護衛の仕事
照りつける太陽の下。
暑さに顔をしかめながらも、前を歩く相棒に声をかける。
「なぁ〜…何でさっきんとこじゃだめなんだよ、レイ」
「ああいう筋肉ダルマは嫌いだ」
「んな見た目で決めんなよぉ〜」
俺は大げさにため息を吐いた。
ま、確かに?
何でファイターの俺よりいい筋肉してんだよ!?
…って突っ込みたくなる身体してたけどな。
AND商会のアンディって言ったらこのエベリンでも有数の貿易商人なんだぜ。
だからこそって言うのかわかんねぇけどな。
ストーンリバーまで輸送する積荷の護衛するだけで1万Gだぞ!?
その値段に合った危ない道中かもしんねぇけど、俺たちの強さがあれば問題ねぇだろ?
「…何であの金額で疑わないんだよ…」
「へ?」
急にピタリと動きを止めたレイが何を言ったのか聞こえなくて首を傾げれば、不機嫌さを隠さない顔が俺を見る。
「で、別の仕事は見つかったのか?」
「あー…ハイハイ! 丁度募集が出たとこだったぜ」
触らぬ神に祟りなし、って言葉がピッタリだよなぁ〜。
俺は、逃がした魚に未練タラタラだったが、ギルドでもらってきた新しい依頼の紙をレイに手渡した。
「あなた方ですか。私の護衛を志願してくださっているのは」
そう言ってニコリと微笑むのは、ORカンパニーの社長のオーリスって男だ。
ちょっと前に面接受けたアンディとは正反対のタイプでな。
レイと同じくらいの背丈で、手足も長くてスマートだろ。
で、外に出たことねぇんじゃねぇのってくらい白い肌に、肩より少し長めのブルーグレーの髪のせいもあって、一見女にも思えちまう。
日暮れの太陽っぽい茜色の目が印象的で、俺はそれにニカっと笑い返しながら口を開く。
「丁度ストーンリバーまで行く予定なんだよ。ついでに金稼げたら嬉しいから、雇ってもらえるとありがたい」
「レベルの高い冒険者さんは歓迎いたしますよ」
「お、採用か?」
「ストーンリバーまでよろしくお願いいたします」
任せとけ、と胸を叩く俺のやや後ろで難しい顔をしていたレイは、恭しく頭を下げるオーリスから目を離すことはなかった。
無事にストーンリバーまでの職を得た俺たちは、今日泊まるつもりだった宿まで荷物を取りに戻った。
オーリスが明後日の出発まで屋敷に滞在すればいいと言ってくれたからだ。
その帰り道。
人通りの多い商店街を過ぎ、もう少しでオーリスの屋敷につくってとこで、ずっと静かだったレイが口を開く。
「エナ。あの男のとこには戻らずにストーンリバーへ行くぞ」
「はぁ!? 何言ってんだよレイ! せっかく雇ってもらえたのによ」
「あの目はやっぱり裏がありそうな気がする」
「目? …そうか? 優しそうだったじゃねぇか」
思い浮かぶのは、夕焼け色の温かい雰囲気だけ。
俺には全然裏があるようにゃ思えねぇ。
仕事内容だって、急成長中の企業の社長をストーンリバーまで護衛するだけだぞ。
別に変なとこはねぇと思うんだけどな。
「顔は笑ってても目は笑ってなかったぞ?」
そう、真っ直ぐ俺を見るレイはいつになく真剣で。
こいつと雇い主。
どっちを信じるべきか迷ってたときだ。
シュッ!
「…おわっ!!!」
突然飛んできた矢が、トスッと地面に突き刺さった。
「な、何だ!? 誰だ!?」
慌ててロングソードに手をかけながら周囲を見回すと……。
「裏があるのはそちらではないのですか?」
10人程の黒服の男どもの後ろに、声の主 ―― オーリスが腕組みして立ってやがった。
「ちょ…おい! あんた自分の護衛に攻撃するってどういうことだよ?」
「護衛? 刺客の間違いではないのですか?」
「…は?」
刺客…ってどういうことだ?
全くわけのわからない俺は、疑問符を頭に浮かべるしかできない。
そんな俺にクスリと笑うオーリスの目は少しも笑ってなくて、見ているだけで気分の悪くなるようなそれにレイが舌打ちするのが聞えた。
「私のところへ来る前、どこに行っていらっしゃいました?」
「どこって…AND商会だけど…?」
別に隠すことでもない、と事実を口にすれば相手が目を見開くのがわかる。
「…はっきりとお答えくださるんですね」
「事実だしな」
「では、私とアンディが犬猿の仲…ということはご存知でしたか?」
今度驚いたのは俺の方だった。
犬猿の仲ってのは……仲が悪いってこと、だよな。
つまりこいつは、俺たちが、アンディが雇った刺客だと思ってるってことか!?
喋れない俺の代わりにレイが答える。
「知ってたらあんたのとこには来てないだろ」
「知ってて来たのでしたら、それは私の命を狙う輩と言うことですよね…?」
「だから…知らないって……」
「私は自分の命が惜しいのですよ? そして…あの筋肉バカに負けるのだけは許せない」
「こっちの話を…!!」
「悪く思わないで下さいね? 疑われるようなことをしたあなた方がいけないのですよ」
プチッ
はっ!! 今の音は!?
俺はやっと我に返って隣にいるレイを恐る恐る窺う。
完璧に座った目に、血管の浮いた額。
不機嫌な口が更に下に歪んで……最悪の状態ってやつだ。
「ちょ…と待て? レイ。落ちつけ」
なんとかレイの気持ちを鎮めようと声をかければ、鼻で笑ったオーリスが自分の前に立つ男たちに合図しようと右手を上げる。
「こちらを止めるではなくお仲間を止めるとは…余裕ですね?」
こいつの声と一緒にレイの微かな呟きも聞えて……俺はもう、止めようがないことを悟った。
もう、なるようになりれ!
怒らせたのはあいつらの方だ!!
「…じゃなきゃこっちの命も危ねぇからだ…よっ!!」
言い捨てると同時にレイの足元に身を屈めて小さくなる。
「ブリザぁぁ―――――ドッ!!!!」
レイの強力すぎる氷の魔法が発動したのは、その一瞬後だった。
あの後、早々にエベリンを後にした俺たちは、ストーンリバー…ではなくリーザリオンに向かっている。
何でかって言うとだな。
警備隊に追われてるからだよ。
あいつらの勘違いだったはずの刺客騒ぎは、レイが魔法を放って攻撃しちまったおかげで真実味を帯びちまったんだ。
あのオーリスってやつの性格がどんだけ悪くても、エベリンを代表する企業の社長。
こっちの方が分が悪いのは当たり前で……当初の目的地を避けて旅をすることになっちまったわけだ。
「…だから言っただろ? 裏があるって」
「だからって凍らせるやつがあるか!!」
「おかげで無事なんだからいいだろ?」
「よくない!」
懲りもしないレイに文句を言いつつ、俺はズンズン進んで行く。
一応、事情を書いた置き手紙して来たから…そのうち騒ぎが治まってくれると信じてるんだけどな。
それでも、毎回毎回こいつがキレるたびにとばっちり受ける俺の身にもなってみろってんだ。
くそ!
これも全部、AND商会とORカンパニーに関わったせいだ!!
あー…もう、しばらく護衛の仕事は受けねぇぞ!
受けねぇからな!!!
空が黄昏色から闇色に変化するころ。
キラキラと瞬き始めた1つの星にそう誓った夜だった。
fin
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