吸いこまれそうな、青。
懐かしい…色。
―― あぁ…この空だ……
薄れる意識の最中、見覚えのある青色は俺に過ぎ去りし日を思い起こさせた。
1年ほど前、だったか。
俺は、今よりも幼いシグたちに戦い方を教えていた。
まだまだ力もなく技術も足りないくせに、負けん気だけは人一倍のシグは、毎日のように俺に挑んできた。
あの日も…そうだ。
絶対に勝つ、と鼻息を荒くしたあいつと向き合っていた。
「たあぁぁぁ――――っ!!!」
ガッ!
シグが両手で振り下ろしてきた木刀を、右手で持った己のそれで受け止める。流石に毎日鍛えているだけあって、片手で押し返すことはできない。
成長したもんだな。
内心でそう思いつつ、木刀の先に左手を添えてグイと押してやる。
「うわあっ!!!」
ゴロゴロと後ろに転がったシグを素早く追い、身体を起こしたあいつの首元に切っ先を当てた。
「う……くっ…くそぉ―――!! また負けたっ!!!」
悔しそうに右手に持った刀で地面を叩くシグに、俺は声を上げて笑う。
「ははははっ……今日も俺の勝ちだな」
側で見ていたマリカ、ジェイル、リウが近寄ってくる。
「最初は前よりよかったような気がするけど…」
「…さすがディルクだな」
「アニキに勝つなんて、まだ無理だったんだよ」
3人の言葉を聞いていたシグは、
「ちぇーっ…今日こそはと思ったのになあっ!」
と悔しそうに言うと、ゴロンと大地に寝転んで空を見上げた。
瞬間、目を見開いて驚きの表情になった。
「うわぁ……すげえ…………」
そのまま、一言もしゃべりゃしない。
普段うるさいやつが黙りこくってしまったのを見て、俺たちも上空に目をやった。
そこにあったのは、雲1つない青。吸いこまれそうなほど、澄んだ空……。
まるで、シグのような…色だな。
空を見つめたまま動けない中、俺はそんなことを考えていた。
澱みのない澄みきった心。
隠されることのない素直な言葉。
吸いこまれそうな…笑顔。
人間、壁にぶち当たれば他の道を探したり引き返したりするやつもいる。
けど、シグは違う。とにかく前に進むことしか考えていない。壁にぶち当たれば、それを乗り越える力を得るためにただひたすらに己を鍛え上げる。そして……必ず乗り越えちまう。
そんな風に、諦めを知らず、何事にも全力を尽くすあいつは…剣だけじゃあない。俺が教えている全てにおいて、ここ最近、目覚ましい上達を見せている。
こいつはいつか、俺を超える。
空に導かれてたどり着いた思考に、いつしか俺はうっすらと笑みを浮かべていた。
「シグ」
「ん?」
俺は、視線を動かさないまま語りかける。
「お前はいつか、俺を超える人間になるぞ」
「えぇ?」
「お前がこの空みたいなやつである限り、な」
「……はぁ??」
お前はわかってなかったんだろうが、あの時の俺は間違ってなかった。
今、やっと……それがわかった。
お前は変わらず“お前”であったのに、俺は認められなかった。
星の印という得体の知れないもので“お前”が変わってしまったと思いこんだ。澄み切った“空”は変わらずそこにあったのに、俺の目には澱んで変色して見えたんだ。
なんで、信じてやれなかったんだ。お前は少しも変わってなんかいなかったのに。
……泣くな。
俺は嬉しいんだ。お前が俺を超える人間になったことが。
そんなお前のために、何かしてやれたことが。
―― あぁ…この空だ……
懐かしい…色。
吸いこまれそうな、青。
忘れはしない。
例え、この目が2度と開かずとも。同じ過ちは犯さない。
この青を絶対に忘れない。
俺を超えたお前のことを。
- end -
2013-11-23
「Nine Moon」の九月麻人様が手ブロで描かれていたイラストを見て思わずアテレコし、押し付けてしまったものです。
コメント欄に合った言葉がまた妄想をかきたててくれまして!
素敵イラストをどうもありがとうございました!
屑深星夜 2009.7.22完成