花を贈ろう
白い白い花を
その身に纏う 白よりも
もっともっと美しい
花を贈ろう
悲しみは固く冷たい鎖となって、天へと昇る魂をこの世に縛りつける。それは、死した人間にとっては最も辛いこと。無理やり繋ぎ止められた魂に残されたのは、黒く黒く染まって、生ける者を脅かす存在になるという道だけ…。
ゆえに、どんなに離れがたくとも、もうこの世にはいないという事実を認められなくとも、決して悲しんではいけない。その者が白い衣に身を包んだまま、迷わず天に昇って逝けるよう、同じ真白の衣装を着て、歌と踊りで送り出す。
それが、里に伝わる葬送の儀式。
耳を塞ぎたくなるような、激しい慟哭。喉を引き攣らせながらも叫ばずにはいられない、それ程の悲しみを周囲にも撒き散らすのは、ひとりの少年。
彼が抱き締めて離さないのは、白い布に包まれた母の剣である。綺麗に磨かれた鞘に収まっているその刀身はボロボロで、テルベに戻って来た時には血にまみれていた。
「泣くな…っ! シグニイを白き衣に包んだまま逝かせてやれ…っ」
そう頭領に言われても、まだ母の温もりの恋しい年齢だ。少年の涙は止まることなく、母の形見を覆う白布を重く重く濡らしていた。
嘘だと思いたかった。夢に違いない、と笑い飛ばせたらどんなによかったか。
しかし、それが紛れもない真実ならば、そんなことをして一番傷つくのは、彼女の息子である少年である。友であり、弟のようでもある彼をこれ以上悲しませたくない少女は、零れそうになる涙を袖口で拭うと、一目散に駆け出した。
***
「母さ〜ん!」
収穫した野菜を入れた籠を抱えて歩く後姿に声をかけ、振り向いて立ち止まったシグニイに駆け寄る子どもたち。抱きついてくるかと思われた彼らはその直前でピタリと止まると、期待に満ちた微笑みで互いを見合っている。ただ呼んだだけではなく何か用があるのだろうと判断したシグニイが「どうしたの?」と急かすことなく笑顔で問うと、1番年上であるミュラが後ろ手に隠していたものを差し出した。
「これあげる」
それは、野に咲く真っ白な花で編まれた花冠。
「オレが作ったんだぞ!」
自慢げな瞳の先で一瞬目を見開いたシグニイは、何事もなかったかのように笑みを作る。
「ありがとう」
「母さん……?」
子どもというものは聡いもの。僅かな動揺に気づいた3人は、不安げな表情でシグニイを見上げる。
「シグニイさん……この花、好きじゃなかった?」
己の失態に苦笑したシグニイは、持っていた籠を地面に下ろして空けた手で子どもたちの頭を撫でながら視線を合わせる。
「いいえ、大好きよ。わたしの一番好きなお花。……お父さんがね、初めてプレゼントしてくれたのがこの花なのよ」
その表情は、彼女の言葉に嘘はないと子どもたちに思わせる柔らかな笑顔。
ほっと胸を撫で下ろした彼らに、シグニイは己の頭を指し示す。それに気づいたミュラは、手に持っていた白い冠を彼女の頭にそっと乗せる。
「嬉しいわ」
顔を綻ばせながらギュッと抱きしめてくれた腕の温かさは、今も少年少女の記憶にしっかりと刻まれている。
***
草原に座り込み、辺りに咲き乱れる花々からあの時喜んでくれた白い花を選び取る。細い茎を回してそれらを繋いでいこうとするも、ブチリと折ってしまったり、まとめ損なってバラバラと地面に散らしたり……。
細かい作業の苦手なミュラのこと。いつもならば早々に投げ出してしまうはずなのに、その背中は決して諦めようとはしなかった。
「綺麗なの…作んなきゃ……っ、シグニイさんにあげるんだから…っ」
ポタ…と流れ落ちる雫に濡れた手が作り出すものは、くしゃくしゃでとても美しいとは言えない。それでも最後までやり遂げようとする姉を滲む視界の中で見ていた弟は、強く強く目を閉じた後、大股でそちらに近づいて彼女の手の中のものを取り上げた。
「な、んだよ、ジーノ! 邪魔するなっ!!」
「邪魔なんてしねぇよっ!!」
叫んだ彼は姉の隣にドッカと腰を下ろして、手近にあるその花を摘むと続きを編み始めた。
「姉貴、花」
「……え?」
「花!」
「わ、わかった!」
呆気に取られていたミュラだったが、ジーノの意図を理解するとコクリと頷いて立ち上がった。
未だ、慟哭の響く家の中。立ち込める悲しみを引き裂くように足音を立てて外から戻ったのは、ミュラとジーノ。
「もう泣くなっ!」
蹲る身体を無理矢理に引き上げられ、涙でくしゃくしゃの顔が露になる。頬を濡らして止まない雫を手の甲で拭ってやったミュラは、彼の目の前に白い花冠を差し出す。
「一緒に花を贈ろう。シグニイさん大好きな花を……」
「あ、これオレが作ったんだからな。姉貴不器用過ぎだからさ」
「ジーノ! お前一言多いんだよ!」
「言っとかないと自分の手柄にするからだろ?」
「う、うるさい黙れバカ弟!」
少年は、いつも通りのやり取りを始める2人の目が赤いことに気づく。
彼らも悲しくないわけがないのだ。それでも涙を花に変え、母に贈ろうと言ってくれる優しい優しい姉弟に、再び涙が溢れ出す。しかし、必死に嗚咽を飲み込んで泣き叫ぶことだけは堪えた少年は、己を見つめる4つの瞳に力強く頷いた。
花を贈ろう
白い白い花を
その身に纏う 白よりも
もっともっと美しい
花を贈ろう
花を贈ろう
白い白い花を
その身を思う 悲しみも
涙も全て花に変え
あなたを送ろう
踊ろう歌おう 輪になって
光照らして 笑い合おう
踊ろう歌おう 輪になって
再び会える その日まで
真白の衣装に身を包み、踊り歌う人々の姿。白き花と光る雫を道々に散らしながら、それでも仲間を送る笑い声は絶えることがなかった。
- end -
2013-11-23
【紡時/花冠】
しゃがみこんで花と格闘している少女。
その背を見ていた弟の目からは涙が溢れていた。
「きれいなの…作んなきゃ…っ、シグニイさんにあげるんだから…っ」
ポタポタと滴に濡れる花輪はくしゃくしゃで、とても美しいとは言えない。
「手伝う…っ!」
最高の花で送るために。
2013.8.6に呟きで上げた、上記の「1日1SS」から生まれた産物です。
……書き足りなかったんです。ホント、書き足りなかったんです!!
真面目に書くために、葬送の儀を捏造してしまいました。
喪服は黒ではなく白だったらいいな、と思い、白色を特別に扱ってみたわけです。
みんな白いもので埋め尽くし、宴会開いて、踊って歌って……そうして亡き人を送っているといいな。
そ、そんな妄想を詰め込んでみましたぁぁ!!
屑深星夜 2013.8.7完成