―― 炎の英雄の名を継いだお前に誓おう。
―― お前自身の盾とならんことを。
炎の英雄になったオレに向けられた、同じく真の五行の紋章の中の1つ、真の雷の紋章に選ばれたゲドの言葉は、とても心強いものだった。ハルモニアの傭兵だっていう事実もあったけど、カラヤのみんなを…グラスランドに暮らすたくさんの人の命を守るために、得体の知れない大きな力を手に入れてしまったオレにとって…同じ紋章持ちにそう言われることは、安堵を与えてくれた。
今思えば、それも錯覚だったのかもしれない。
真の火の紋章が持つ過去の記憶には、友と呼ぶ同志、仲間の姿。互いに信じあい、同じ目的のために力を合わせた事実。
それはあまりにも鮮明で、自分自身が経験してきたかのような…不思議な感覚にみまわれる。決してオレの記憶じゃないのに…。
実際のオレは、カラヤ族長の息子ってだけで、まだ戦の経験も少ない甘ったれたガキ。戦の知識もないから、大人の助けがなきゃ何もできない。
ゼクセンの鉄頭たちと休戦協定を結んだ後、これからのことを話してるときにそのことに気づいた。
自分にあるのは、ただ、カラヤのみんなを…グラスランドを守りたいって思いだけ。それだけで、炎の英雄になった。
みんなにとって…英雄はグラスランドを守るために必要な存在だ。でも、“ヒューゴ”が英雄である必要はないんじゃないか? 実力の伴わないオレがなるよりも、ゲドや…クリスがなった方が確実に勝てるんじゃないのか?
自分のあまりの無力さを思い知って……オレは一気に自信がなくなった。
そんなときだ。クリスに呼び出されて、ジンバが持ってた真の水の紋章を継承したことを知らされたのは。
そして、ありえないことを言うんだ。
―― この身をもって炎の英雄の盾とならんことを。
カラヤを燃やし…ルルを殺したこいつに、なんでそんなこと言われなきゃならないんだ!? それも、オレよりも強いやつに!
オレは、カッとしてクリスの話をよく聞かずに、カラヤのみんながいるところに駆け戻った。
どうしてみんなオレの手助けをしてくれるんだ? グラスランド人ならわかるよ。オレは炎の英雄の名を受け継いだんだし、何よりグラスランドを守るための戦いだ。でも、鉄頭たちやハルモニアの傭兵は関係なくないか?
それなのに、ゲドもクリスも…多くを言わずに炎の英雄のために力を貸して…さらに、いざというときには盾になってくれるって言う。オレより戦略に明るくて強い、経験豊富な大人が、だ。
自分は守ってもらえるような人物じゃないのに…。
そんな疑問が渦まく中、ハルモニアとの戦いは続いた。
大空洞の攻防で敵をおさえることができなかったオレたちは、ビュッテヒュッケ城に退却した。
自分に自信の持てないオレは、日に日に見える時間の長くなる紋章の記憶に悩まされ、睡眠時間も減っていた。
寝れば、いつ紋章が暴走するかわからない。起きていても、視界に重なる過去の風景に…気が遠くなる。
耐えられなくなったのは…炎の英雄に期待するからこそ、このところの敗戦で不安な人々に縋られたときだ。
過去の幻影が重なり、まだ訪れてもいない未来をも映す。何もかも亡くなってしまった大地に、ボロボロと崩れ去る自分の身体。
恐怖が身体の芯から震えを起こさせ、オレは自分で自分を抱きしめる。
心配して声をかけてくれた仲間の姿にも幻が重なり、塵となって消えていく。
これが…これが、現実でなんかあるはずない!
そうわかっていても、完全に否定することができなくて、消えない夢は…オレを逃げ出させた。
周囲のもの全てが恐ろしく感じて、その場に留まることなんてできなかったんだ。でも、どこに行っても逃げられるはずはなかった……。
紋章はオレの精神力がなくなってるのに気づいてたんだろうな。ここぞとばかりに暴走しようと、勝手に発動しはじめる。
それに気づいたときにはもう遅い。
弱ったオレには、その力を最小限にとどめることしかできなかった。
「どうした、ヒューゴ。何があった?」
かけられた声に顔を上げると、オレの盾になると言った真の雷の紋章の主 ―― ゲドがいた。
彼の片方しかない暗い色の瞳に、自分の姿が映ってる。それを見てはじめて、自分が泣いてることに気がついた。
「…やっぱり、ダメだ……オレには、無理だよ」
「ヒューゴ」
「寝ても覚めても今じゃない風景が映って……何にもないんだよ? 青い空も、緑の大地も、みんなの姿も……」
無力さに諦めの笑みも浮かんだけど、思い出すうちに顔が歪んで……へたり込んだまま、ドンッと床を叩いた。
「………オレには何にもできない……何にもできないんだっ!!」
「落ち着けヒューゴ!」
何度も何度も殴り続けるオレの手を取ったゲドが言う。
「お前はまだ何もしていないだけで、できないわけではない」
「できないよっ!!」
力任せに手を振り払ったオレは、全てを否定するように左右に首を振った。
「頑張ってもグラスランドを守るどころか、負けてばっかりで……やっぱり、オレには炎の英雄は無理だったんだ……」
パアァンッ!!
一瞬、何が起こったのかわからなかった。でもすぐ後に、すごい衝撃が左頬を襲ったことに気づく。
ゲドにはたかれたんだ。
ジンジンして熱いそこが、少しだけオレの頭をクリアにしてくれた。そのおかげで広がった視界の中に見えたのは、クリスやシーザー、母さんたち族長…トーマスたち。幻に覆われることなく、ただ心配そうな彼らの顔を見て、自分がホッとしたのに気づいた。
「一度頭を冷やせ。休まねば見えるものも見えてこない」
立ち上がりながら冷たく言われた言葉に、確かにそうだと納得しながらも、オレは聞かずにはいられなかった。
「……なんで、なんで手伝ってくれるんだ? なんでオレの盾になるって言ったんだ?」
こんな無力なオレに、グラスランド人でもないやつらが力を貸してくれる。自分が相手の立場だったら…っていくら考えても、想像できなかった気持ち。
その問いは、紋章を手にしてからずっと気になってたことだった。
オレの視線を受けたゲドは、小さく息をついた後、口を開いた。
「グラスランドを守ろうと思うその気持ちだけで運命に立ち向かおうとする者を、助けたいと思うのは自然じゃないのか?」
その言葉が胸に落ちる前に、視線をもうひとりの紋章持ちに向ける。突然自分に視線を向けられて少しだけ目を開いたクリスは、静かにこう言う。
「グラスランドがなくなればゼクセンだって危うい。進んで“炎の運び手”の長になった者を守りたいと思うのは…不思議じゃないだろう?」
2人の言葉は、決してオレを否定するものじゃなくて……さっきまでと違う涙が頬をつたっていた。
「“炎の英雄”がオレでも…いいの?」
「ヒューゴだから“炎の英雄”になれたんじゃないのか?」
「グラスランドを守ろうという気持ちの強さ…それがきっと、あいつのめがねにかなったんだろう」
クスッと笑い合うクリスとゲドの顔が、記憶の中のゲドとジンバの顔にすり替わる。
表面的には錯覚かもしれない。でも、目の前の光景は紛れもなく本物で。
そして、それを見ているのは、オレ…なんだ。
「オレ…だから?」
「あぁ」
向けられた優しい顔に、肩の力が抜ける。
「……よか…っ……」
そうしたら、視界が白く霞んで…オレは、深い眠りに落ちていた。
今のオレは、やっぱり“盾”にあたう器じゃないだろう。でも、“オレ”でいいんだってわかったから。
もう、負けたりしない。
グラスランドを…守る。その目標のために、オレはやる。
真の火の紋章を継いだ瞬間から、逃げることはできないんだ。逃げられないなら、こいつと一緒に生きていくしかない。
不安がないって言ったら嘘になる。けど、オレにはできる。
だって、オレはひとりじゃない。同じ苦しみを分かち合える仲間がいる。オレを助けてくれる…人たちがいるから。
まずは、大切な人たちと故郷を失わないために戦う。
“炎の英雄”としてだけじゃない。カラヤのヒューゴとして、みんなを守るために!!
- end -
2013-11-23
幻水3の漫画を読んで滾った結果のお話です。
漫画版のシーンを元に書かせていただいてます。
屑深星夜 2007.11.11完成