ボサボサ天パの銀髪頭。その瞳は死んだ魚のようで……力の抜けまくったあの形が逆に印象的な男 ―― 坂田銀時。
俺はなんでこんな奴に惚れたんだ?
真選組副長である土方十四郎は、自分の目の前でショートケーキを嬉々として口に運ぶ男を見つつ、自らに問うた。しかし、どれほど考えても答えは出そうもなく、長い指先で煙草の灰を落としながら紫煙と共にため息をついた。
出会って以降…顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。お互いに負けず嫌いなせいもあってか、他愛もないことに張り合っては言い合いに。それが殴り合いに発展することも少なくはなかった。
それなのに。いつ、どこで、どうやって銀時のことを好きになったのか。土方は、今でもわからなかった。
惚れた今でも、もちろん喧嘩は絶えることがない。そう簡単に減るものなら、最初から喧嘩などしないだろう。目につくことがあっても、大人の対応でかわせば諍いなど起こりはしないのだから。
しかし、見て見ぬ振りもできないほど気になるから口に出す。口に出してしまえばもう後の祭りで…。
ついさっき万事屋にやって来たときにも、仕事が暇だ暇じゃないと、しょうもないことで一戦交えたところだった。
しかし、変わるところは変わるもので。銀時に対する土方の行動が、以前よりも確実に甘くなっていた。
町を歩いていて、銀時の好きなものを見かけると思わず買ってしまう。たとえそれが土方の好みではない“甘味”であっても、躊躇する気持ちが全くないのが不思議だ。
好きになる以前は、視界に入れるのも嫌悪していたはずなのに……。
「なんかさー、多串君、最近おかしくね? ちょっと前まで道端でバッタリ出くわす程度の間柄だったのに、ここんところ3日と開けずに万事屋に来てんじゃん。しかも手土産付き? それも銀さんの大好きな甘いもんばっかりでしょ?」
銀時の言葉に、土方の心臓が大きく跳ねた。しかし、伊達に鬼の副長をやっているわけではない。それを顔に出すことはなく、肺いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。
「最近、俺の好みも知らねぇで差し入れ持ってくる馬鹿がいんだよ。捨てちまうのも勿体ねぇから、貧乏で侘しい生活をしてるだろうてめーのとこに持ってきてやってんじゃねぇか。有難く思えよ……ってか、多串じゃねぇ!!」
「まぁ、銀さんは何でも嬉しいけどさー、本当にそーかなぁ?」
一旦言葉を切った相手は、皿に乗っていたケーキの最後のひとかけらを口の中に放り込む。そして、それを数度咀嚼して飲み込んだ後、刺すもののなくなったフォークでビシッと土方を指した。
「『銀ちゃん銀ちゃん、私見たアルよ! さっきマヨラーが“Fraise”って店でケーキ買ってたアル!!』って、ついさっき定春の散歩に行ってた神楽が言ってたんだよねー」
フォークとは違い、男の濁った瞳は土方を向いてはおらず、テーブルの上に乗ったままになっているケーキの箱へ……。そこにははっきり“Fraise”という店の名前が書かれていた。
「ぐっ……」
今日はたまたまだ、と言おうとするも、もはやそれを口にできるほど冷静ではいられなかった土方は、言葉を詰まらせる。それにニヤリとした銀時は、カチャリと音を立ててフォークを置くと面白そうに口を開く。
「多串君ともあろう人がケーキを買って銀さんところにやって来ちゃうって……これってなんか絶対裏があるよね。それ、教えてくんない?」
普段全く力の入っていない表情の多い銀時の貴重な笑いに、内心ドキリとしてしまう土方だ。例えそれがどんなに不気味な類であっても、反応してしまうのは惚れた者の性だろうか。
裏があるのは本当のことだ。
本来2人は、偶然でもなければ会うことのほとんどない間柄。その上、土方の方が一方的に惚れている。何か理由でも作って無理やりにでも会いに行かなければ、顔を見ることすらできない。好意を寄せる相手に会えないことが、土方には我慢ならなかった。
だからって、てめーが好きだから……なんて言えるわけがねぇだろうがっ!!!!
ガシガシと煙草を捻じり消しながら叫んだ心だったが、銀時に伝わるはずもなく。言えないならば下手な嘘をついても余計こじれるだけ、と考えた土方は口を噤んだ。
向かいに座った想い人は…というと、貸しがあったわけじゃないしー、攘夷志士の居場所が知りたいわけでもないだろうしー……など、甚だ見当違いなことばかり挙げている。そんな銀時に土方がため息を吐こうとした瞬間だ。
「もしかして、なんかヤバい仕事でも頼もうってんの?」
聞いた瞬間、プチンと何かが切れる音がした。
「惚れたやつが傷つくようなヤバい仕事頼みに来るわけねぇだろっ!!」
バンッと、上に乗った皿が音を立てるほどの勢いでテーブルを叩いて立ち上がった土方は、3歩で銀時の真横までやってくると、その胸倉を掴んで目線の高さを同じくする。そして、
「俺はてめーに会いたいから来てんだよっ!!!!」
こう言い放つと同時に銀時の唇に噛みつくようにキスをした。
抵抗する間もなく食いつかれた銀時は、状況を把握できずに未だ目を見開いたまま微動だにしない。土方はその隙を狙って、抵抗の少ない口腔に舌を侵入させた。
「んうっ」
そこでやっと我に返った銀時が両手で隊服に身を包んだ胸を押し返すが、空いた方の手で背をガッチリと捕らえられ、逃れることができない。
「ん……ん、んっ」
何度も何度も執拗に舌を絡められ、思わず銀時の腰が揺れる。その様子に土方の触れあったままの唇が笑むのがわかり、羞恥に顔が染まった。
しかし、ネジが飛んだかのような男の攻撃は止むことなく更に激しくなっていく。
「んんっ……くうん……」
上あごの粘膜をねっとりと舐め、歯列をなぞり…舌先をキュッと吸うと、子犬が鳴くような声が喉から漏れた。抵抗が弱くなったのをいいことに、いつの間にか胸元から移動させていた右手は銀時の首の後ろを撫で、ゾクリとした快感を与える。
「…ん、んー…んあっ」
チュ…と唇が離れると同時に、銀時の膝がカクンと折れた。倒れこまないように腰に添えた左腕でその身体を支えていた土方は、未だ力の入らない男をそっとソファに座らせた。そして、近づいたのと同じ分だけ、今度はゆっくりと離れた。
その動きを追うように銀時が快感に潤んだ瞳を向けると、獣のような鋭い視線に捕えられる。
「絶対てめーも俺に惚れさせてやるからなっ! 覚悟しやがれっ!!」
部屋中に響く大声でそう言い放った土方は、クルリと身体の向きを変えるとすごい勢いで万事屋を出て行った。その様子はまるで負け犬の遠吠えのようであったが、迫力とその眼力の強さだけは野性の狼が獲物に狙いを定めたときと同じであった。
しばし呆然とそれを見送っていた銀時は、思い出したように急に笑い出した。
「あー…まだまだ青いねー、土方くんは。相当な数の女の子たちを慰めて来たんだろうけど、あれくらいのことで本心を言っちまうなんてねー」
そう、腹を抱えて笑い続けてしばらく。ピタッとそれを止めた銀時は……。
「ま、煽っといて腰砕けになってる俺が言えることじゃねぇんだけどな」
ポツリ。小さな小さな声で呟いた。
- end -
2013-11-23
2010.5.6に銀魂の映画を見て、書きたくなった作品の1つ。
色々ややこしい内容を考えていましたが、書いているうちに二転三転してこのような形になりました。
いやぁ…告白させるつもりなかったのになぁ〜?
下書きなしで書くと、どう転ぶかわからずドキドキですね。
屑深星夜 2010.5.15完成