ガッ!
木のぶつかり合う音が部屋に響く。棒を合わせて向かい合っているのは、1組の大人と子ども。
カァンッ!!
金髪の少年の武器を跳ね返した男は、白い帽子の下にある丸眼鏡をキラリと光らせる。
「そんなんじゃ、タンタラスには入れないずらよ!」
「…やぁっ!!」
豪快に腹を出して立っている相手を睨みつけた少年は、棒を横に払う。
カンッ!
「まだまだずら」
男に簡単に受け止められて悔しいのか、少し唇を噛んだ後、彼は大きく振りかぶる。
「たあぁ――っ……!」
カァン!
「…全然だめずらね」
「……ハァハァ………」
肩をすくめてニヤっと笑う相手の前で、少年は、膝に手をついて荒い息を繰り返していた。
「もうバテたずらか? ジタン」
自分をバカにしているとしか思えない言葉に、ジタンと呼ばれた彼はギッと鋭い視線を向ける。
「…まだっ…ハァハァ……だよっ!」
そして、相手を棒で突こうとしたが…
「おっと……」
簡単に避けられ、その勢いでドタッと床に倒れこんだ。眼鏡の男は、横になってはいるが視線だけは力強さを失っていない彼を、見おろす。
「おしかったずらね。だけど、そんな速さじゃまだダメずらよ」
「……くっ…そ……ハァハァ………」
悔しさからなんとか立ち上がったジタンだが、足の踏ん張りがきかないようで、フラフラと左右に行ったり来たりしている。その様子を見て呆れた男は、棒切れを肩に乗せながら1つ息を吐く。
「そんなフラフラでまだやるずらか?」
「……やっぱ…ちょっと…ハァハァ……きゅう…けい……する………」
しばらくは堪えていた少年も、その場から歩く力までは残っていなかったらしい。そう言ってバタリと床にうつぶせに倒れこむと、
「……スー…ス―……」
静かな寝息を立てはじめてたのだった。
…ドタドタドタッ!
「おっ? 寝ちまったのか、ジタンのやつ」
大きな足音とともにやってきた大男 ―― バクーは、部屋にあった椅子に深く腰掛けた。今にも壊れそうな音を立てた椅子を気にしながらも、ジタンの相手をしていた男が答える。
「休憩だそうずら」
「ガハハハ! こいつらしいな!!」
顔の半分を覆い隠すようなひげを撫でながら、大きな口を開けて笑うバクーに、男が告げる。
「……飲み込みが早いずら。おいらなんか、あと4年もしたら抜かれそうずらよ」
「シナで4年なら、俺はまだまだだな」
眼鏡を光らせながらニヤリと笑んだ彼に、シナは肩をすくめる。
「そりゃないずらよ、ボス。おいらそんなに弱いずらか?」
「ガハハハハハ! ウソだよウソ!! おめぇで4年なら、俺は10年ってとこかな」
「……それでもなんか悲しいずらよ………」
自分のことなどお構いなしにガハガハと笑いつづけるボスを横目に、ガクリと肩を落とした。
その視界の端にふと黄色いものが映る。ぱた、ぱた…と動くそれは、ジタンの尾てい骨あたりから生えているシッポだった。
「…そういえば、ジタン、なんでシッポ生えてるずらね?」
「まぁ、生えてたっていいじゃねぇか。ジタンは俺達の可愛い養いっ子だろ?」
「そうずらけど……おいら達にはないシッポがある」
シナはバクーの言うことに同意しつつも、どうしても考えることをやめられなかった。
どうして、ジタンにはシッポがあるのか?
見た目は同じ人間なのに、そこだけが違う。そして、それは…決して作り物ではない。ジタンの気持ちに合わせて動きを変え、ジタンの意識のないときも意志を持っているように動く。
もしかして、人間ではないのではないか?
そう考えることもあったが…今現在、それに答えてくれる者はいない、とわかっていた。けれども、その疑問を消すことはできなかった。普段は忘れていても、どうしても頭に浮かんでくるときがある。シナは、ふと思い出したそれを口にしてしまったのだった。
「……シッポがあったって、俺達と変わらねぇさ」
「ボス…」
床で眠り続けるジタンを見つめるバクー。その顔は笑っていても、眼鏡の奥に隠れた目は…決して笑ってはいなかった。椅子から立って床に膝をついた彼は、大きな手でジタンの顔に触れる。
「……正直言うとな、こいつはこれがあるおかげでなんかすげぇもんを背負ってる気もするさ」
くすぐったかったのか、少し眉間に皺を寄せるも全く起きる様子のない少年に、バクーは笑みを見せる。
「だけどな…こいつなら何とかするんじゃねぇかとも思ってる」
そして、そう言うと、頭に移動させた手でジタンの髪をすきはじめた。
しばらくの間、バクーもシナも黙ったまま。静かな空間の中で、何度も何度も…その金色の髪を優しく撫ぜていた男は、おもむろに口を開いた。
「何がおめぇを待ってても、自分の思う通りに生きろよ。自分の好きなように人生を楽しめ。そうすりゃあきっと、すげぇことが起こったって、後悔しないですむさ………俺もできる限りは助けてやるよ」
「…ボス……」
「言っとくがな、シナ。こいつのためじゃねぇぞ。……俺のためだ」
「わかってるずらよ」
ニッと笑いあった2人の間では、ジタンのシッポがパタパタと揺れていた。
タタタタ……ッ
軽快な足音と共にやってきたのは、ジタンと同じくらいの少年だ。
「ボス! 積み込み終わりました!!」
「おう、ブランク。ご苦労さん」
胸の前で敬礼しながら報告した彼に、バクーは軽く頷いた。
「ジタン…寝ちゃったんですか?」
「そうずらよ。疲れたみたいで休憩って言って寝ちゃったずら」
シナの言葉を聞きながらジタンの寝顔を見ていたブランクは、気持ちよさそうな顔に笑みをもらす。それを見たバクーは楽しそうに彼の名を呼ぶ。
「ブランク」
「なんですか?」
「ジタンがタンタラスに入るのも時間の問題だぞ」
一瞬、目を見開いた少年の様子を見たか見ないかのうちに、男は1つ大きく息を吐いて立ち上がった。
「……さてと、出発するぞ」
「もうずらか?」
「急がねぇと時期を逃す」
「…ジタン、どうするずら?」
シナがそう、数歩、出口に向かって歩いて行ったバクーに言うと、彼は眠っているジタンを見ることもなく言い捨てる。
「置いてくに決まってんだろ。…おい、ブランク!」
「はい!」
山なりに投げてよこされた白い袋は、ジャラジャラと金属のすり合う音をさせてブランクの両手の中に収まる。彼は、少し重くて硬い感触がするそれに目を落とした。
バクーは周りの様子に構うことなくペラペラと用事を言いつける。
「1週間くらい仕事に行ってくる事と、飯はこの金で食いにいけって書置きしといてくれ」
「はい」
「終わったらすぐ来るんだぞ」
「わかってます」
「じゃあ、おいら達は先に行ってるずらよ」
手を上げるシナに頷いたブランクは、2人がドタドタと外に出るまで見送り、テーブルの上に広がった紙の1枚にボスに言われたとおりのことを書いていく。そして、渡された金の入った袋をその上に乗せ、未だ眠ったままのジタンを見た。
「……行ってくるぜ、ジタン」
まるで、行ってらっしゃいと言っているかのように、無意識に動いているはずのシッポが左右に振れる。
それがジタンの本心でないことを知っているブランクは、自分の考えに思わず苦笑する。そのまま幸せそうな寝顔を浮かべている少年の横にしゃがみ、その頭の上にポンと手を乗せる。
「……早くお前も一緒に仕事ができるといいな」
ブランクの頭の中には、自分の隣に立って笑っているジタンの姿が浮かんでいた。
「すぐ帰ってくるから」
グシャグシャと髪が乱れるほどジタンを撫ぜた後、スッと立ち上がったブランクは、振り返ることなくアジトを出て行った。
静かになった部屋に残された少年は、ゆっくりと寝返りをうつ。
「…う…ん……ぜったい…かって…はい…るん…だ……」
言葉を発した口元にはしっかりと笑みが刻まれ、パタパタと動くシッポはそれを応援しているかのようだった。
- end -
2013-11-23
当時、セリフと擬音のみで書いていたものを加筆修正した作品。
実際に彼らがどんな生活をしていたのかわかりませんが、こんなかなー…という妄想から。
バクーの豪快でも温かいところが出せていたら嬉しいです。
屑深星夜 2007.9.25加筆修正