トラン湖に浮かぶ古城の大広間で、ティル・マクドールは仲間から報告を受けていた。
つい先日の豪雨で決壊した堤についてだ。応急処置で直しはしたが、まだまだ雨の多い季節。いつ何時同じことが起こるかわからないのが自然の怖いところ…。
多くの田や畑、人家にも被害が及んでいることもあり、早急な対応を行うために現地に調査に行かせていたものが戻ったのだ。
そこに住む人が今、一体何を必要としているのか。どんなことを解放軍に望んでいるのか。それを見極めた上での自分たちの対応を決定しているのだ。
「わかりました。では、それでお願いします」
「はっ」
一礼して1人の男が去ると、ティルは静かに目を閉じるとふぅ…と息を吐く。
そして、スッと瞼を上げた。
「…!!」
半歩後ろに控えていたクレオは、その瞳が湛える気配にギクリとした。
射抜くような鋭い視線。光を帯びつつも、暗く澱んだような色。大人びた…雰囲気。
真っ直ぐに見据えるその姿勢は変わらないのに、見慣れていたはずのあどけない少年とはあまりに違いすぎて。己が守り従ってきたティルがいなくなってしまうような錯覚に駆られたクレオは、思わず主の腕をグッと掴んでいた。
「? クレオ? どうしたの、急に」
顔を上げて己を見る少年は、いつもと変わらぬ主で。首を傾げて不思議そうにしている姿にハッとした彼女は、
「い、いえ…何でもありません。申し訳ありません」
掴んでいた手を急いで外し首を振った。
「…変なの。大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
クレオは、覗き込んで来たティルにぎこちない笑みを返した。
その様子に困ったような表情を見せた彼だったが、それについてはもう何も言わず。
「じゃ、行こっか。みんな石版前で待ってるから」
「はい」
己の言葉に頷いたクレオにニコリと微笑むと、再び前を向いて歩き出した。
その瞳は、馴染んだものにも近く。そして…先ほど垣間見たものとも近い。その変化は、この短い間に彼の身に起きた様々な出来事がもたらしたもので。
成長を嬉しく思う気持ちと、できるならば昔のまま…そのままのティルでいさせてやりたかったと思う気持ちがぶつかり合うクレオの顔は、僅かに悲しみに歪んでいた。
- end -
2013-11-23
九月麻人様のサイト「Nine Moon」で行われた、年越し絵茶に参加しつつ書いた作品です。
坊ちゃんのイラスト満載だったので、坊ちゃんのお話で。
昔の純粋な坊ちゃんがいなくなっちゃうかも!
と焦るクレオさんが書きたかっただけです。
屑深星夜 2011.1.1完成