変わらない風景
少し遠くに見える…大きな木。
その白く霞んだ立ち姿に、知らず知らずほうっとため息が出る。
「わぁ〜! きれいね!」
「きれーだお!!」
「きれいデシ!」
「…そうだね」
目をキラキラと輝かせるパステルたちの声に、おれは頷いた。
晴れの日と雨の日を繰り返して行くうちにだんだんと寒さも和らいで、暖かい季節が近づいてきた。
と言っても、季節の訪れはなかなか目には見えないもの。
日差しの元気な日は、昼間に1枚脱いだとか。
マフラーや手袋、分厚いコートが必要なくなったとか…。
あぁ、春なんだな。
…って、そんな些細なことで感じていたある日。
「みんなでお花見に行かない?」
パステルがそう言い出したんだ。
どうも、トマスから来た手紙にとっておきの花見場所があるって書いてあったらしい。
けど、一体どんな花なのか…とかそういう情報は全くなかったみたいで、見に行きたくなってしまったみたいだ。
もちろんおれも、パステルの話を聞いていただけでワクワクしてきて。
トマスが勧める風景を見に行ってみたいと思ってしまってた。
だから、みんなで数日バイトを休んで、サバドの近くにあるって言うその場所まで行くことになった。
たどり着いた場所は、森の中にぽっかりとできた草原。
丘のようになったその中央 ―― 1番高い場所に、1本の桜の木が立ってた。
地面の緑と空の青に挟まれて、大きく広がった枝に咲いた小さな花たちが白い雲のように浮かんでいる。
丁度満開を迎えたところみたいで、風が吹いても花弁はほとんど宙を舞ったりはしなかった。
けど、雪みたいに散るその姿を想像したら、それもまた綺麗なんだろうなと自然と頬が緩んでた。
太陽は丁度真上に来ていて、早速弁当を食べようと敷きものを広げる。
「ルーミィ、おなかぺっこぺっこだおう!」
「ぼくもデシ!」
「はいはい、もうちょっと待っててね」
ルーミィたちをなだめながら座って、大きな弁当箱を包んでいた布を外すパステル。
その横にひょいと顔を出したのはトラップだ。
「おい、唐揚げ入ってっか?」
「それは見てからのお楽しみです〜」
「おやおや、トラップももっと早起きすればわかったんでしょうけどねぇ」
「そう、だな」
キットンとノルの言葉におれも頷く。
トラップ以外は花見が楽しみで早起きしてしまって、みんなで弁当作りを手伝ったんだ。
だからおれもその答えを知ってるわけだけど、パステルが秘密と言っているのに勝手に教えるわけにはいかない。
その雰囲気がわかったんだろう。
トラップは弁当箱を前に、おあずけされた犬状態になっているルーミィに声をかける。
「おいルーミィ、この弁当に唐揚げ入ってるか?」
「あ!」
「はいってるおう!」
「よっしゃー!!!」
気づいた時にはもう遅く、ニッコニッコ笑顔で答えてしまったルーミィにおれは苦笑した。
「もぉー…ルーミィに聞くのはルール違反よ!」
口では怒りつつも仕方ないなぁという顔をしているパステルは、パカリと蓋を開けた。
1段目には、トラップが気にしていた唐揚げに少し甘い卵焼き。
ポテトサラダにクスパラのベーコン巻…などなど、たくさんのおかずが詰まり。
2段目には色とりどりのおにぎりが並んでた。
わぁ…と思わず感嘆の声を上げるメンバーもいれば、お構いなしにすぐに手を伸ばすやつもいるわけで……。
「ちょっとトラップ! いただきますが先でしょ!?」
「んなのめんどいし、いいじゃねぇか」
目当ての唐揚げを手で摘んで口に運ぼうとするトラップに、ルーミィとシロの鋭い視線が突き刺さる。
「とりゃーわういこなんら!」
「トラップあんちゃん、食べ物にはちゃんと感謝しなきゃダメなんデシよ?」
「うんうん、そうよね〜!」
「ギャハハハ!! ルーミィたちにまで説教されてどうするんですか、トラップ」
さすがに2人に注意されたのがこたえたのか。
ブツブツと文句を言いながらも、トラップは持っていた唐揚げを口に入れるのはやめたようだ。
「よし、食べようか」
みんなの会話が途切れたところでそう言えば、お互いの視線が絡む。
そして、誰からともなく手を合わせ、
『いただきます』
…と声を揃えた。
ここはシルバーリーブでもなく。
おれたちの家の中でもない。
春を満喫するためにいつもと違う場所に来たはずなのに、今おれの目の前で繰り広げられる風景は…いつもと全く変わらないんだ。
何でかそれが面白くて。
おれは、満開の桜の下で笑いながらずっとそれを見ていたんだ。
fin
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