年賀状

年賀状


「ふあぁぁ〜……」
 あったかいフリースを着てもまだぶるりを震える寒さだったけど、眠気が吹き飛ぶことはなくって。わたしは1つ大きな欠伸をしながら、2階の自分の部屋を出た。
 普段ならもうとっくに学校に行ってる時間なんだけど、こんなにのんびりしてるのは冬休み真っ最中ってだけじゃないの。

 だって、今日はお正月。新しい年の初めの日だもん。

 昨日、日付が変わるちょっと前に家を出て、近くの神社でマリーナたちと待ち合わせて初詣してたんだよね。結構混んでたし、終わってからもしばらくおしゃべりもしてたから…帰宅したのが2時近かったかなぁ。
 それからベッドに入って寝たんだから、欠伸が出ちゃっても仕方がないでしょ? 眠い目を擦りながら1階のリビングダイニングに入ると、ジョシュアがすぐ隣のキッチンから顔を出した。
「おはようございます。パステルお嬢さん」


 彼は、弁護士をしていたおとうさんの事務所で働いていた人なの。といっても、わたしの家族も同然で、10年前からこの家で暮らしてるんだけどね。
 きっかけは、ジョシュアの唯一の家族であるおとうさんを、わたしのおとうさんが助けたこと。それから家族ぐるみの付き合いをするようになって…丁度10年前に彼のおとうさんが亡くなってから、この家で一緒に暮らすようになったんだ。
 3年前に司法試験に合格してからは、おとうさんの下で新米弁護士として一生懸命仕事してた。
 本当は弁護士になったらうちから出て行こうって思ってたみたいなんだけどね、いくらおとうさんの事務所とはいえ、仕事に慣れるまでは1人暮らしって大変でしょ? 最低でも1、2年はまだ家にいなさいっておとうさんたちに説得されちゃったんだって。

 結局……うちから出て行くことができなくなっちゃったんだけどね。

 突然の事故でおとうさんとおかあさんが死んじゃってから、もう2年。わたしのことを心配して、家に残ってくれたジョシュアと2人暮らしをはじめて…2年。

 寂しくないって言ったら嘘になる。でも、高校に入って新しい友だちができて、やっと前を向いて歩けるようになった気がするんだ。


「おはよう」
 にこりと笑って答えながら、朝食の準備をしてくれてる彼の隣に行ってペコリと頭を下げた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」
 すると、洗い物をしていた手を止めたジョシュアがこっちを向いて、
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
と、お辞儀し返してくれた。
「もう少しでお雑煮できますから」
「うん。あ、わたし年賀状来てないか見てくるね」
 頷きながらそう言ったわたしは、部屋を出て急ぎ足で玄関に歩いて行った。


「うぅ〜…さむーい!」
 ビュウビュウ吹いてる北風に首を縮めながらポストを確認すると、年賀状の束が入ってた。それを見たら、寒いのも忘れて誰から来てるか確かめたくなっちゃったんだよね。
 わたしは、束ねてあった輪ゴムを外してペラペラと確認しはじめた。仕事柄ジョシュアの分がほとんどなんだけど、時々わたし宛のを見つけると嬉しくなっちゃう。
 そんな時、キキッっと音を立てて何かが家の前で止まった。顔を上げて見たら、門の外には6時間ほど前に別れた相手が立ってたの。
「よっ!」
 初詣のときと同じあったかそうなダウンジャケットを着たトラップは、ニヤッと笑いながら右手を挙げる。
「どうしたの? トラップ」
「おう。初詣のときに渡しときゃよかったんだけどよ、持ってくんの忘れちまってさ」
「え、何を?」
 ゴソゴソとバックから出したものを差し出されて見たら、それは年賀状だった。
「できたの昨日だったからな。今更出しても元旦には届かねぇから、そんなら直接渡せばいっかと思ってな」
 スッと差し出されたそれを、反射的に受け取ったわたしはぶっきらぼうな字で書かれた表書きに目を落とす。
「んじゃ、また学校でな!」
「え?」
 別れの言葉に慌てて顔を上げたけど、動きの素早いトラップの背中はもう何メートルも先に行っちゃってた。

 またね、くらい言わせてくれてもいいのに…もうっ。

 なーんて思いながら、もらった年賀状を裏返してみて目をパチクリさせちゃった。だって…


『今年はおれの年だ! 敬いやがれ!!』


って、昨日急いで書いたんだろうなってわかるような、豪快でちょっと雑な筆文字でそう書いてあったんだもん。
 最初はなんのことか全然わかんなかったんだけど、気づいたらもうどうしようもなくって。
「あはっ……あははははははっ!!!」
 お腹を抱えて笑っちゃった!
「もぉ〜…誰が敬うもんですかっ」
 ちょっと笑いがおさまったところでそう言ったわたしは、トラップの去った方を眺める。もう後姿すら見えないけど、その耳に届いたらいいなと思いながら心の中で告げる。


 今年もよろしくね! トラ…さん♪


 新年の初笑いをもたらした好きな人からの便りに、わたしはニコリと微笑んだ。 

- end -

2013-11-23

10'年賀もの。

そう言えば、年賀もので「年賀状」って書いてなかったなと思って、学園版で…。


屑深星夜 2009.12.31完成