「上手くいけば、怪物たちの数をかなり減らせると思う」
ロルフがその成功率の低い賭けを口に出したのは、ここのところの戦況が思わしくないからであろう。
数日前、新しい魔石の開発が成された。素材の質が重要なため大量生産は難しいが、それを使用すれば普段の倍、威力が強い魔術を放つことが可能。しかも、一定距離内にある同質の魔石を連鎖的に反応させることができ、少数の魔術師でも、広範囲に強力な魔術が使えるというものだ。
ただし、その威力を確かめたのは2度のみ。運良く幾つかのメリットはわかったが、デメリットまで把握できるほど試行できておらず、使う側への負担等、未知数なところが多い。
それでも、次の作戦にその魔石を使用した大規模な罠を仕掛けようと言うのは、怪物たちの増大に人間側の手が明らかに足りていなかったからだ。
日々、討伐・撃退を繰り返しても、減るどころか増える一方。数が少ない頃は、夜は見張りが数人であっても安心して休めていたのだが、今は違う。ほぼ3交代制で昼夜問わず辺りを窺わなくては、休めるものも休めない。
しかし、如何に休息が重要であっても、戦力の分散が、この戦いを厳しくしているのも事実なのだ。大勢で囲むことで確実に仕留めることができていたのに、今は、退けるので精一杯という隊も増えてきた。それでは余計に自分たちの首を絞めるだけ。ただただ焦りを生むばかり。
大量に怪物の数を減らさなければ。
疲れの滲む砦の空気を変えるには、大きな賭けをしなければならないところまで追いつめられていたのだった。
作戦はひとつ。各方面から怪物たちを引き連れ、罠を仕掛けたルシル平原へ集まること。
「第1隊は、俺が預かろう。東方街道から西方へ。湖南の谷でムーイーのいる第2隊と合流する。その後は第2隊が先行。第1隊が後を追う形でルシル平原へ行く」
「拙者は第5隊を承ろう。オロスク山を駆け下り、ラロスの森へ参るでござる」
「それならば第4隊はわしじゃな。エパト橋方面から怪物が逃げぬよう睨みを効かせ、ラロスの森へ入ろう」
「第3隊は俺が引き受ければいいな。4隊5隊に追われて森へ入ってきた奴らを引き付けながら、ルシル平原に抜ける」
第1から第5までの小隊は、できるだけ多くの敵を引き連れてくることが最大の目標だ。1番難しいのは、平原へ出るタイミング。東と西で大きなタイムラグが出ないように狼煙で連絡し合う他に方法はない。
「各隊の連携が大切だからね。連絡は決して怠らないようにしよう」
「あぁ」
「わ、わわ…わかりましたぁーっ!」
「うむ」
「わかった」
「承った」
「……わかってると思うが、敵の数が増えれば危険も増す。十分に気を付けてくれ」
トルワドの忠告にヘイドレクらが頷く。それを確認した藍の瞳は、今回の作戦の要である参謀へと向けられる。
「ルシル平原に出た後は、ロルフ率いる魔術師隊……第6隊に任せる」
全員の視線を受けた彼は、ゆっくりとそれぞれを見まわし、ニコリと微笑む。
「魔術の発動には多少の時間がかかる。平原に来た者から、ポイントを横切りつつ魔術師の防御を頼むよ」
「わかった」
罠を仕掛けるのに2日ほどかけ、その次の日に作戦は決行された。
最初は上手く行っているように思えた。敵を引き付けながらということで、接近・防戦・撤退を繰り返さなければならず、いつもよりも疲労度が高い。それでも、それぞれの隊がきちんと役割をこなし、怪物たちと微妙な距離を保ちながら進んだおかげで、もうすぐで目的地であるルシル平原へ出られるところまでやってきた。
『この調子なら成功するだろう』
そう油断したのがいけなかったのだろうか。敵を追うことにばかり気を配っていたトルワドは、東方街道からやってきた新手に背後を取られ、追っていた怪物の殿と挟み撃ちに合ってしまったのだった。
そんな時に限って問題は重なるもの。次々と上がる狼煙から、第5隊がフェアピーク方面へ抜けてしまった敵を追いかけて行ったこと。第4隊は、第5隊に追われて集まった大量の怪物をルシル平原へ押しやる力が足りず、苦戦中。第3隊が大回りしてその応援へ向かい、第2隊は平原に出る直前で足止めを余儀なくされ防戦中。
他の隊からの助けは期待できない状況。いや、むしろ、作戦遂行のためにはこちらが助けに行くべきほどだ。
このままではせっかくの作戦が無駄に終わる。それくらいならば、ラロスの森側と連携が取れなくとも、せめて第2隊が引き連れている分だけでも罠にかけるべきではないか。それとも、今すぐにこの敵の囲みを抜け出して、第4隊の応援へ行き、当初の予定通り作戦を遂行できるようにするか。
己のすべき行動はなんなのか決めきれないトルワドは、視線を定めることができない。迷いがそれをさせないのだ。
こういう時に的確な指示を与えてくれる友も今は側にいない。ルシル平原でトルワドたちを待っている彼には、彼のやるべきことがあるが故に、頼ることはできないのだ。
迷いは不安を煽り、不安は焦りを呼ぶ。それは、トルワドの剣線を鈍らせて、敵を絶命させることができず、自らを追い詰めていく。気がつけば、右も左も前も後ろも。トルワドが視認できる全ての場所に奴等がいた。
「うわぁああ!!」
敵の薙ぎ払いを受けた仲間が宙を飛び、地面に叩きつけられる。そこに空から急降下した数匹が牙を剥く。助けなければ命が危うい。わかっていても、剣を振る手が一瞬遅れ、仲間の死を覚悟したときだった。
肩越しに飛んできた数本の矢が怪物を射抜き、絶命。別の仲間が倒れた男を助け、何とか命を落とさずに済んだ。
「落ち着け、トルワド!」
バサリ、羽音と共に落ちてきた低い声は、ここにいるはずのないビーアーガのもの。それでも、トンと背に感じた温度は幻でなく。ほっと身体の力を抜いた瞬間にトルワドに襲い掛かってきた怪物の眉間に突き刺さる1本の矢が、彼が紛れもなくここにいることを教えてくれていた。
「剣を構えて前を見ろ! 隙を見せたら殺られるぞ」
「あ…ぁ、すまない」
グッと剣を握り直し、相対する複数の異形たちに視線を向ける。と、こちらの出方を窺うように、怪物の攻撃が止む。
「フェアピークにはバダムハタンだけが向かった。他の第5隊の人間が戻ったおかげで、作戦は順調に進んでいる。それぞれがルシル平原へ抜けた。今頃は罠にかけているところだろう」
「そうか……」
いつの間にそんなことになっていたのか。作戦が無事に遂行しているという連絡にすら気付けないほど、トルワドの視界は狭くなっていたようである。
「お前の所が1番危険だと判断し、何人か連れてきた。さっさと片を付けるぞ」
「あ、あぁ」
歯切れの悪い返答に眉を寄せたビーアーガは、大きくため息を吐く。
「何を迷う? お前はただ前だけを見ていればいい。それが皆の力になる」
「だが……」
「お前ひとりで全てを背負う必要はないのだぞ?」
その人柄に人が集まり、その強さに皆が憧れる。そうして集まった者を纏めるリーダーだとて、同じ人間だ。ひとりで何もかもできるわけがない。
「皆を信じろ。お前の周りにはたくさんの仲間がいるだろう?」
彼の言葉に頷く気配がいくつか。そして、寄せられる複数の温かい視線。
ドゴォォォォォンッ!!!
西から聞こえた作戦の成功を知らせる轟音もまた、トルワドの背を支えてくれたような気がして。男の肩から無駄な力が抜けた。と同時に心に平静が戻り、腕にも力が籠る。
「わかった!」
ずっと相対していた異形に向けられるギラリとした輝き。鋭さの戻った藍色と、剣を構えた彼から立ち上る闘気に、仲間にも自然体が戻って士気が上がる。
「後ろは任せろ」
ビーアーガもまたその影響を受け、内側から沸き上がってくる力を手に、己に狙いを定めている新たな敵に向かって弓を引き絞った。
- end -
2013-11-23
Twitterのタグで皐月奏様からリクエストをいただき、生まれた話。
リクエストは「フェザートライブと誰か」のお話ということ。
フェザートライブはみんな好きなのですが…今回はビーアーガとトルワドを選ばせていただきました。
こちらは、Twitter上で呟いたものでは満足しきれずに加筆修正させていただいたものになります。
屑深星夜 2013.11.17完成