「まっ白だね。ウィル、ライク」
「ウミャー…」
キョロキョロと辺りを見回しながら言うアースに、ウィルは静かに頷いた。
彼らは、旅の途中、ある森で野宿していた。
昨夜は、焚き火に照らされてふんわり暖かかった木々の根元で眠ったのだが、朝起きてみたら、景色は一変。あたり一面真っ白な霧に包まれていた。
「朝霧だな。早起きしたはいいが、これじゃ出発できないな…」
「まわり見えなくて危ないもんね…」
2人と1匹でため息をついたその時、森の奥から鳥の鳴き声が響いてきた。
「…なんか、いつも聞いてるような鳴き声なのに、今日はちょっと怖く聞こえるね」
「森の雰囲気がそんな感じだからな」
手をのばした先までしか見えないくらい濃い霧の向こうに、いくつもの木々の影が映っていて、それは、この森を神秘的な雰囲気にさせていた。
湿度が高いせいで、雨も降っていないのに顔や髪が濡れてくる。アースたちは、額にくっつく髪をうるさそうによけながら、遠くから響いてくる生き物たちの声を聴いていた。
しばらくして、ライクを胸に抱いたアースがポソリと呟く。
「昨日とおんなじところにいるのに、なんか違う世界にいるみたい…」
「違う世界?」
「うん。見た目はおんなじなのに、違う世界」
ウィルはその言葉を元に、自分の頭の中でイメージを作る。
「……同じ街なのに、住んでる人間の性格が違う…とか?」
「あ、うん! そんな感じ!」
うんうんと笑顔で頷くアースを見て、ウィルもくすりと微笑んだ。
「本当にそんな世界があったら面白そうだな」
「ん〜…でも、怖いところもあると思う」
「どんなとこが?」
ウィルの問いに少し考えたアースは、
「ボクのこと知ってる人が、ボクのこと全く知らない人になってるかもしれない…」
こう言った後、左右に何度も首を振った。実際にそれを想像して、怖くなってしまったようだった。
「それは……怖いな」
ウィルは苦笑してそう言った後、ふっと真顔になった。もし、レーナが自分のことを知らないと言ったら……ふと、そんなことを考えてしまったからだった。
「怖い、な」
自分の口の中でそうくり返したウィルは、アースと同じように大きく首を振って、嫌な考えを押し出そうとした。しかし、一度考えた恐怖は、なかなか頭の中から出て行かなかった。何より、ウィルにとって彼女の存在はとても大切だったのだから…。
アースの母であるウィルレーナ。彼女は、ウィルの初めての友人であり、一人っ子の彼にとって姉のような存在でもあった。辛い時に彼女の言葉に支えられ、離れ離れになってからも、ずっと彼女のことを忘れたことはなかった。
彼女がいなければ、ウィルは、両親を失った後、生きていく気力もわかなかっただろう。悪夢に悩まされ、眠りにもつけず、病気になってしまったかもしれない。もしかしたら、自分から命を絶っていたかも……。
「……ィル、ウィル! どーしたの?」
母の面影を残すアースに呼ばれ、はっとしたウィルはぎこちなく微笑んでゆるく首を振った。
「なんでもない、大丈夫だ」
「ホント?」
少しウィルに近づいて心配そうに覗き込んでくるアース。その姿を見たら、頭の中から出て行こうとしなかったことが、ふわりと消えてなくなった。
「本当だよ」
今度は心から微笑んだウィルに満足したアースは、にっこり笑ってもとの位置に座りなおした。
そのとたん、グルルル…と元気よく、アースのお腹が鳴った。ウィルはくすりと笑うと、照れくさそうに頭をかくアースにこう言う。
「荷物の中から、昨日買ったパンと干し肉をだしてくれ。霧が晴れたらすぐにでも出発できるように、今のうちに腹ごしらえしておくぞ」
「うん!」
「ミャ〜!!」
霧が晴れたのは、丁度彼らが朝食を取り終えた後。彼らは、見慣れた風景の向こうにあるはずの、次の目的地に向かった。
- end -
2013-11-23
「霧」を使ってお話を書きたかっただけ。
設定だけ考えて書けていない「霧」の話……いつか書けたらいいなぁ〜。
屑深星夜 2005.9.3完成