『号外〜! 号外だよ〜!』
紙をばら撒きながら遠ざかる男の背を銀の瞳が追う。ひらり、舞い落ちる中の1枚をパシリと手に取った蒼夜はその中身に目を走らせた。
「主よ。それは何だ?」
「瓦版だ」
「かわらばん?」
首を傾げたことでさらりとした銀色が僅かに広がるが、蒼夜はそれに見向きもせず。瓦版から顔を上げずに口だけを開く。
「…今世界で何が起こっているかが分かる物だ」
「…慧のようなものか?」
森に閉じこもっていた雪牙の知識は、小さな子どもとさして変わらない。この世に溢れるものほとんどは初めて目にするもの。故に、知っているものと似たものとして、情報屋である女の名が出てきてもおかしくはない。
しかし、その名を聞いたとたん、蒼夜は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。
「…アレのが格が上だがな」
が、出てきた言葉は決して彼女を貶すようなものではなく。共に吐き出された溜息が、そう言うのは不本意だ、と告げていた。
「何のが格が上だって?」
届いた声に振り向けば、話題の主 ―― 蝶の舞う着物に身を包んだ慧が、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。蒼夜は先程よりも深く息を吐き、顔を顰める。
「幻聴じゃないか?」
「あらそう? じゃあ、雪牙君に聞いてみようかしら」
流れるように動いた慧は、呆然としている雪牙の首に腕を回し、柔らかな身体をピタリと寄り添わせる。
「な、な…なな…!?」
銀狼である自分とはまた違うほわりとした感触に、伝わってくる温かさ。
鼻孔を擽る甘い香りに、雪牙の顔が真っ赤に染まる。
可愛い、と吐息で囁いた慧が白い指先で彼の頬をなぞろうとしたとき、低い声が止める。
「…こいつで遊ぶな」
「じゃあ何て言ったか教えて?」
硬直して動かない雪牙からは離れずに真っ直ぐに見つめてくる目。蒼夜は闇色の瞳を尖らせると、腰に下げた刀に手を添える。
ゴクリ、と関係ない雪牙の喉が鳴った…と思ったら、するりと拘束が解ける。
「ふふ…嘘よ、嘘。だからそんな風に睨まないで?」
怖がるでもなく。ただただ楽しそうに笑って肩を竦める慧に、蒼夜の舌打ちが飛ぶ。
「そうさせてるのはお前だろう」
「えぇ〜? 用があって外に出たら2人が仲良く歩いてるのが見えたから、ちょっと後をつけてただけなのに」
「後をつける…?」
「仲良く…?」
「だってぇ? 蒼ったら、あれはなんだこれはなんだって質問攻撃する雪牙君に面倒くさがるでもなくちゃんと教えてあげてるし? 屋台の団子まで買ってあげちゃってるじゃないの」
細い指が示す先は雪牙の手元。右手には飴色のようにも見える餡を纏った串団子。左手にはそれがいくつか乗った竹の皮…。
否定できない状況を示した女はニコリと目を細める。
「嫌いな人間にはとことん冷たい貴方だもの。仲が良いと思うのは当たり前でしょ?」
「…黙れ」
スラリ。抜き放たれた刃が慧の喉元を狙う。全身から発せられた殺気に、ブルリと震える雪牙。
雪と氷に閉ざされた、あの森の冷気と同じ。懐かしいそれに唇の端が上がったそのとき。
「んもう、そんなに噛みつかないでよ。2人のデートの邪魔なんかしないから」
「……!?」
逃げも隠れもせず、いつもの笑みで全てを受け止めていた女が投下した爆弾に、蒼夜は目を見開いた。普段から冷静な主でも驚くことがあるのか…と雪牙が見つめる横顔に、慧はひらひらと手を振る。
「ふふふ…じゃあね?」
呆然とそれを見送った蒼夜は、下から見上げる銀の瞳にハッとして刀を納めた。
「主」
「…何だ」
「でーと、って何だ?」
「……知るか! あの女に聞け!!」
蒼夜は苦々しげに顔を歪めると、視線から逃げるように早足で歩き出す。慌ててその後ろを追いかけた雪牙は、手に持っていた団子を頬張りながら考える。
今度会ったら尋ねてみることにしよう。
その結果、慧には面白そうに笑われ。主である蒼夜の機嫌が最悪となることを…雪牙はまだ、知らない。
- end -
2013-11-23
「雨色デイズ」煉希様のお誕生日プレゼントに書かせていただいたものです。
オリジナルBLの「霧華」のキャラをお借りいたしました。
リクエストは「ほのぼの系で蒼夜と雪牙がお休みの日に二人で出かけるような感じ」でしたが、慧まで出張ってきてしまいました☆
少しでもリクエストにお応えできてたら嬉しいです。
煉希様、お誕生日おめでとうございましたー!!
屑深星夜 2013.1.23完成