宛名のない手紙

宛名のない手紙


『すみませーん!』
「は〜い?」
『お手紙です〜!』
「今行きます!」
 わたしは、外から聞こえてきた声に返事を返すと、急いで入口まで歩いて行って扉を開けた。そこには、肩から皮のかばんをかけた中年の男の人が立ってたの。
「パステルさんですか?」
「はい、そうですが」
 わたしのその答えを聞くと、
「パステルさん宛てに手紙が届いているのですが…」
と言って、おもむろに鞄の中から手紙を1つ取り出した。
 それを受け取ろうと手を伸ばしたところで違和感を感じたの。何に違和感を感じたのかすぐにはわからなかったけど、茶色いその封筒をよく見た時に気づいた。

 手紙にあるはずの、切手が貼ってない。それだけじゃないの。文字も何にも書かれてなかった。

 不思議そうに手紙を見つめるわたしの視線に気づいた配達員さんが、頭をかきながら説明してくれる。
「実は、この手紙、宛名も切手もなく、封もされておりませんでした。失礼かと思いましたが、少しだけ中身をあらためさせていただいたところ、“パステル”さんへ書かれたものだとわかりまして」
「は、はい」
「このあたりで“パステル”さんというと、パステル・G・キングさんしかいないだろうということで、こちらにお届けにあがったんです」
「そうですか…どうもありがとうございます」
 軽く会釈して、わたしはその手紙を受け取った。
「もし、違う方への手紙でしたら、お手数ですが配達所までお返しください」
 配達員さんは、そう言ってお辞儀すると、いそいそと次の配達先に向かって歩いて行った。

 扉を閉め、部屋に戻ったわたしは、机の上に封筒を置いて椅子に座った。そして、茶色のそれを見つめてポソリと呟く。
「宛名のない手紙…かぁ。一体どんな中身なんだろ?」
 ずっと想像してたってわかるわけもないから、中から薄い青色の便箋を取り出して読んでみることにした。



―――

愛するパステルへ


やっと懐かしい我が家に帰ることができそうだ。
長い間待たせてすまない。
帰る時には、お前が欲しがっていたものをプレゼントしよう。

…家を離れて、もう数年。
お前はどんなにか成長したことだろう。
会えるのが今から楽しみだ。

もう少し…もう少しだけ待っていてほしい。
必ず帰る。
それまで、元気で。


お前を愛する者より

―――



 …すっごくあったかくって、いい手紙!
 中身はもちろんだけど、見てるだけでもポッと胸があったかくなる。ちょっと字は汚いんだけど、きっと書いた人の性格も出てるんだわ。
 でも、これ、絶対にわたし宛てじゃない。
 だって、わたしは、家を出て冒険者になってるわけだし。家族って呼べる人は…ガイナの家にいるジョシュアと、パーティのみんなくらい。一緒にいるみんながこんな手紙送ってくるわけないし、ジョシュアだって…。
 机の上に置いた便箋を見ながら、懐かしいガイナを思い出して、ちょっとだけ胸が痛んだ。けれど、ゆるく首を振ってその痛みを追い出した。

 届けてあげたい。この手紙を受け取るはずだった、もう1人の“パステル”さんに。

 そう思ったわたしは、夕飯のときにみんなに相談したんだ。


「んな、金にもならねぇことやってどーすんだよ」
 トラップの言葉にうぅ…と唸った。確かに、貧乏パーティのわたしたちにはそんな余裕はないもんね。
「だからって、こんないい手紙をこのまんまにしとくのか?」
「違ったら配達所に戻せ、って言ったんだろ? 任せときゃいいじゃねーか」
 わたしの変わりに言い返してくれたクレイに、トラップは、テーブルに並んだ料理をパクつきながら肩をすくめる。
 その通りなんだけど…ね。正論だからこそ、ぶっきらぼうな言い方が胸に刺さった。
「パステル、会いたいんだろ?」
 何も言えずにいるわたしにノルが聞いてくれたことは、わたしが言いたかったことで。
「…うん」
 彼の微笑みの前で、小さく頷いた。
「家族を待っている、同じ名前の人…か」
「どんな風に暮らしてて、何をしてる人なのか、とか…気になりだしたら止まらなくって」
 エヘヘっと笑いながら話してたら、盛大にため息をつかれた。
「わーったよ。そんなに気になんなら行ってくりゃいいじゃねーか」
「え? みんなで行かないの?」
 1人で行くなんて全く考えてなかったわたしの言葉に、トラップは『バカか』って顔をした。
「クエストでもねーのに、この大人数で行く必要はねぇだろ! それこそ金の無駄だぜ」
「あ、そっか。でも、わたし1人じゃ絶対に迷子になるし、ルーミィを置いていけないんだけど……」
 隣で大きな口を開けてご飯を食べてるルーミィをちら、と見ながら言うと、クレイがにこりと笑いかける。
「数日なら大丈夫だろ。な、ルーミィ」
「ぱーるぅ、どっかいくんかぁ?」
「うん。このお手紙を届けに行って来ようと思うんだけど…ルーミィ、平気?」
 少しだけ不安そうな顔をしたんだけど、シロちゃんの方を見た彼女は満面の笑みを返してくれる。
「だいじょうぶらお!!」
「あんまり長くかかるようだったら1度帰ってきてくれ」
「うん」
「迷子になりそうだったら、まず先に人に聞け! 急ぎでなければ連れてってくれるやつもいるさ」
「う、うん」
 みんなにいろいろと注意されながら食べた夕食は、いつもの倍くらいかかった。


 次の日。まず配達所で聞いてみたら、エベリン支店に冒険者風の男の人が持ってきた…ってことがわかったの。
 受け取ってすぐに宛名がないことに気づいたんだけど、声をかける前にどこかに行っちゃったんだって。

 とりあえず、エベリンに行こう。もしかしたら、その人、まだエベリンにいるかもしれないでしょ?

 ちょっと長旅になるかもしれないから、ちゃんと準備して、その日のうちに乗合馬車に乗り込んだ。


 だんだんと日が傾いてきたころ、エベリンについたわたしは、まず手紙を受け取った配達所に行ってみた。
 手紙のことを話すと、それを受け取ったという小柄なおばさんが出てきた。
「あぁ、その手紙を持ってきた人ね」
 かばんの中から宛名のない茶色の封筒を出すと、彼女はポンと手を打つ。
「30代くらいの…ファイターだと思いますよ。ブロンドで緑色の目が印象的だったので、覚えてます。この配達所で働き出して結構たちますけど、初めて見る方でした」
「そう…ですか」
 容姿はわかったけど、初めて見る人じゃそれ以上のことはわからないでしょ。手がかりもここまでか…と思って肩を落としたとき、通りかかった配達員の男の人が立ち止まった。
「ブロンドに緑の目のファイター…?」
「知ってるんですか!?」
 今にもつかみかかりそうなわたしの勢いに圧されて、数歩下がった彼はぎこちなく頷く。
「は、はい。同じ方かはわかりませんが、何日か前に手紙をお届けした方だと……」
「えぇ!?」
 驚いたわたしに、仕事もあると思うのに、もう少し詳しく話をしてくれたんだ。

 彼がその人と会ったのはある宿。彼宛に届いた手紙を配達に行ったときだったんだって。
 しばらく拠点として使用してる宿を、連絡先として知り合いに教えておくのって、よくあることみたい。でも、宿泊者に直接手紙を渡すのはめったにない。
 だって、宿に1日中いる人なんて少ないでしょ。いつもなら店の人に預けるんだけど、その人は丁度出先から戻ってきてたんだって。


 すぐに教えてもらった宿に行ってみたんだけど、探してた人はもう旅立った後で…会うことはできなかったの。でも、宿帳から名前を知ることができた。

 カラード・レメタールさん。

 その名前がわかれば、連絡先がわかるのも早かった。
 彼、冒険者でしょ? 事情を話して冒グルに調べてもらったの。

 次の目的地は、ストーンリバー。カラードさんの連絡先になってた町。
 そこに“パステル”さんがいるかはわからなかったけど、家族がいるなら自宅の可能性は高いでしょ?
 エベリンで一晩泊まった後、わたしは再び乗合馬車に乗り込んだ。


「ここ…のはずなんだけどなぁ?」
 石畳の坂を登ってたどり着いた白い壁の家は…人がいる気配が全くなかった。でも、庭の花々は誰かが手入れしてるみたいで、様々な花を咲かせてた。
 これからどうしようかな、と坂の下に見える海を見ながら考えてたら、通りかかった黒髪の女の子に話しかけられた。
「その家に何か用事? 今誰もいないですよ」
「えぇ? やっぱり? ど、どうしよう…」
「どうしたんですか?」
 オロオロとその場を行ったり来たりしだしたわたしに、聞かずにはいられなかったんだろうな。わたしは、ありがたく10代半ばくらいのその子に事情を話す。
「あの…カラード・レメタールさんから“パステル”さんに宛てられた手紙が、間違ってわたしのところに届いたから、本来の受取人に届けに来たんだけど…」
「パステル?」
 青い瞳にはさまれた眉間に皺が寄る。
 わたしには、それが、何でわたしのところに届いたのか…って疑問に思えて、説明を続ける。
「あ、わたしもパステルっていうの。手紙に宛名が書いてなくて…近くに住んでたわたしのとこにきちゃったみたい」
「それであなたがわざわざ届けに?」
「わたしがするべきことじゃないと思ったんだけどね。でも、この手紙、愛する人へ、プレゼントをもって帰ります…っていうあたたかい手紙で、本当に受け取るはずの“パステル”さんがどんな人か気になっちゃって…」
 何回か頭をかきいた後、1番聞きたいことを口にする。
「あなた、“パステル”さん、知らない?」
「…知りません!」
 少女は、わたしから視線を外してそう言い捨てると、坂の上の方へ走っていってしまった。
 残されたこっちは、もう呆然。追いかけることも忘れて、しばらく、家の前で立ち尽くしていた。
 そこに再び天の声。
「……? あなた、この家に何かご用?」
 その声の主である茶色い髪のおばさんに、駆け寄った。
「あ、あの! “パステル”さんにカラード・レメタールさんからの手紙を届けに来たんですけど」
 そして、さっきの女の子に話したみたいに説明したら…。
「あらまぁ!! 丁度通りかかってよかったわ。“パステル”なら今うちにいるわよ!」
「そうなんですか!?」
 探してた人の居場所がわかって、もうビックリ!
 昼間の海そっくりの瞳の彼女はニコニコとわたしを家まで案内してくれたの。


 カラードさんの家から、数軒坂を登った家の敷地に入ったら、バタンと勢いよく扉が開いた。
「リマナ。“パステル”はいるかい?」
 おばさんが声をかけたのは…見覚えのある女の子。
「あれ!? あなた!」
「!!」
 そう。さっき走って行った女の子が家の中から出てきたの!!
 わたしの顔を見て驚いた彼女は、
「早くっ!!」
と、家の中からグイグイと金髪の男の子を連れ出して、坂を駆け下りて行ってしまったの。
「リマナ!! どこいくんだい!?」
 彼女の母親らしい女の人の声も聞こえてないみたいだった。

  ***

 少年の手を引いて港まで下りてきた彼女の名は、リマナ・イーゼル。パステルを家まで連れてきた、ララーレ・イーゼルの娘だ。
 彼女は桟橋に腰を下ろすと、憮然とした表情で海を見つめた。

 どうして、気まぐれに手紙なんてよこしたのよ?

 その胸には何年も会っていないカラードへの不満が溢れていた。
 リマナが連れてきた少年は…その様子を窺いながら、大人しく隣に座った。

 実は、彼こそパステルの探していた人物であった。


 パステル・レメタール ―― カラード・レメタールの愛する息子。

 カラードは冒険の途中で、同じ冒険者の女と恋をし、結婚した。
 彼女の名はキャンベル・パレスト。冒険者になる前はストーンリバーで暮らしており、ララーレ・イーゼルの親友であった。
 結婚を機に冒険者を辞めた彼女は、再びストーンリバーで暮らすようになる。しかし、子どもも生まれ、これから…というところで、キャンベルは病に倒れ帰らぬ人となってしまった。
 小さな子どもを1人にはしておけないと、カラードはしばらく家に留まったが、良くも悪くも“冒険者”の彼にその生活が耐えられるはずもなく。
 キャンベルからカラードを助けてほしいと頼まれていたララーレは、パステルを自分の家で預かることを申し出たのだった。


 少年は、小さなころから、年に数回程度 ―― 酷いときは、数年に1度 ―― しか帰って来ない父親をイーゼル家で待っていた。
 最初のうちは、どうして自分を置いていくのか、と父を恨んだこともあった。しかし、帰って来れば、自分をすごく可愛がってくれ…愛してくれる父を、嫌うなんてできなかった。
 けれども、ずっとそばにいられないことが悲しくて。

―― 冒険者じゃなかったらよかったのに…。

 小さな頃にそうこぼしたことがあった。それに、ララーレが苦笑する。

―― カラードが冒険者じゃなくなったら、生きていないも同じだよ。

 パステルの本心に答えた彼女の言葉。
 そのとき、『父親と一緒に旅すること』が彼の夢になったのだ。
 以来、12になった今まで、勉強、運動、料理、剣術など、なんでもできるように努力してきた。


 リマナはそれを知っていた。知っていて、カラードの手紙を持ってきた人がいることを…彼に伝えられなかったのだ。
 10年以上一緒に暮らしてきた。血は繋がっていないが、本当の弟のように思っている。
『このまま一緒に暮らそう』
 何度も何度も言おうと思った言葉。
 でも、夢のために泣き言を言わずに頑張る姿を見たら…どうしても言えなかった。

 それなのに、今、だ。なぜ、今、カラードからパステルに宛てた手紙が届くのか。
 ララーレに言われ、彼女宛に定期的に手紙を送ってることはあっても、パステルに直接送ってくることなどなかったのに。

 今度こそ、カラードはパステルを連れて行ってしまう。

 リマナの心は不安と悲しみでいっぱいになって…海色の瞳から涙が溢れた。
「リ…リマナ? どうしたの?」
 突然泣き出した彼女に、どうしていいかわからないパステルは…オロオロとあたりを見回した。そうしても、自分がすべきことなど思いつくはずはなく、視線だけを“姉”に戻す。
 すると、いつも元気でお転婆な彼女が、すごく小さい存在に感じた。とっさに、ギュッと両腕で抱きしめる。
「……泣かないで、リマナ」
 その言葉が胸に届くと…次第に彼女の心も凪いでくる。思い立ったようにグイと涙を拭ったリマナは、パステルの腕を外して話し出す。
「家にね、カラードさんから手紙が届いてると思う。見ておいで」
 目を見開いて立ち上がったパステルは、勢いよく走り出そうとしてブレーキをかける。
「リマナは!? 帰らないの?」
「もう少ししたら帰るわ。早く行っておいで」
 少し心配そうな目でリマナを見つめていた彼だったが、父からの手紙を見たい気持ちを押さえられる年でもなく…大急ぎで家まで走って行った。

  ***

 帰ってきた“パステル”くんに手紙を渡すと、ガサガサと少々乱暴に中を確認する。
 薄青色の便箋に目を走らせていくうちに…その緑色の瞳が潤んできた。
「……父さん……」
 ギュッと大事そうに手紙を胸に抱く彼を見て、届けてよかった、って本当に思った。


 シルバーリーブに戻ったわたしに、彼から手紙が届いたのは…数ヵ月後。

 父からのプレゼントで、一緒に冒険できることになった彼。
 今まで努力していたかいあって、冒険者試験に一発合格! クレクリックだった母の血を引いていたおかげか、魔法使いになることができたんだって。
 いつかは、剣も扱える魔法使いになって、お父さんの役に立つ…って書いてあったよ。

 どこかでまた会えるかな? お父さんと一緒に冒険してる、彼と。

 きっと幸せそうな顔で笑ってるパステルくんを想像して、思わず笑みがこぼれた。

- end -

2013-11-23

「黒の書」7周年企画のオマケ。

企画本文は、このお話をもとにしたゲーム形式で遊べるものでした。


屑深星夜 2008.3.31完成