今日は朝から、デュナンの城が慌ただしかった。
「リオウを探せっ!!」
軍主であるリオウが城出するのはいつものことだが、起こしに行ったときに既にベッドにいなかったのは初めてのこと。いつも冷静な命令を下す軍師の声にも、心なしか焦りがあるように思える。
バタバタと騒がしい足音が城内に広がって行くのを聞きながら、ルックはため息を吐いた。
主不在の軍主の部屋を横目に屋上へに出れば、湖を渡る風が頬を撫でる。いつもそこにいるはずのフェザーの姿はなく、それを鑑みれば軍主は既に城の外。
そこは軍師も気づいているのだろう。城門から馬を駆る兵が何名か出て行くのが小さく見えた。
「…馬じゃ見つからないと思うけど?」
ボソリ、呟いた声が階下にいる者に伝わるはずもなく。持っていた杖の先で石造りの床を叩くと、ルックはフワリと姿を消した。
額に金冠。身を包む朱と黄。
渦中の人物は、崖に腰掛けてゴウゴウと音を立てる滝を見下ろしていた。その顔に、陽の光のようないつもの笑顔はなく、なんの感情も読み取れない黒い瞳は瞬きを繰り返すだけでどこを見てもいないようだった。
「…何で“ここ”なの?」
小さく見える背中に声がかかると肩が大きく震え、一瞬の間の後、微笑みを浮かべた顔が振り返った。
「ルックが1番か〜…ここなら誰も知らないと思ったのになぁ!」
「誰も、じゃないよね? そうじゃなきゃここを選ばないでしょ」
言いながら彼が触れるのは、傷跡のついた大きな岩だった。それにぐ、と喉を詰まらせたようになったリオウは、再び滝を見下ろし肩を落とす。
その背中にルックは、聞こえるほど大きく息を吐いた。
「キャロに…行かないの?」
「……行かない」
行きたい、と聞こえるその声は否定を返すから理由を問えば。
「全部終わるまで…行っちゃだめだろ?」
彼からの答えは、隠されている事実を全て理解してのものだとわかった。
「懸命な判断だね」
ルックは砂利を踏む音を立てて少年の隣に立つとポンと肩を叩く。
「でも、“彼”になら会ってもいいと思うよ?」
「え…?」
リオウが顔を上げた瞬間、ルックの姿が宙に溶ける。開けた視界の先に見えたのは……会いたいと願っていた幼馴染の姿だった。
「な、んで…ジョウイが…?」
「彼について来てって言われたからね」
「それだけ、で…?」
呟いたとうに、普通それだけで来るはずはない。
幼馴染であり、かけがえのない友ではあるが、彼とは現在、敵同士。互いが信じるもののために、同じようでいて別の道を歩いている最中だ。そんなときにルック言われたからといってノコノコと来るほど、ジョウイも暇ではない。
それなのになぜ…と疑問に思ってもおかしくはない。
ジョウイは、その問いに目を細める。
「…君が笑ってない…って聞いて」
僅かに黒い瞳が見開かれ、ハハッと乾いた笑いが零れ出す。
「何、それ。笑ってるじゃん、ほ、ら……」
昔と変わらず、優しい微笑みを浮かべるジョウイの目の前で、ポロポロと頬を伝う涙の雫。何も言わずにしゃがみこんだ少年は、友の身体を両腕で抱きしめた。
瞬間、喉の奥から搾り出されたかのような声が辺りを裂いた。
瀑布の音に負けないほどのそれは、しばらく途切れることはなかった。
「や」
右手を上げる飄々とした姿に、広間の鏡の横で腕組みしていたルックは肩を竦める。
「…少しは笑えるようになったみたいだね」
「えー? どこが? この泣きはらした目を見てよ。恥ずかしいったらないじゃん?」
「それくらいあった方が、あの鬼軍師も安心するんじゃない?」
「あ、そっか!! そうすればぼくをもっと楽させてくれるかも!」
「…残念。それは無理だね」
「え?」
ニヤリ、とした口元にリオウが首を傾げたそのとき。
「…ご無事のようで安心しました、リオウ殿」
氷のように冷えた空気が、彼の背中をゾクリとさせる。
「あ、あー…うん。無事じゃ…ない、かも?」
「瞼以外は異常のないその身体で何を言いますか」
笑っている。笑ってはいる…が、男の背後にあるのは黒い影。
文官のくせにどこにそんな力があるのか、と思えるほど強い力でリオウの腕を掴んだ、と思ったらズルズルとその身体を引っ張ってゆく。
「たぁーすけてぇー!!! ルック!!!」
「無理」
「そこを何とか!! これ、絶対殺される!! 机に突っ伏してダイイングメッセージ遺しちゃうって!!!」
「遺せば? 骨くらい拾ってあげるよ」
「うわぁぁぁ―――ーん!!! 冷たい! 冷たいよルック!!!」
どんどんと小さくなる姿を見送った少年の顔には、うっすらと微笑みが乗っていた。
- end -
2013-11-23
九月麻人様のサイト「Nine Moon」の幻水絵茶にお邪魔しつつ書かせていただいた作品。
どんなの読みたいですか…? と聞いてみたところ、
『いつも元気にしてる2主が実はちょっとお疲れモードだっていうことをいち早く気づいたルックの話とか』
とか…
『ジョウ主』
という声がありましたので、それらしい雰囲気を醸し出した結果になります〜。
こっそりと、2発売記念日おめでとうの気持ちも込めて。
屑深星夜 2012.12.17完成