人物 ―― 神谷は、皿に山のように盛られた回鍋肉に箸を向けながらも空いた手で口元を押さえていた。
「何だ? せっかくご馳走してやってるってのに食べないのか?」
「……ちゃんと頂いていますよ」
「減ってないじゃないか」
「食べた端から山盛りにしてくれるからでしょう……」
 少年の言う通り。既に目の前にある小皿十杯分は腹の中に収めているというのに、隣に座っている男がなくなればすぐに別の料理を配給してくれるおかげで、食べていないように見えるだけなのだ。
 神谷の腹の状態は八分目どころではない。できるものなら『もう食べられない』と言ってやりたいくらいだが、彼には返しきれていない大きな借りがある。それ故に、ただ恨めしそうな目を向けるしかない。
 それに気づいていながらも人のいい笑みを浮かべたまま崩さない御徒町は、芙蓉蟹をよそいながら肩を竦める。
「それくらいペロっと食えないと、大きくなれないぞ?」
「心配していただかなくても、ちゃんと成長しています」
「本当か?」
「本当ですよ」
 テーブルの上に皿を置いた御徒町は、真っ直ぐに己を見つめてくる神谷にニヤリと笑って見せる。
「じゃあ、本当かどうか確かめてやるよ」
「え…うわっ!」
 箸を持ったままの右手首をグイと引っ張られ、少年の身体が椅子から浮く。逆らう間もなく二歩程移動してたどり着いたのは、己よりも広い胸の中。
「御徒町さん…っ!?」
「んー? そんな変わった気はしないな」
 遠慮のない手が頭から背中へと滑り降り、肩幅や胴回りを確かめるかのようにギュッと抱きしめられる。
「ちょ…あ、当たり前じゃないですか! 少し前に会ったばかりでしょう?」
「その時はこうやって確かめてなかったしな」
 面白そうな声音に、わかっててやったのだと知れて苛立ちが募る。しかし、それを本人にぶつけるわけにも行かず、奥歯を噛み締めていると拘束が解ける。折り曲げるようになっていた上半身を起こして姿勢を正すと、オマケのように大きな手が頭を撫でる。
「早く大きくなれよ」
「……すぐになりますよ。今が一番の成長期ですから」
「そうか? ま、楽しみにしてるわ」
 乱れた髪と服装を直し己の席へと戻る神谷は、男の口元に浮かんだ暗い笑みに気がついてはいなかった。
 少年が椅子に座る頃にはその影はすっかりと消え去り、食えない笑顔が向けられる。
「ちゃんと大きくなってるか、また確かめてやるからな」
「結構です」
「遠慮はいらないぞ?」
「していません」
「ははは! 照れてるのか? 可愛いなぁ」
 手に取ったレンゲで先ほど取った芙蓉蟹を口に運ぶ御徒町。その様子にため息を吐いた神谷は、再び箸を持つとタレの絡んだキャベツを摘む。

『それくらいペロっと食えないと、大きくなれないぞ?』

 腹ははち切れんばかりに膨らんでいるし、耳に残る恩人でもあり仇でもある相手の言葉通りに行動するのは面白くない。
 しかし、この男相手に弱いところは見せたくないし、いつまでもからかわれてばかりでいるのは嫌なのだ。そもそも、早く成長したいという思いは御徒町に言われるまでもなくずっとずっと神谷の中に存在していて……。

 ……すぐだ、すぐ。

 脳裏に浮かぶのは、父の姿にも重なる大人になった自分の姿。
 いつか迎えるその日のためにも栄養を取らなければ、と少年は摘んだそれを無理矢理に口の中に押し込んだ。



 あぁ、早く。早く来い。“ここ”まで……俺のところまで。

 その獣は、未だ幼い牙が己の喉元を食い破る日を今か今かと待っている。

- end -

2014-03-11

リカチリカ」フユナギ様のお誕生日プレゼントに書かせていただいたものです。

オリジナルで描いていらっしゃる神谷家のお話から、キャラをお借りいたしました。
「御徒町と少年神谷のお話」というリクエスト。
上手く彼らを描けたかは不安ではありますが、ネタは個人的に気に入っていたりします。

フユナギ様、お誕生日おめでとうございましたー!!


屑深星夜 2014.3.11完成