日に日に百年の怪物との戦いが激化し、終わりの見えない日々に噴き出す不安の影。大切な人々を守るため、自らも生き残るために必死になって立ち向かっている時は考えることもないのに、揺れる篝火を眺めてほっと息つく間がある時にこそ広がる闇がある。
『いつになったら戦いは終わるのか』
『本当に勝てるのか』
砦を支配する暗い闇を祓ったのは、砦の長となっている男の言葉だった。
「俺たちは必ず勝てる。大丈夫だ」
「そうそう。100年前だって怪物と戦って、ぼくたち人間が見事勝利をおさめてるわけだしね」
参謀と共に微笑むトルワドの周囲は何故だか他より輝いて見え、人々にほっと息を吐かせる。
「怪物どもも休息を取っている今こそ、拙者たちも宴でも開いて疲れを癒すべきでござる」
「いいね。丁度フェアピークから果実水が届いてるよ」
側にいた者に声をかけ、昨日届いた樽を持ってこさせるように指示を出す背中にかかる声。
「なんじゃ…酒じゃないのか」
「酔っぱらってもらったら流石に困るんだよ」
「仕方ないのう…」
細められた紅い瞳に、ヘイドレクは至極残念そうに呟いた。
「…そうだ。歌だ」
「え?」
「誰か歌える者はいないか? 酒はなくとも宴の雰囲気は味わえるだろう?」
いい案だと誰もが頷くが、生憎音楽家はこの砦にはおらず、我こそはと手を上げる者もいない。しんとしかけた中、静かな声が響く。
「ムーイー」
「は、はいぃ!?」
「お前が歌え」
「え! えぇぇぇぇ! ぼ、ぼくがですかっ!?」
周囲の視線はフェザートライブ2人に集まり、歌えと言われたムーイーは頭を抱えて震え出す。
「む、むむむ無理ですよ! みなさんの前で歌うなんて、ぼくっ!!」
「……歌っていただろう? 皆の前で」
その言葉にピクリと動きを止め辺りを伺えば、ビーアーガだけではない。トルワド、ロルフ、バダムハタン、ヘイドレク…仲間たちの優しげな視線が寄せられている。
「……知ってたんですか…?」
あるときは、数多の星が輝く夜の屋上で。あるときは、日の出前の桟橋で。
あるときは、助けられなかった亡骸の前で。ひっそりと口ずさまれる、鎮魂の歌。
その小さな歌声は風に乗って砦中に運ばれ、眠れぬ夜の子守唄になったり、爽やかな朝を告げる唄になったりしていたのだ。
「歌ってくれ!」
「聴きたいぞ!」
皆が求める声に圧され、動くことのできないムーイーの背を押したのは、いつの間に持っていたのか。ビーアーガが奏でる竪琴の音だった。
それはグーグレウォンに伝わる物語唄。光を追って闇に飛び出すフェザートライブの勇者の歌。
まだ終わりの見えぬ暗く辛い戦いが少しでも早く終わるよう、祈りを込めて。
闇夜に響く光の歌声。
- end -
2013-11-23
皐月奏様へのお誕生日祝いに書かせていただいた作品です。
紡時100年前メンバーでのお話、とのことで……まだ戦い最中のイメージです。
ふと思いついたのが、ムーイーが歌、ビーアーガが楽器弾くというシーンだったので、そこがメインになってしまいました。
皐月様にとって、素敵な1年となりますように〜!
屑深星夜 2013.7.5完成