「うわー! 川っ、川があるぞ!」
「このテントも面白い形です〜」
さえちゃんとあゆむくんは真っ先に、小石のゴロゴロした小さな川へ。みっちゃんとりょうすけくんは、そこから離れた高い場所に立っているテント ―― といっても普通の三角形のじゃなくって。円錐形でインディアンとかが住みそうなイメージの、珍しい形のそれを興味深そうに覗いてる。
しょうまくんは、持ってきた荷物を置いた木と木の間のスペースからそんな4人をニコニコと見つめてた。
「あ……風が気持ちいい〜」
ふわり、とあたしの頬を撫でていった風は少しひんやりしていて、ギラギラ太陽の照りつける夏にはありがい爽やかさだった。
あたしたちは、りょうすけくんの運転で、三尾駅から車で1時間ほどのキャンプ場に来てるの。森の中の道をしばらく走ったせいか、街の喧騒からはすっかり離れちゃっててね。鳥の声と川の音、風が木々を揺らすさわさわとした音が聞こえるだけのこの場所が、なんかすごく気持ちよかった。
そんなに遠くないところにこんなとこがあったなんて、あたしは知らなかった。
よく知ってたな……しょうまくん。
…そう。ここを教えてくれたの、しょうまくんだったんだ。
7月の映画を見に行ったあの日に、夏休み一緒にバーベキューしないかって誘われたの。
ふたりっきりじゃ絶対行かなかったと思うんだけど、みっちゃんやさえちゃん、りょうすけくんにあゆむくんも一緒に6人でってことだからOKしたんだ。
え? 何でふたりじゃだめかって…?
……だって、しょうまくんとは告白されたとはいえ友だちだし。彼とふたりでバーベキューって、なんか不安じゃない? あたふたして何にもできなさそうなんだもん。
あたしはバーベキューに行くのも初めてだから、料理は一応何とかできても、きっとどうしていいかわからないし……。
…なーんて思ってたら。
「涼、そのポール真っ直ぐ持ってて。あ、菊屋さんはもう少し引っ張ってください」
みんなに指示を出しながら、金づちで金具を地面に打ち付けて、屋根だけのテント…タープをさっさと張っちゃったのよね。
出来あがったタープの下に立ちながら、みっちゃんがニコニコしながら口を開く。
「おーかみくん、すごいのね〜」
「ち、小さなころから親にこういうところ連れて来られてたので…」
「なんか頼もしいな! 由衣子」
照れたように頭をかいていたしょうまくんは、さえちゃんの言葉にあたしをじっと見つめてくる。その姿は、芸を見せた飼い犬が主人が褒めてくれるのを待っているようで……。
「う、うん」
実際すごいと思ったしね? それに、褒めないといけないような気分になっちゃったから、ぎこちなく頷けば、それだけでしょうまくんは嬉しそうに目を細めた。
いつの間にコンタクトにしたのか知らないんだけど、あれだけ目つきが悪かったしょうまくんは…もう、いなくなってたんだ。大学が夏休みに入る前、電車で会ったときはまだだったから…8月になってからなのかな。
目が悪いせいで、見えないものを見ようとして悪くなっていた目つきも、眉間に寄っていた皺もなくなったら、図体が大きいだけの気の小さい男の子。それも……あたしに好意を持っていてくれるせいか、あたしの行動に一喜一憂してる姿は本当に大型犬のようにしか思えなくって。18歳の男の子に向かってこの言葉は適当じゃないと思うけど、ちょっと可愛いな、なんて思うくらいになってたんだ。
だけど、やっぱりあたしの中ではただの友だちって言う位置は変わらなかった。だって……今まで、異性として惹かれるような部分、これっぽっちもなかったんだもん。
「菓子もうまいし、さぞかし料理も得意なんだろうな〜」
しょうまくんの言葉から想像したさえちゃんがそう言った途端、ギラリ、としょうまくんの目の色が変わったような気がした。
「馬…鹿っ!!」
「なっ…んーんーっ!」
とたん、自分より少し背の高いさえちゃん口を無理矢理塞いだりょうすけくんは、真剣な顔でしょうまくんを見るの。
「将磨! 落ち着け。お前は料理しなくていいからな」
「…え? 本当に? おれ、腕に寄りをかけて作るよ…?」
「お前は火の方、頼む。俺たちじゃできない」
「あ、そうか。…うん。わかったよ」
「それで、後でデザート作ってくれ。用意してきてるんだろ」
「うん!」
そうやって満面の笑みで頷いたしょうまくんには、さっきまであった不思議な雰囲気はなくなってたんだ。りょうすけくんは、いそいそと炭の準備をはじめる彼から少し離れると、やっとさえちゃんの口から手を離した。
「な、にするんだよ! ドS男!!」
「うるさい! 男女!!」
更にくってかかろうとするさえちゃんを、しっ、と人差し指を立てて押さえた彼は、あたしたちを来い来いと手で呼ぶ。
何だろう? と思いながらも顔を突き合わせて内緒話の体勢になると…りょうすけくんは小さな声で話し始めたの。
「……こいつの料理はゲロマズなんだよっ」
「え!?」
「あれだけ菓子がうまいのに…か?」
「“菓子”じゃなくて“料理”を作るとなるととたんにおかしくなる」
目を見開くあたしたちに、彼は苦虫をかみつぶしたような顔で首を振った。
「…小学校のキャンプのときからおかしかった。大体定番のカレーを作るだろう?」
その問いに、あたしも、さえちゃんも、みっちゃんも、あゆむくんも、頷いた。
小学校5年生のときに、野外学習と言う名のキャンプがある。2泊3日のその日程の中で2回、野外料理を作ったけど…その1回が確かにカレーだった。
「水の量には気をつけなければならないが、野菜を切って煮込んでルウを入れればカレーになるだろう」
「うん」
「なのに、魔女が作ったみたいな緑色の変な物体になって異臭がするんだ。……あれは食べれたもんじゃなかった」
一生…思い出したくもない、と言って口元を押さえるりょうすけくん。
思わず説明を受けた物体を想像して、イメージなのにうっ、とえずいちゃって……。あたしたちみーんな、手で口を覆った。
「涼、何してるの? 料理してくれないと、火が点けられないんだけど…」
そんなとき、少し遠くからかかった呑気な声にそちらを向けば、U字溝を使用した炉に炭を並べようとしているしょうまくんが目に入る。
あたしたちが何を話していたのかすら知らない彼の顔は無邪気なもので。
「あ、あぁ」
「わたしたちもがんばりましょう〜」
「う、うん」
「そうだな!」
「おう!」
とにかく彼にだけは“料理”させないようにしようと頷き合いながら、バーベキューをするための準備をはじめたんだ。
あたしは…どっちかって言うと大雑把で適当な性格だから、料理も超適当なんだよね。生まれ育った家から大学に通ってるから、ほとんど料理する機会もないし。でも、食い意地だけは張ってるから、自分が食べたいと思ったときはそれを作って食べることはあるよ。
最初は玉ねぎを切ってたんだけど、包丁を使って食べれるところまで適当に皮をむいてたらりょうすけくんに怒られた。
「何、もったいないことしてるんだ!」
…って。
言いたいことはわかるわよ? でも、手で1枚1枚皮をむいてたらすごい時間かかるじゃない。それが嫌だったからベリッって勢いよくやってたんだけど……。
ブツブツ言ってたら玉ねぎ取り上げられて、代わりにじゃがいもを渡された。これはホイルで包んでじゃがバターにするんだって言うから、土の付いたそれをまず洗うことからはじめた。と言っても、北海道産の新じゃがだから皮をむく必要はなくって…。やることと言えば、洗ったそれを丸ごとホイルで二重に包むだけなんだけどね!
あゆむくんと一緒に、ちょっとくしゃくしゃにしたホイルにじゃがいもやもやし、バナナを包んでるうちに、りょうすけくんとみっちゃんが玉ねぎ、人参、キャベツ等の野菜を切っていくの。
みっちゃんは元がおっとりしてるからちょっとスピードは遅いんだけど、さっすが長女。料理は手慣れたもので、あたしとは比べ物にならないくらいキレイに切られていくの。
りょうすけくんは……意外なんだけど、それよりももっと上手だったんだよね。スピードも早いし、それでいてあたしみたいに大雑把じゃない。
後々聞いたらお母さんが料理下手らしくって、美味しいものが食べたくて小さいころからキッチンに立ってたんだって。今みたいに怒ったような顔をしながら家で料理するりょうすけ君を想像したら、ちょっと笑えて来ちゃった。
さえちゃんはというと、早々に調理部隊から戦線離脱。料理の経験は学校での調理実習くらいだから、包丁を持つ手も危なくって…。例え本人がやりたい、って言っても怖くてやらせられなかったんだけどね。
だから、しょうまくんを手伝って、炉代りのU字溝に炭を並べてる。軍手をして楽しそうにしてるさえちゃん見てたら、あたしも楽しくなってきた。
そして、こっちの準備が半分以上進んだころ、着火剤を使って火をつけて炭を起こしていく。丁度炭がいい調子になるころ、こっちの準備が終了したから、U字溝に網を乗せてバーベキューをはじめたんだ。
あたしたちは調理台としても使っていた折りたたみ式の机と椅子に座った。焼き係はそのまましょうまくんが勤めてくれて、みんなの紙皿に焼き上がった野菜や肉を乗せてくれる。
焼肉は家でも時々食べるけど、こうやって自然の空気の中で食べたものは、いつもよりも数段おいしいような気がした。食材も、使ってるタレも家のと変わらないはずなのに……不思議だよね。
クーラーボックスで持ってきてたペットボトルのジュースとお茶を片手に、みんなでワイワイ騒ぎながら食べるのもまた、おいしさをアップさせてるんじゃないかなと思った。
主食になるようなものはじゃがいもくらいだったけど、それでも十分お腹がいっぱいで。あたしは、みんなが残った炭火でマシュマロを焼いて食べているのを見てた。
しょうまくんのおかげで以前よりはましになったとはいえ、ちょっと見ただけでまだ気持ち悪くなってくる。だけど、それよりもおいしそうに食べているみんなの顔を見ていたかったから、あたしはフワフワトロトロになったマシュマロを頬張るみんなをニコニコ見てたんだ。
そしたら、
「小竹さんにはこれ…」
としょうまくんが紙コップを差し出してきたの。
中を見ると茶色の水に氷が2、3個浮かんでて……。
「何? これ」
「コーヒーゼリーです。これなら甘くないから大丈夫ですよね?」
ゼリー? それにしては水っぽくなかったかな?
照れたように微笑むしょうまくんの前でもう1度覗きこめば、いつの間にか氷は溶けていて、中にはドロッと固まった茶色いゼリー状のものに代わってたんだ。
「ありがと……」
お礼を言いながら受け取ったあたしの頭には1つの疑問が残った。
……いつの間に作ってたんだろ? さっきまではゼリーじゃなかったのに。
…その答えはすぐにわかったんだ。
ステンレス製の大き目のコップに水を入れ、炭火に置いてお湯を沸かしてたしょうまくん。
まず、紙コップに粉ゼラチンを入れて少量のお水で溶くでしょ。そこにインスタントコーヒーとお湯を入れて濃い目の茶色い液体を作って…そこに氷を数個投入。
後は、氷が溶けることで冷えてゼラチンが固まれば、簡単なコーヒーゼリーに完成ってわけ。
さえちゃんたちはそれに練乳をかけてたけど、甘いの苦手なあたしにはこれで十分。コーヒーの香りと苦み、つるっとした舌触りと冷たさがこの時期に丁度いいデザートだったの。
「あの、お、おいしいですか?」
「うん!」
正直に頷いたら、しょうまくんはそれはそれは嬉しそうに笑ったんだ。
- continue -
2013-11-23
屑深星夜 2011.5.21完成