“大小”恋物語 12

12.夏の思い出 ver.大


 さっきの小竹さん、可愛かったなぁ……。

 U字溝に残った炭をちりとりとほうきで集めながら、おれの頭はほんの少し前の出来事を思い出していた。
 それは、バーベキューもあらかた終わって、みんなでデザートのマシュマロを焼いてるときのことだ。もちろん甘いものが苦手な小竹さんは、遠巻きに見てたんだけど。それでも“見ていてくれる”ことがおれにはすごくうれしかった。
 そんな小竹さんでも食べられるデザートを…と思って、用意してきた材料でコーヒーゼリーを作ったんだ。
 家族でキャンプに行ったときに、母がカルピスを使って作ってくれたやつのコーヒー版。これなら甘くないからどうかな? …って考えた。
 ひと口、ふた口と食べる彼女においしいか聞いてみれば頷いてくれて!! 小竹さんは気づいてなかったと思うけど、そのときの彼女は…微かに笑っていたんだ。
 綾部さんや菊屋さんと一緒にいるときは普通に笑顔を見せてくれるけど、おれの目の前だとどうしても表情が硬くなる小竹さん。ストーカー紛いのことした上に、恥かしい告白をした相手だから仕方ないのかもしれない。
 でも、そんな小竹さんがほんの少しでもおれに笑いかけてくれたって思ったら……もう、1時間近く経つのにその顔が忘れられないくらいだった。


 今日は小竹さんたちと一緒に6人で、バーベキューしに来ている。
 女の子たちの最寄り駅である三尾駅から車で1時間くらい。そこに、昔、家族で泊りに来たことがあるキャンプ場がある。

 小竹さんにおれを好きになってもらうためには、まずは自分のことを知ってもらうことが必要。

 これは、7月7日…告白した日に涼たちに教えてもらったことだ。その第1段階は、手作りのお菓子を食べてもらえたところで一応クリアできたと思われる。
 でも、それだけで終わっていたら友だち以上の関係になることなんて難しいよな。
 おれ自身の頭の中に次の展開なんて全くなかったけれど、お菓子を食べてもらえた日 ―― 一緒に映画を見た日に、急に涼が提案したんだ。

「夏休み、一緒にバーベキューに行かないか」

……ってね。


 後から理由を聞いてみれば、幼馴染でもある涼はおれがアウトドア慣れしてることを知っていて、あえてそう言ってくれてたんだ。
「図体ばっかりでかくて、気の小さいお前がだ。バーべ―キューのときにテキパキと手慣れた姿を見せてみろ。女だったら頼りがいがあるって高感度が上がるだろ?」
「そ、そうか……」
 全然そんなことも思いつかないおれは、ただただ感嘆のため息を吐くだけ。
涼はそれに肩を竦めると、
「柳楽にはおれから連絡入れておく。必要なもんとかは一緒にリストアップするとして…お前、明日、暇があるなら眼科行ってこい」
と言って人差し指を突きつけてきた。
「眼科…?」
「コンタクトにするんだよ。ただし、作れても夏休み入るまではチビ女の前でつけるなよ」
「え? 何で…?」
 おれは首を傾げる。
 前にも言われてたから、コンタクト買ってこいって言うのはわかった。
けど、その後の夏休みに入るまで小竹さんに見せるな…っていうのはなぜなのか。全く理解できなかったからだ。
「大学はあと半月もすれば終わりだ。通学時に会えなくなるだろう?」
「う、うん…」
「で、バーベキューに行くときに久しぶりに会い、お前の見た目が変わってたとしたら……きっと、驚くだろうな」
 ニヤリと笑って見上げてくる涼は続けて言う。
「お前の評判下げてるその目つきと眉間のしわが無くなるんだ。印象もよくなるだろう」
 そんな甘い話なんてないってどこかで囁く自分がいた。けど頭の中にはもう、コンタクトになったおれを見て驚いた小竹さんがいて……。そんな彼女がおれに笑いかけてくれるとこまで想像してしまって。
「……わ、わ、わかった」
 おれは、無駄に力が入った状態で頷いたんだ。


 ……実際、おれがコンタクトにしたことで、想像したような小竹さんを見ることはできなかった。心の中も見えないから、おれの印象が変わったのかももちろんわからない。
 それでも、コンタクトにしたことで、今までぼやけていた世界がクリアになっただろ? おかげで今までより遠くも鮮やかに見えるようになり、小竹さんから……ますます目が離せなくなったんだ。

 バーべ―キュー…一緒にやれてよかったな。

 小竹さんが意外と大雑把なことも知ることができたし。さっきみたいに…ちょっとだけでもおれに笑顔を向けてくれた。
 どちらも、電車の中で話してるだけじゃ絶対にわからなかったことだ。
 好きな人の知らなかった一面を知れて嬉しかったおれは、まだ片づけの途中なのにニンマリと笑ってしまった。

 カシャ

 聞こえた音にハッと我に返ったときには既に遅く。デジカメを構えてニヤニヤと笑っている菊屋さんがいた。
「由衣子のこと考えてたな〜?」
 近づいてこっそり言って来たその言葉に、ボッと音がなるくらい真っ赤になってしまって。それも納めようと追いかけて来る菊屋さんから逃げるのは……本当に大変だった。


 ゆっくりバーベキューしてたので、片づけが全て終わったころにはもう3時を回っていた。
 気温が1番高くなる時間帯だ。さすがにこんなときに車に乗って帰る気にもならなくて、せっかくキャンプ場に来たんだから少し遊んで行くことにしたんだ。
 もちろん、すぐそばを流れている小川もいい遊び場だけど、面白いのが、大木にくくりつけられたタイヤのブランコ。子どものころに遊んだときも夢中になったけど、大きくなった今やってみてもなんかワクワクして面白いんだ。
 そう思うのはおれだけじゃないみたいで、特に菊屋さんと歩が気に入ったみたいだった。涼も2人の様子を見ながらブランコのそばに腕を組んで立ってた。機嫌の悪そうな仏頂面で……こう言うときくらい楽しそうに笑って混じればいいのに、と思ってしまったのは内緒だ。
 小竹さんと綾部さんとおれは、靴を脱いで小川に入って少しだけ水遊びを楽しんだ。びしょ濡れになるほどはできなかったけど、顔や手に水しぶきを感じるのは気持ちがよかった。
「いっ…」
 そんなとき、小竹さんの小さな声が聞こえて来た。
「ゆっこ、どうしたのー?」
「何か虫に刺されたみたい…」
 言いながら綾部さんにふくらはぎを見せる小竹さん。

 もしかして……。

 気になることがあったおれは、すぐに彼女に近づく。
「ち、ちょっと見せて下さい」
 しゃがみ込んで、たくしあげられたジーンズの先から見える白い足を見れば、そこには確かに虫刺されの痕があった。けど、その傷口が蚊よりもちょっと大きくて、血が出ている。
「……ブヨかもしれない……」
「ブヨ?」
「見た目ハエみたいな小さな虫です」
 聞いたことないと不安そうな顔をする小竹さんに簡単に説明したおれは、
「……少し痛いかもしれないですけど、我慢してて下さい」
そう言って刺し口のすぐ近くを両手の親指と人差し指で摘む。できるだけ早く、ブヨが持つ毒素をそこから押し出すためだった。

 その後、川から上がって水道水で患部を洗いに行く。
 さすがに何かあったことに気づいた涼たちも集まって来た。4人が覗きこむ真ん中で、ハンカチで小竹さんの足を拭いたおれは、ポケットに入れておいた虫刺され用のクリームを取り出した。
「本当は軟膏の方がいいんだけど…これしかないので、すみません」
 ブヨや蜂などに刺されたときはステロイドの入った軟膏が良い、って父から聞かされてたけれど、そんなのなかなか使う機会はないだろ? だから、蚊に刺されたとき用に買っておいたクリームを持ってきておいたんだ。これなら夏中使うから、無駄にならないしね。
 指先で優しく小竹さんの足に塗った後、おれは背後にいる歩に声をかける。
「歩、応急セットからガーゼとテープ持って来て」
「おう!」
 元気良く返事した歩は、1つにまとめて置いてあるおれたちの荷物がある所に早足で歩いて行った。
「そんなの用意してたんだな」
「野外での活動って危険もつきものなので…2,000円くらいで結構色々入ったの買えるんですよ」
 感心する菊屋さんにそう説明すれば、綾部さんはニコニコとおれを見つめてきた。

 歩が持って来てくれたガーゼで刺し口を覆って、テープで止める。
「本当はブユって言うらしいんですけど、この変だとブヨって呼ばれてます。蚊みたいに刺すんじゃなくて噛みつくので、刺し口から血が出やすいんですよね」
作業をしながら説明するおれの言葉を、小竹さんは何も言わずに聞いてくれている。
「今は大丈夫だと思いますが、だんだん痒くなって腫れて来るので……早めに皮膚科に行った方がいいかもしれません」
 彼女だけじゃなく、涼たちも同じようにしててくれて。
「なら、帰るか?」
「片付けも終わって遊んでただけだしな〜」
「木曜日だから、病院もやってるだろ」
「そうですねー」
 おれと小竹さんが何も言わなくても、すぐにキャンプ場を出発することが決まっていた。早々に荷物が置いている場所に移動していく4人を見送りながら、小竹さんを覗きこむ。
「痒くてもかけないようにガーゼ貼っておいたのでいいと思いますが、治りが遅くなるし痕も残るのでかいちゃだめですよ」
「う、うん」
 一瞬、目を見開いた彼女は、素早く頷くとガーゼの貼られた足を見るように俯いてしまった。
 クーラーボックスを肩からかけてこっちへ歩いてくる涼を見かけて、ふと思い出す。
「涼。クーラーボックスの中に氷とか残ってないかな?」
「? 多分あると思うが…」
「じゃあ、それ車に積んだらでいいから、氷のう作っといて」
「あぁ、わかった」
 おれの意図が伝わったんだろう。涼はさっさと車を停めた駐車場の方へと歩いて行った。
 おれはまだ下を向いたままの小竹さんの頭に向かって言う。
「痒みは冷やすとマシになるので、帰る車の中であてておくといいですよ」
「……う、うん……」
 顔が見られなかったのは残念だけど、返って来た小さな声に微笑んだおれは、彼女を先に車に向かわせて、歩たちがまだ奮闘している荷物のところへ走っていった。

- continue -

2013-11-23

屑深星夜 2011.6.16完成