あの日、あの時
ぼくたちの世界は別々の未来を歩み始めた
もう二度と繋がることはないってわかってる
でも、考えずにはいられないんだ
もう一度、会えたなら
伝えたい言葉がある
少しずつ少しずつ大きさを増している港町から歩いて少し。町はもちろん、その向こう側に広がる海と空とが交わる水平線までも見通すことのできる丘の上で、フィル ―― フィレール・アルブレクは、足元にある小さな緑を見つめていた。
それは、忙しい毎日の中で少しずつ遠くなり始めている日々の間、自分と共に旅をしていたもの。その時より2倍…3倍は大きくなっているとはいえ、この苗木を生んだものとは程遠い幼木だ。
もしかしたら。
限りなくゼロに近い可能性にかけて。いや、可能性がゼロであったとしても、あの日々を……出会った人たちを忘れたくはなかったから、枯れずに手元に残った命をここに植えた。
やはり、すぐに大きくなるということはなかったが、フィルはそれでもかまわなかった。
なぜなら、繋がっているような気がしたから。
「フィル。ここにいたのか」
「ミュラ」
振り返れば、少し息を荒げた幼馴染が肩を竦めて立っていた。あれだけ伸ばしていた髪を「邪魔だから」と言う理由でバッサリ切ったミュラだったが、男みたいだとからかわれたベリーショートも、今では肩ほどまで伸びている。
隣に並んだ少女は、先ほどまでフィルが見ていた苗木に目を落とす。
「やっぱり小さいままだな」
「小さいって言っても、ちゃんと成長してるよ?」
「ちょっとずつはな」
それは、1日や2日ではわからないが、1週間、1か月……1年、2年と時が過ぎればわかる成長。
「……あの時とは違うよ」
あの時 ―― あの戦いの間は、ほとんどタイムラグもなく植えればすぐに見上げるような大樹になっていた。
それは、あの閉じられた世界の中だけの奇跡。
遠く、懐かしいものを見るように細められた蒼に声をかけるのを躊躇ったミュラは、一度開きかけた口を閉じる。
その瞳に映るのと同じ風景を見れないのと同じように、幼馴染の少年が何を望んでいるのかミュラにはわからない。しかし、彼女もまた同じ奇跡を体験してきたのだ。脳裏に流れる幾つもの思い出と共に、願うことがある。
いつか。
いつかまた、時代樹と呼ばれたこの樹木の花が見られますように。
そして、少年の心を届けてくれますように。
「……いつか、咲くといいな」
「うん」
一際大きい風によってその細い枝が揺れるまで、動くことのなかった二人は、そう頷き合うと、自分たちが開拓した町へと戻って行ったのだった。
「……ィル!! フィレール!!!」
相変わらずリュセリは早起きだな、と思いながら目を開けた寝台の上。閉じたままになりそうになる瞼を瞬きで誤魔化しながら、無理矢理に身体を起こした時、目に入った己の腕に疑問符を浮かべる。
昨夜はきちんと夜着に着替えて眠ったはずだ。それなのに、いつもの服を着ている。
これは、もしかして夢……?
そう考えながらも、自らは大きな欠伸をしながら、すごい勢いで近づいてくる声の主を見ている。
「リュセリ…、どうした…の……」
「来て!」
グイッと強い力で引っ張られたが、掴まれた感覚のない腕に己の予想が合っていたことを確信したフィルは、そのまま“己”の行動を見守ることにする。
何の説明もなく連れて行かれた先は、小さな苗木の植わる丘の上だった。
昨日見たのと同じ姿を見下ろしながら思い出すのは、力を貸してくれた仲間たちの顔。
『フィル!』
『フィレール!』
己を呼ぶ笑顔に微笑み返したその時、目を開けていられないほどの輝きが辺りに満ち満ちる。
反射的に目を閉じてそれをやり過ごした後、そっと開いた視界には、見覚えのある大きな枝葉と青白く淡い光を放つ花が映っていた。
まさ、か。
恐る恐るその幹に手を伸ばせば、温かな光に包まれた。
立っている場所は、同じ丘の上の時代樹の下と変わりがない。それでも“移動”したことがわかったのは、目の前にいる人物のおかげ。
『トルワドさん! アストリッドさん!』
優しく微笑む二人に、フィルの目尻から涙が零れる。
あぁ、やっと会えた。
やっと、伝えられる。
わななく唇を一生懸命に開いた。
「……ィル!! フィレール!!!」
相変わらずリュセリは早起きだな、と思いながら目を開けた寝台の上。閉じたままになりそうになる瞼を瞬きで誤魔化しながら、無理矢理に身体を起こす。
あ、れ……? これって……。
堪え切れず大きな欠伸をする自分に、すごい勢いで近づいてくる声の主を見て思うこと。
あぁ、予感がする。
やっと……やっと、伝えられるんだ。
『ありがとうございました!』
心からの感謝の言葉を。
- end -
2014-02-17
紡時2周年おめでとうの気持ちを込めて。
時代樹の苗が枯れずに残っていたら…。
別々になった世界ですが、時代樹が同じ場所で根付いた時に、また世界が繋がったら…。
そんな妄想から生まれたお話です。
楽しんでいただけたら幸いです。
屑深星夜 2014.2.10完成