有紀×亜希「運だめし」

有紀×亜希「運だめし」


 楽しいことは好きだ。

 だから、楽しそうだと思えば何だって飛びついて、気づかないうちに周りに迷惑をかけ、そのせいで陸斗に怒られる。……そんなことが日常である有紀だが、こまごまとしたことはあまり得意ではない。家庭科などこの世からなくなってしまえばいいと思ったことは一度や二度どころではない。そんなものはできるものがやればいいことで、何でもお金さえあれば手に入る現代に、敢えて自分で繕い物をしたり、好き好んで料理をしたりする人間の考えなど全くわからなかった。

 そんな有紀が今現在格闘しているものは、主に小麦粉を中心としたクッキーの材料であった。

 事の起こりは1週間ほど前のこと。
 桜の綺麗なこの季節。友人でもあり恋人でもある亜希と共に、花見ついでに遠回りして帰宅していた途中、満開の桜の大木のある神社を見つけて入り込んだ。
 コンビニでお菓子とジュースを買い込んでいたのだが、鳥居をくぐった向こう側に広がる静かな空気を感じて、ドンチャン騒ぐ気には全くなれず。らしくもなく参拝した後で暫く桜の木を見上げて楽しんだ後、帰る前におみくじを引こうと亜希を誘った。
「俺は……いいよ」
 性格が似ているせいもあるのだろう。大抵のことは乗ってくるお調子者の彼に断られて驚いた。
「何で? おもしろそーじゃん! 運だめししようぜ」
「バカユキ。おもしろくねーから嫌だって言ってんじゃん」
 本気で嫌がっている亜希の様子が気になって、口を開こうとしなかった彼に何度も何度も何度も何度も問いかけてやっと聞き出した理由は、「これまで『凶』しか引いたことがないから」という、ちょっと信じられないものであった。
 ということで、本当なのか確かめる意味も込めて(結局)おみくじを引いてみれば、結果は『凶』。おみくじなどいい所だけを信じて、悪いところは気にしないでいればいいと思っていても、これが毎回だとすると引くことすら嫌になってくるのかもしれない……と思った有紀の頭の中で豆電球がピカッと光る。

『いいことしか書いてないおみくじ、作っちゃえばいいんじゃん!』

 浮かんだのは、フォーチュンクッキーというおみくじの入ったクッキーであった。そこでただの「くじ」を思いついていたなら、今現在ほどの格闘は起こらなかったはずなのだが、思いついたらまっしぐら。それ以外の選択肢はない有紀ならではと言うことか。
「もぉぉー…やだっ!!! ミヤちゃんやって!!」
 泡だて器を放り出してしゃがみ込んだ彼の横で、オロオロとする三弥からはなかなか言葉が出てこない。
「やりたいっつったのはお前だろ! 巻き込んどいて勝手にやめんじゃねぇよ」
「さ、斉藤。俺は構わないけど……」
「甘やかすんじゃねぇよ! こいつのせいで俺との時間削ってんだ! こいつが投げ出すってんなら即やめろ! 今すぐやめろ!!」
 普段なら、独占欲丸出しの彼をからかうのだが、苦手なことを目の前にしていっぱいいっぱいの有紀にそんな余裕があるわけもなく。
「ま、待って!! やめるのはだめ!!」
「ってことは、続けるんだな?」
「うぅぅ〜……」
「俺も出来る限り手伝うから、頑張ろう?」

 励まされて想像したのは、亜希の喜ぶ姿。嬉しそうに笑うその顔。

 身体は拒否反応を起こしていても、背を向けかけていた心がもう一度浮上すれば、不思議と動けるもので。その後も何度も放り出しそうになったが、何とかフォーチュンクッキーを完成させることができたのは、それから3時間後のことだった。



 ニコニコ顔で手渡された、菓子が入っているらしい袋に首を傾げていた亜希だったが、中を見て驚いた。クッキーからはみ出した紙からフォーチュンクッキーだということももちろんだが、お世辞にも美味しそうに見えない……良く言えば手作り感溢れる、悪く言えば失敗作だらけのそれは、目の前の人物が作ったのだろうということがわかったからだ。
「……これ、ユキが作ったのか?」
「おう!」
 料理が大の苦手な有紀が作ってくれたもの。それはきっと……いや、絶対に自分のためだからこそ頑張ってくれたわけで……。
 満面の笑みを見てそれを実感してしまった亜希は、うっすらと頬を染めて、想いが溢れそうになる胸を服の上からギュッと押さえる。
「形も悪くて、ちょーっと焦げてるけど、味はミヤちゃんのお墨付きだから! 食べてみて?」
 期待に満ちた眼差しに見つめられながら、頷いて1つ取り出した亜希は、それを口の中に放り込む。
 少し焼きすぎではあるけれども、香ばしくてサクサクとしたその触感に広がる甘さ。何よりも、取り出した紙片に書かれた言葉に、思わず目尻に涙が滲む。


『 今日も明日も明後日も。ずっとずーっと一緒だぞ! 』


 これがおみくじかと問われれば、そうだとはとても言えない内容であっても、それは、恋人から自分へと贈られた幸せいっぱいのメッセージ。
「な! 運だめしもいいだろ?」
「…っ…ユキが一緒ならな…っ!」



 しばし楽しむ、この幸せばかりの運だめし。
 君がいるなら、それも一生に……なるのかな?

- end -

2015-4-29

Guidepost」のミム様のお誕生日祝いに書かせていただきました。

「パンの日」だから……と思って考えていたはずなのに、パンのかけらもない話になりました(笑)

この少し前に一緒に京都&大阪旅行したのが影響しているのでしょう。
「おみくじ」ネタです。
色々設定をねつ造してしまいましたので…別物として読んでいただけたらいいかな、と思います!

お誕生日、おめでとうございましたぁぁっ!


屑深星夜 2015.4.12完成