1.パステル
ハロウィンも終わった11月はじめのこと。
紅葉が少しずつ始まり、秋が感じられるシルバーリーブの町中。散歩がてら、商店街を歩いていたパステルは、手芸屋さんの前で足を止める。店先には、布や糸の他に、たくさんの毛糸が並べられていた。
まだポカポカと暖かい日も多いが、風の強い日にはコートが欲しいと感じはじめる時期。毛糸を使った服が恋しくなる頃である。
「わぁ、きれいな色の毛糸」
パステルは、どうやらその中の1色が気に入ったようで、一玉手に取った。
とてもきれいなグリーン。春に芽を出す新緑にもよく似た色。
柔らかで暖かな感触を確かめていたそのとき、彼女の頭の中で何かがはじけた。
「あ、そうだ! いいこと考えた!」
何度かうなずきながら、そのうす緑色の毛糸を数個持ち、ニコニコ笑顔で会計を済ます。
「ありがとうございました」
店員さんから毛糸の入った紙袋をもらったパステルは、ウキウキとみすず旅館へ向かって歩いて行ったのだった。
クリスマスは、まだしばらく先のこと。
2.ルーミィ
クリスマスを丁度1ヶ月後に控えた11月25日。
その日、ルーミィは、パステルの部屋で白い紙と格闘していた。
クレヨンを持ち、真剣な表情で紙と向かい合って…どれくらいたっただろうか。床に散らばったクレヨンの中から赤い色を選んだルーミィは、その紙の一番上に、大きな字で『さんたさんへ』と書く。最後の文字を書き終え、ふぅ、と小さく息をついた彼女を見て、パステルが近づいた。
「ルーミィ、できた?」
「だめ! ぱーるぅはみちゃだめなんだおう!」
身体全体で紙を隠すルーミィ。
「ごめんごめん、見ないから大丈夫よ」
よほど自分には見て欲しくないのだ、と思ったパステルはそう言うとルーミィから少し離れ、ブルーの封筒を彼女に見せた。
「できたらこの封筒に入る大きさに折ってね」
「わかったお」
自分のそばに封筒を置いてパステルが机に戻るのを確認すると、やっとルーミィは紙から離れた。
「ルーミィしゃん、できたんデシね」
「できたお、しおちゃん」
パステルとは違い、シロには隠すことなく紙を見せた。2人はしばらくだまってそれを見ていたが、互いの顔を見てにこりと笑いあう。
「しっかり封筒に入れるデシ」
「うん!」
ルーミィの小さな手によって何度か折りたたまれた紙は、ブルーの封筒の中にしっかりとおさまった。
「サンタさんにちゃんと届くデシかね?」
「どどくお! ぜったいプレゼントもってきてくれるお!」
「そうデシね!」
彼らは、その封筒をパステルに渡すと、元気よく外へ遊びに出かけたのだった。
クリスマスは、もう少し先のこと。
3.シロ
「パステルおねーしゃん」
「なぁに? シロちゃん」
「『ホワイトクリスマス』って何デシか?」
くりくりとした黒い瞳をパステルに向け、シロがそう聞いたのは、もうあと数日で12月になろうかという日。どうやら、ルーミィと外に遊びに出かけたときにその単語を聞いたようだった。
「パステルおねーしゃんくらいの年の女の人たちが、今年はホワイトクリスマスだといいなって言ってたんデシ」
パステルは、それを聞きながらシロちゃんを自分の膝の上に抱えた。
「ホワイトクリスマスって言うのは、雪が降ったクリスマスことかなぁ」
「雪デシか?」
「そうよ。まわりの景色が白い雪で覆われた中でのクリスマスって、とっても幻想的できれいなの」
その言葉を聞いたシロは、シルバーリーブが雪で覆われた姿を思い浮かべる。
「……とっても歩きにくそうデシ」
雪に埋まる自分を想像したのだろうか。少し嫌な顔をしたシロを見て、パステルが笑う。
「あはは! シロちゃんにとってはそうかもね。でも、12月になるとシルバーリーブもクリスマスのイルミネーションがはじまるし、そんな中で雪が降ってたらとってもきれいよ」
「パステルおねーしゃんも、ホワイトクリスマスになって欲しいデシか?」
自分を見上げるシロに、パステルは少し悩んだ後に口を開く。
「そうね。そうだったらうれしいかな」
「じゃあ、僕もホワイトクリスマスがいいデシ」
ニコリ笑った彼は、ポンと床に飛び降りる。
「パステルおねーしゃん、ありがとさんデシ!」
そしてこう言うと、パステルの部屋から出て行った。
クリスマスは、もう少し先のこと。
4.クレイ
12月1日。
シルバーリーブの広場で、たくさんの男たちが集まっていた。
表通りにある木々は、ほとんど葉を落としているにもかかわらず、広場には、まだ緑の葉の残った大きな木が1本あった。
「クレイさん、もうちょっと右によろしく!」
「み、右ですか? わかりました」
その木に立てかけられた、いくつかの長いはしごにの1つ登っていたのはクレイだ。手にはいくつかのベルや、赤いリボン、金色に光る丸い飾りがかかっている。もちろん、他の男の人も同じように飾りを持っていたり、電飾を持っている人もいた。
今、シルバーリーブでは、クリスマスの飾り付けが行われているのだ。毎年12月初めに行っているこの作業によって、町中がクリスマス一色に染まる。
クレイはこうやってツリーの飾り付けをしているが、トラップやノル、キットンは表通りの木々に電飾を飾っている。
「次はどの辺につけますか?」
「もう少し下…」
「ここですか?」
「いや、もう少し左で……」
もう、いくつ飾りを木に結んだだろうか。数え切れないくらい持っていた飾りも残すところ後少し。クレイは下にいる人たちの指示を聞きながら、飾り付けを続けた。
「よしっ、完成だ!」
男たちは、互いの肩を叩きながら、今日の作業によって生まれた町を見回した。日が暮れた後だったが、イルミネーションの灯りでキラキラと光っていた。
クレイは、赤や青、白い光を受けて、自らが飾り付けしたツリーがピカピカしているのをじっと見ていた。
クリスマスまで、あと少し。
5.ノル
「ノルー! メルから小包が届いたよ〜」
パステルは、ノルの大きな手の上に持ってきた小包を置いた。
「メルから?」
「そうよ。早く開けてみたら?」
「あぁ」
ノルはうなずくとガサガサと包みを開けはじめた。
メルから小包が届いたのは、12月18日、クリスマス1週間前のこと。
お昼ご飯を終えた後、クレイとトラップはバイトに行き、キットンはいつものように森へ。ルーミィとシロも外へ遊びに出かけていたので、小包を受け取ったのはパステルである。
「わぁ! クリスマスリースね!」
包みの中から出てきたのは、モミの葉っぱで作られたリースだった。赤いリボンとまつぼっくりに彩られ、真ん中に金色のベルがつけられていた。
「手紙だ」
一緒に入っていた封筒を開けたノルは、無言で中身を読んだ。しばらくして手紙をしまいはじめたノルにパステルが聞く。
「なんて書いてあったの?」
「リースを作ったから、送る、って。でも、ヒイラギ、みつからなかったから、あったら、つけて使ってくれ、だって」
「ヒイラギかぁ……キットンならどこに生えてるかわかるかも。帰ってきたら聞こう!」
ノルは静かにうなずいた後、そっとリースに手を添える。そして小さな瞳を細めてそれを見つめていた。
クリスマスは、もうすぐそこ。
6.キットン
クリスマスを1週間後に控えた12月18日。
キットンは相変わらず森の中へ、薬草を探しに来ていた。
「もう冬ですしねぇ…やはり、あまりいいものはありませんでしたね」
ポリポリと頭をかきながら、肩からかけた鞄の中身を見る。昼過ぎから夕方まで歩き回っていたが、見つけたものは数種類の薬草と小さなキノコが2つだった。ふぅとため息をついてそれをしまったキットンは、ゆっくりとシルバーリーブへ向かって歩き出した。
その途中、彼は赤いものを見つけ、足を止めた。
「これは……セイヨウヒイラギじゃないですか」
刺のある濃い緑の葉に、赤い実をつけている植物。その実は太陽や炎のように赤く、緑の刺は、何者をも近づけぬように思えた。
「こんなところにもあったんですねぇ」
言いながら、つるっとした葉を触る。
「あぁ、そういえば、もうすぐクリスマスですか」
キットンは、シルバーリーブもイルミネーションされ、クリスマス一色だったことを思い出した。しばらく考えた後、その枝を少し折った。
「今日はこれで満足しておきましょうかね」
ギャハハ、と笑ったキットンは、それをそっと鞄の中にしまった。
クリスマスは、もうすぐそこ。
7.トラップ
12月23日。
世間はクリスマスイブを次の日に控えて、どこか興奮気味。そんな中、トラップは……いつもと変わらぬ日々を送っていた。
「こいつでおわりっ…と」
ポストに最後の手紙を入れたトラップは大きく伸びをした。
配達のバイトをしているトラップは、クリスマスなど関係なし。今日もたくさんの手紙や小包を届けていた。
バイト先へと帰る道すがらも、みんなクリスマスにわくわくしている様子が見て取れた。
人々だけじゃない。店先も、街中の木々たちも……。
バイトでクリスマスを楽しむ余裕がないのにもかかわらず、それを見ていると、トラップの心も少しずつ高揚してくるのが不思議だ。
「クリスマスか」
ポツリとこぼした言葉は、白い息とともに空へと登っていった。
「トラップ、ご苦労さま」
バイト先に戻ると、雇い主の暖かい笑顔がトラップを迎えた。しばらく今日の仕事の様子を話した後、男はトラップの背をポンと叩いた。
「明日も頼むよ」
クリスマスは、もうすぐ。
- end -
2013-11-23
06'クリスマスもの。
続きの企画本編と繋がっています。
屑深星夜 2005.12.11完成