花びら
んー…たまにはこういうとこで昼寝するってのもいいもんだな。
おれは、ずれた帽子の隙間から見える薄ピンク色にクスリと笑みを零す。
……あん?
“こういうとこ”がどこかって?
木の上ってのはいつもと変わんねぇけどな。
満開の桜の木の上だよ。
おれたちは今、サバドの近くに花見に来てんだ。
トマスからの手紙にいい花見スポットがあるって書いてあったらしくてな。
パステルが行きたいって言い出さなきゃこんなことはなかっただろうな。
まっ、あんな謎めいた書き方されちゃ気にならないわけがねぇ。
春だから。
花見をするのにお勧めの場所。
晴れていれば、それはもう素晴らしい景色が拝める。
そんな絶賛の嵐なくせして、一体何の花が見られるのかは一言も書いてねぇんだ。
冒険者のおれたちが、そんな面白いもんに飛びつかないわけがねぇ。
それに、ようやく春が来たんだ。
それっぽいことするのも悪くねぇし…ってことで、バイトの休みとってみんなで来たんだよ。
勧めるだけあって、森の中の原っぱに生えたでっけぇ桜はきれいだったよ。
思わずおれも見とれちまったくらい、青空の下で堂々と花を咲かせてる姿はすごかったぜ。
とはいえ、花より団子ってな。
おれたちが花ばっかに見とれてるわけもなく。
その後すぐに昼飯を食べちまえば、サバドに戻るまではそれぞれ自由行動だ。
っつっても、クレイとノルはチビたちに引き連れられて目の前の原っぱで遊びの相手だろ?
キットンは早々に周りの森でキノコと植物採取だっつって行っちまったし。
おれは早々にこの桜の木に登って昼寝を決め込んじまったから、今、下にいるのは、荷物番として残ってるパステルだけだ。
けど、春ってのはなんでこんなに気持ちいいのかわかんねぇな。
ぽかぽかあったけぇ日差しに、そよそよ気持ちいい風。
一番遅くまで寝てたおれですらあくびを誘われるんだ。
朝早くから弁当の準備してたパステルが眠くなってもおかしくねぇ。
ひょいと帽子をどけて下を見てみれば、敷物の上で横になってるあいつが見えた。
寝顔が見える位置じゃなかったけどな、スヤスヤと気持ちよさそうに眠ってるのはわかって、おれももう1回寝ようか…と思ったときだった。
ゴロン
1度寝返りを打った後から、パステルの手がゴソゴソ動くようになりやがった。
静かだった耳に入るその音がやけに気になって、ため息をついたおれはスルスルと木から下りた。
どうしたんだ?
と、側に来て見下ろしてみれば。
散った花びらが唇についてやがった。
きっと、くっついた感覚が気持ちわりぃんだろう。
手でよけようとしてるみてぇだが、寝てるもんだから上手くいかないらしい。
しかたねぇなぁ…。
おれは、上半身を屈めてその花びらを摘んで取ってやる。
すると、安眠を妨害するものがなくなったパステルはニコォッと笑顔を浮かべると、また規則正しい寝息を立て始めた。
……く…っそ! やられた……!!
笑顔の直撃を受けちまって、意思とは無関係に顔が赤くなる。
幸いなのは、ここに他の誰もいねぇってことだが……。
ため息を吐いておれは苦笑した。
何でこいつはこんなに無防備なんだか。
惚れてる身からすりゃあ、ホント生殺しだっての。
それでも、こいつがパーティという家族の中で笑ってるのが好きだから。
せめてこいつがこの“家族”を必要としなくなるまで。
……新しい、自分の家族を作りたいって思えるようになるまで。
おれの気持ちは伝えない、って決めてんだ。
それが自分にとってどれだけ不利になったって。
どこぞの誰かに遅れを取ることになったって。
この笑顔を失いたくない……って思うのは、どうしようもなくこいつのことが好きだから、なんだけどな。
今は……これくらいで我慢してやるよ。
おれは、手に持ったままだった桜の花びらに唇を寄せた。
ふわり、桜と……陽だまりの香りがした、ような気がした。
fin
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