「やっと、着きましたね」
 乗合馬車を降りて、久しぶりのシルバーリーブの土を踏みしめたキットンはそう呟いていた。


 彼は今まで、スグリに会いに行っていた。
 久しぶりに彼女と過ごす時間。
2人きり…ではなかったが、暖かい家族の一員となれたみたいで、とても幸せだった。
 別れるときはとても寂しかった。
この暖かくて優しい場所から離れたくなかった。

 しかし、どうだろう。
 帰ってきてみたら…ここも暖かくて優しいものだった。



「キットンじゃねーか! いつのまに帰ってきてたんだ?」
「ついさっきですよ」
 旅館の入口で、トラップに会った。
 先に階段を上っていく彼は、頭の上で両手を組んでため息をつく。
「あーあ、まだ帰ってこねぇでよかったのに。おめぇがいねぇと静かで、部屋でたっぷり昼寝できたんだけどなぁ」
「それは悪かったですね、トラップ」
 キットンは、相変わらずの口の悪さに苦笑しつつも、これだけは言っておかなければ…と続ける。
「しかしですね? 自分のことを棚に上げるのはやめてくださいよ。あなただって十分うるさいじゃないですか」
「なんだと? このやろ〜!!」
「ギャ! 痛いじゃないですかーっ!」
 深刻なケンカになるかと思いきや、当人たちはいたって笑顔。
久しぶりの再開を喜んで、じゃれあっているだけのようだった。
 その声を聞いて、ある部屋から顔をだしたのはクレイだ。
「帰ってきたのか、キットン!」
「はい。クレイは…相変わらず剣を磨いていたんですか?」
 部屋に迎え入れられながらキットンが見たのは、床に置かれているロングソードと手入れの道具。
 パーティのリーダーは、それに爽やかな笑顔でうなずく。
「あぁ! あ、キットンが帰ってきたらみんなでクエストに行きたいなって話してたんだ」
「それは、いいですね〜」
 そこに、バタバタといくつかの足音が近づいてきた。
「キットン、おかえり!」
「おかえりなさいデシ!」
「おかえいだお!」
 キットンは、部屋の入口から顔を覗かせた2人と1匹に微笑んだ。
「ただいま帰りました。パステル、ルーミィにシロ…元気でしたか?」
「うん!」
「うんー!」
「はいデシ!」
「ね、ね、そろそろご飯の時間だし、猪鹿亭へ行ってからゆっくり話さない? ノルも一緒に!」
 パステルのその提案に、トラップがうなずく。
「んだな」
「クエストのことも話したいしな」
 そう言いながら、クレイは置きっぱなしだったロングソードを鞘にしまった。
 キットンは、今まで背負っていた荷物を床に置きながら言う。
「荷物を少し整理してから行きますから、先に行っててください」
「うん、わかった!」
 満面の笑みで顔を上下させたパステルは、ルーミィとシロを連れて自分の部屋へ。
 トラップとクレイは一足先に外へ行くために、部屋を出て行った。



 慌しく過ぎていく彼らとの日常。
 時にはケンカや言い合いをして、穏やかではないこともある。
 それでも、彼らと共にいることは、とても居心地がよかった。

 彼らを失うことは、スグリを失うことと同じくらい辛いこと。


 いつか別れがくるそのときまで、もう誰1人、欠けることのないように。
わたしは、自分にできることを精一杯がんばりましょう。

 キットンは誰もいない旅館の部屋で、そう決めた。
それが、暖かくて優しいこの場所を守ることに繋がると信じているから。




     fin







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