秋の風

秋の風


 日が昇るころに起き出して、冷たい井戸水で顔を洗う。そして、里を照らし始めた太陽の眩しさに目を細めながら、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むんだ。
 その後稽古着に着替え、身体を解してランニング、素振りに型の復習だろ? そして…先祖の墓の前で精神統一。

 俺の朝は大抵こんな感じで始まる。

 そこまでやらないと目が覚めた気にならないんだから、習慣ってのは怖いな。
 朝食を取った後、里の入り口に立つ門柱に背を預けて座っていた俺は苦笑する。
 また里で寝起きするようになって、まだ3日目だ。俺の人生の中で、故郷であるテルベで過ごしてきた時間が一番長いはずなのに、何をして過ごせばいいのかわからないなんて…それほど、あの砦での生活に慣れてしまったのだろうか。時間にしてみれば、1年にも満たないはずなのに…。
 百年の怪物と戦う前は、何をしていた?
 確か……毎朝の日課をこなし、里の者との訓練を行っていたな。
 その後は…そうそう。実践訓練と見回りも兼ねて皆と共に出かけてモンスターを狩り、食材や素材を集めていた。必要があればそれを周辺の町で売りさばき、装備を充実させて里へと戻る。
 怪物が現れるまでにどれだけの準備ができるか。ただただそのことだけを考えて、慌ただしい毎日を送っていたんだった。

 しかし、もう…その必要はないんだな。

 怪物は全て倒し、砦に集まっていた仲間たちも、自分の居場所に帰って行った。最後まで残っていた俺もロルフも、今はこうして故郷に戻っている。

 辛く厳しい日々だったはずなのに、仲間たちの笑い声響くあの場所に帰りたくて仕方がないなんて…な。

 砦へ行っても望むものはないとわかっていても、暇があればそう考えてしまうのだから、どれだけ自分がそうしたいと思っているのかわかるというものだろう?
 すっくと立ち上がり、砦の方へと視線を向けたそのとき。
「ちょいとそこの“英雄”さんよ。暇なら手伝ってくれねぇか?」
 畑仕事に出掛けるのだろう、同い年の男に声をかけられた。
 まだまだ熱い時期。後に控える収穫の季節に備えてやることは山のようにあるらしい。
 これまで村に残る年寄りと女性陣に任せきりだったあれやこれやが、ようやく戻ってきた働き手に次々と引き継がれているようだ。
「手伝って欲しいなら“英雄”はやめろ」
「ははっ! わかったわかった! 頼むよ、トルワド」
「お前の頼みなら喜んで」
 俺は彼を先に行かせると、一旦作業しやすい服装に変えるために一度家に戻った。

 いつか、こんなゆったりとした日々が自分の日常になっていくのだろうか。

 喜ばしいはずなのに、どこか落ち着かず。俺の心には、一足早く秋の風が吹き込んできているようだった。

- end -

2013-11-23

中原様へのお誕生日祝いに書かせていただいたお話です。

「何気ない普通の日のトルワドさん」というリクエストでした。

中原様の1年が素敵なものになりますように〜っ!


屑深星夜 2013.8.7完成