今、オレの機嫌は最悪だ。
それもこれも…床に座った一史の目の前に広がっている何枚もの写真全部に写ってるやつが原因だった。
見たこともない男はオレと同じくらいの歳のようだったが、田舎くさい作業着に麦わら帽子を被っていて、御世辞にも美男とは言えない顔だ。僅かに覗く黒髪は手入れも何もされておらずボサボサ、肌も小麦色以上にしっかり焼けている。
何でもない。どこにでもいそうな十人並みの男なのに。
一史が切り取ったその一瞬。写真の中で笑うこいつは、オレですら目を奪われるほど魅力的だった。
普段なら、こんな風にイライラしない。まだアシスタントの身とはいえ、一史はカメラマンを目指しているのだ。色々な人間の写真を撮るのも勉強で、仕事だと思っている。
が、今回みたいにフィルム全部ひとりの男…ということはこれまでなかった。
たくさんのこの男の写真と真剣に向き合っている一史を見るだけで胸の中がモヤモヤして。堪らず理由を聞いてみれば、こいつをモデルにコンテストに応募する、と言ったのだ。
それを聞いて、オレの中でモヤモヤが黒く重たくなったような気がした。
「何でオレがモデルじゃだめなんだ!」
身体の中を少しでも軽くしたくて叫んでみれば、一史ははぁ…とため息を吐く。
「お前が被写体だと公正な審査になりようがないだろ?」
「それで入賞できるならいいだろう!?」
「俺は、自分の力を認めてもらいたいんだ。お前の力を借りて勝っても嬉しくない」
次の句が直ぐには出てこず、うっと詰まってしまった。
……一史の気持ちはわかる。
オレだって男だ。普通の人間とは少し感覚は違えど、自分の力を認めてもらうことは嬉しい。
ただ、それが他人の助けによって得られた評価だったとしたら。自分だけで手にしたときよりも喜びは半減するだろうし、もしかしたらよかれと思って助けてくれたそいつを憎んでしまうかもしれない。
けれど……。
「……だからって……っ!!」
口を吐いて出そうになった言葉をギリギリで飲みこんで、オレは一史の瞳を睨みつけた。
わかっている! オレがしゃしゃり出ても、一史のためにならないということは理解しているんだ!! けれど……っ!!!!
何でオレじゃなくてこいつばかり撮るんだ!!!
明らかな嫉妬心。理不尽なそれを一史にぶつけてはいけない、とグッと唇を咬んで止めれば。
「だから…何だって? 絵瑠」
僅かに首を傾げた一史が聞いてきた。それも……唇の端に笑みを浮かべて。
絶対、オレが考えていることがわかっていて聞いている…。
そんな一史に答えてやる義理はないと思うが、見つめられ微笑まれたら従わずにはいられない自分がいて。
「……こいつばかり撮らなくてもいいだろうっ」
ボソボソと呟いたら今度はクスリと笑われた。
「妬いてるのか」
「っ!! 妬いてなんかない!!!」
図星であっても素直に認めることができないオレは、思いっきり顔を逸らしてやった。そうしたら……。
「そうか。お前が素直になるなら、俺も教えてやってもいいんだけどな?」
「……え?」
……一史の言葉に、外した視線をすぐに戻してしまっていた。
いつの間に立ち上がっていたのか。目の前で見下ろしてくる茶色い瞳が細められる。
「…妬いてるんだな?」
それはもう…オレが素直になるのがわかっているって言うような目で!!
「…………そう、だよ!!!」
不本意だったが、一史が何を考えているのか知りたい欲求の方が勝ったオレは思いっきり言ってやった。
頬が熱くなったって構いやしない。面白そうに、でも、優しくオレを見つめて来る視線を真正面から受け止める。
「俺がお前以外を撮るのは嫌か?」
「嫌だ!!」
「いつかお前の専属になるためだ…と言ってもか?」
「…え?」
オレは目を見開いた。
「お前の発言さえあれば専属になるのは容易いことはわかってる。けどな、それだと俺が納得できない」
一史は苦笑しながら続ける。
「まずコンテストで名を上げて誰からも認められるカメラマンになり、お前と仕事ができる地位を手に入れる。そしていつか、絵瑠を撮らせたら俺が1番だと……世界中の人間に認めさせる」
まるで自分に言い聞かせるように頷いた一史の瞳にはいつの間にか炎が灯り。
「真崎一史こそ明日葉絵瑠に相応しいと…言わせてみせる」
はっきりと告げた熱い声に、オレの心が震えた。
一旦言葉を切った彼はさっきからずっと動くことのできないオレの肩を掴んで目線を合わせると、熱はそのままに柔らかく微笑む。
「だから、それまで我慢してくれ」
……そんなこと言われたら。嫌でも我慢するしか…ないだろう?
「……オレ、は、気の長い方ではないぞっ!!」
「だろうな」
「あまり待たせると…っ、愛想尽かすからなっ!?」
「肝に銘じておく」
クスリと笑った一史はオレの目元に唇を寄せると、目尻に盛り上がって来ていた雫を吸い取ってくれた。けど、それだけでは足りないくらいに溢れて来て……。
「お前も、それまでには俺に見られても反応しないようになっておけよ?」
「…わ、わかっている…っ!!」
コツンと額を合わせて言ってきた一史の眼前で、オレは泣いてしまっていた。
悪魔として生きて来たころから500年と少し。それまで1度も泣いたことがなかったオレだったが、一史と出会ってからは日々、些細なことで涙してばかりだ。
「絵瑠」
「ん…っ…」
軽く合わさった唇をオレから吸って、一史の首に手を回す。
「……絵瑠……」
「かず、しっ……」
吐息と一緒に名を呼ばれ、呼び返した声は口腔内に吸い込まれた。入り込んできた舌に自分のそれを絡めて応えるうちに、唇の端から飲みきれなかった唾液が零れて筋を作る。それを追うように下りて来た一史の唇が、首筋にチクリとした痛みを与えて来た。
「ぁっ、そこ…あとつけちゃっ……」
「……明日は撮影か?」
「いっ、や! あ、したはっ……ショーがある、んっ」
顎まで舐め上げられながら囁かれ、仰け反るオレの背に、いつの間にか一史の手が直に触れていた。背骨を辿るように撫で上げる指先にくすぐったさとも取れる快感が湧きあがる。耐えきれずに胸を突き出せば、反対の手が着ていたシャツのボタンを外してオレの白い肌を露わにさせた。
「そうか。明後日は?」
「午、前中はぁ……オフだっぁん!」
くすぐる様に柔らかく。平らな胸をなぞる指に言葉を途切れさせながらも告げれば。
「それなら、今日のところは…お前を泣かせるだけで満足しておこうか」
「んんっ!!」
首元にあった一史の顔がまた上がって来て、さっきよりも深く唇が合わさった。上顎をなぞる舌が奥に入り込んでは戻り、入り込んでは戻りを繰り返し、ゾワゾワとした快感に足の力が抜ける。
そんなオレの身体を抱え上げた一史は寝室へと移動すると、シーツの上にそっと横たえた。
スプリングを軋ませながらベッドに乗り上げた彼は、チュッと音を立ててもう1度キスした後、脱がせかけていた上着を腕から抜き取りつつ首筋に舌を伸ばす。顎から鎖骨へゆっくりと降りて行ったかと思えば、ペロリと各所を舐めながら耳の裏側へ。
「ん、やぁ…っ、くび、ばっか…舐めなっ…でぇっ」
少しずつ少しずつ生まれて広がって行く気持ちよさに首を反らせる。一史はそれに目だけで笑うと再び唇を移動させて……。
「ここ、イイんだろう?」
「ぁあっ!」
喉仏を口全体で覆って微かな隆起を舌先で刺激してきた。
そこでオレが感じることを知っている一史は、仕事さえ無ければ容赦なくキスマークをつけてくるのだが。今日は舌と唇を柔らかく使い、あとをつけないように注意しつつ、それでもオレの下半身に熱を溜めるだけの快感をしっかりと与えてくれた。
先に胸へと移動した手が薄いそこを覆うようにして揉んでくる。手の平に微かに立ち上がった尖りが掠れるだけで鼻にかかった吐息が漏れるが、追って来た舌も唇もそこに触れようとはしなくて。
「…っ……も、っと…もっと、強くっ、して」
「こうか?」
強い刺激が欲しくて自分から強請ったら、指先で主張し続けるそれをキュッと摘まれて電気が走ったように身体がビクリと震える。
「ぃっ、あぁ! そっう…そう、んっ!!」
反対の乳首はもう片方の指の腹で押しつぶされ、腰が自然に揺れてしまう。
「んっ、ふ…あ、ぁっ…ん…」
唾液で濡らされ、吸いつかれ、軽く歯を立てられ……胸への刺激に酔っている間にハーフパンツの合わせを開かれる。そこから覗いた下着は既にオレの中心から溢れだした先走りで濡れ、色を変えていた。
徐々に一史の頭が下がって行き、舌でへそをつつかれた。くすぐったくて身を捩ると、下着にかかっていた彼の手に力が入り、ズルリと下半身を露わにされてしまった。
空いた両手を膝裏に添えられ、グッと勢いよく左右に開かれる。それによって目に入ってきた光景に視界が赤く染まった。
一史の顔の前で、快感の涙を零すオレ自身がフルフルと震えていたからだ。
そこに触れられたときの気持ちよさを知っているからこそ、期待に喉を鳴らしてしまっていた。が、一史はふぅっと息を吹きかけるだけ。
な、んで……?
待っていたからこそ訪れなかった快感に落胆する気持ちすら、自分の肌を粟立たせる。ゆっくりとオレの視線を引き付けながら下りていった唇は、敏感な内腿を羽のように柔らかくなぞるのみ。その度にぴくりぴくりと反応するオレは、先端から新たな滴を垂れさせる。
もう、いつイってもおかしくないほど膨れあがったそこ。けれども、決定的な刺激が足りなくて。
触れて欲しい。舐めて、擦って。イかせて…欲しいっ!
「か、ずし…一史ぃ…っ!」
ポロポロと涙を溢しながら手を伸ばして一史の頬に触れれば。
「手でイくか? それとも口でイくか?」
唇を舐めながらそう聞かれ……。
「…っ…口で…イかせてっ」
そこで与えられる快感を想像し、オレは腰を揺らしていた。
「わかった」
ニヤリと笑んだ彼は、潤んだ瞳を向けるオレを上目で見ながら大きく開いた口腔内に欲望を飲み込んだ。
「あぁぁ!」
待ち望んだ瞬間に一段と大きな声が上がる。全身に滞留していた気持ちよさがすぐにそこへと集まって行き、思わず目を閉じて首を振っていた。
「んぁ、は……っいい…きもちっ…」
真っ暗になった視界にぶちゅぷちゅと届く水音が更にオレの体感を煽り、産毛が立ったようになる。そんなオレの身体中を撫でていた一史の手が、急に爪先で乳首を弾いて仰け反った。
「ぃっあ」
執拗にそこを責めつつ、別の手は猛りの根元を締め付けて小刻みに上下していて。窄められた唇も舌と一緒にそこを刺激するから、既に限界の近かったオレはすぐに音を上げることになった。
「もっ、はなしてぇ!! イく…っイくからぁ!!!」
「…そのまま、出せ…っ…」
「ひっ、ぁ…――――――――!!」
先端を吸うようにされた、と思ったらビクッと大きく揺れた腰から全身へと痺れが広がり。飛び出した液体を全て受け止めた一史は、オレのものを咥えたままでそれを飲み込んだ。
「んっ」
閉まる喉の感覚に身体が震えても唇は離れず。根元から全て舐め上げてそれをキレイにするまで、敏感になったオレの身体は彼の与える刺激にピクピクと反応せざるを得なかった。
やっと解放された、と身体から力を抜いた瞬間。開かれた足の間……自分では見られない後ろの蕾にキス、されていた。
「っ!」
「こっちは明日…な」
カァァッと快感のせいだけでなく顔を赤くしたオレは、ニッと笑う一史に微かに頷くことしかできなかった。
一史は名残惜しそうにそこを指先で撫でると、割り開いていた足を閉じさせて身体を起こし、オレの隣に寝転がる。そしてまだ脱力したままのオレをギュッと抱き寄せた。
その時。一史の膨らみが足に触れてハッとした。服越しでもしっかりと分かる熱さと硬さに首を動かす。
「…一史は…いいのか?」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
頭上から落ちてくる声はいつものように冷静で、本当に大丈夫だとわかった。けれど、1度立ち上がったそこをそのままにするのがいかに辛いか知っているだけに、オレはもぞもぞと手を動かして一史に触れようとした。が、すっと腰を引かれてしまう。
「……一史?」
もう一度、本当にいいのかという問いを込めて名を呼ぶと、腕の力を緩めた一史が額に柔らかなキスをくれる。少し離れたおかげで視界に映った瞳は、いつもベッドでオレを翻弄するときの激しさを孕み、口元には、見ただけで心臓が高鳴るほどの妖しい笑みが……。
「心配するな。溜めた分、明日たっぷりお前の中に出してやる」
「…ゃっ…」
同時に尻の狭間に触れられて、イったばかりのそこがピクリと反応してしまった。
「まだ足りないか?」
「だ、大丈夫だ!」
笑いを含んだ声で問われ、慌てて首を振る。
もっとしたい気持ちはもちろんあったが、これ以上泣かされても明日の仕事に支障が出るだけ。それに……きっとこの高ぶりは、ただ射精するだけでは収まらないと思ったから。
「明日で……いい」
「わかった。明日な」
一史は再びオレを腕の中に閉じ込めた。
触れた胸から微かな鼓動が伝わってきて、その規則的な振動に耳を傾ける。
トクン、トクン……。
心地よいそれに身を任せるうちに、オレは夢の世界に旅立っていた。
- end -
2014-02-10
「ポケクリ」にて、全体作品閲覧数10万超えのお礼に書いた作品。
屑深星夜 2011.7.5完成