天の頂に浮かぶ満月の光すら届かない、闇に包まれた森の中。サワサワとやわらかな風に揺れる木々の音が、どこか恐ろしく感じる。
ホー…ホー…
夜を生きる生き物たちの微かな気配を感じる中、1人の少年が立っていた。
いつからそこにいたのか分からないほど、空気に溶け込んだ彼は、ジッと足元を見つめている。
そこには、両手で抱えられるほどの大きさの岩が静かに横たわっていた。
岩に添えられるように、小さな野の花が数本置かれている。まるで何かに捧げるようなそれは、風に揺れながら岩肌を撫る。
同じく風になびく少年のバンダナは、闇の中にいるからだけではない、どこか影を感じさせる背を撫でていた。
彼は、揺れる花を瞳に映しながらも、ここではないどこか遠くを見ていた。
掻き回したくなるような薄い色素の髪。
影を帯びた…それでいて、真っ直ぐに向けられる瞳。
自分と変わらない外見なのに、ふと見せる大人っぽい横顔。
幾度も幾度も笑い合った、声。
そして ――― 最後の、言葉。
浮かんでは消える記憶にキュ…と唇を噛む。そして、記憶の中の人物から受け継いだ紋章の宿る右手を、左手で力強く握る。
決して戻ることのできない、過去の風景。
決して再び手にすることのできない、その温もり。
わかっていても、少年は思い出すことをやめなかった。
―― ここにいるときだけ、君のことを考えるよ。
それは、かつて己が決めたこと。弱い自分に捕らわれないために、誓ったこと。
だから、今だけは溢れんばかりの過去に思いを馳せるのだ。
どれくらい経ったか。少なくとも、真上にいたはずの月が随分傾くくらいは時が流れている。
少年は、瞬きする以外閉じることのなかった瞳を目蓋で覆うと、大きく息を吸う。ゆっくりゆっくりそれを吐き出し…再び目を開けたときには、意思を感じられる鋭い光を湛えた色が瞳を支配していた。
すぐに岩に背を向け足を踏み出した少年の気配に、森の生き物たちがざわめく。風と共に森じゅうに広がったそれを耳に感じながら空を見上げると、木々で隠れていたはずの満月が自分を見下ろしていた。
眩しさに目を細めながらも歩みを止めない彼は、岩が見えなくなる寸前にちら、と振り返る。
月の光に照らされたその姿は、哀しいほどに美しかった。
- end -
2013-12-8
某方の絵茶にて補給した萌えから生まれた作品です。
素敵親友たちに囲まれつつ、その中にあった九月麻人様の坊ちゃんにアテレコさせていただきました。
どうもありがとうございました!
屑深星夜 2009.5.15完成