幸せ運ぶ





 風、爽やかな5月。
シルバーリーブもすっかり木々の緑に覆われ、木漏れ日が美しい季節だ。
 シロは、そんな街中にひとりでやって来た。
昼食後、ルーミィはクレイと魔法の練習をすることになっていたため、それが終わるまで少し散歩しようと思ったからだ。
 猪鹿亭の前を通り過ぎ、いつもルーミィと遊ぶ原っぱまで行こうかと思っていた、ふと目に入った白いものに足を止める。

 なんデシ…?

 近寄ってみれば、白い封筒に赤いハートのシールが貼られた手紙がポツンと落ちていた。
 顔を近づけてよく見てみると、シールで封がしてある以外の装飾はない。
器用に前足の爪でひっくり返せば、そこも真っ白。
 差し出し人の名前も、受取人の名前もないようだった。

 きっと大切なお手紙デシ。
持ち主しゃんに届けてあげないといけないデシ!

 そう考えたシロは、手紙を口にくわえて周囲を見回した。
すると、5メートルほど離れた場所で首を傾げながらウロウロしているおじいさんがいた。
 もしかしたら手紙をなくして困っているのかもしれない、と考えたシロはその足元まで駆けて行く。
「わんデシ!」
 地面に手紙を置いて声をかければ、彼はハッとして手を打ち鳴らす。
「おぉ、そうじゃった! ラミールのところに呼ばれとったんじゃ。歳取るといかんのう……何をしようとしとったのか、すぐ忘れてしまう」
 ボリボリと、左右に僅かに白い髪の生える頭をかいた彼は、自分を見上げるシロを見るとニコリと微笑む。
「お前さんの面白い鳴き声で思い出すことができたわい。ありがとな」
 手紙には見向きもせず。
それでも笑顔で目的地へと向かうおじいさんの背中をシロはしばらく見つめていた。

「あぁ……どこにやったのかしら」

 背後から届いた微かな声に振り向けば、地面に手足ついて何かを探している中年の女性がいた。
 恰幅の良い身体にボリュームのある茶色の髪。
ふっくらとした頬に土がつきそうなほど、一生懸命探している様子に、この手紙を探しているのかもしれない、と考えたシロは再び封筒をくわえると彼女の方へと走って行く。
「わんデシ」
 女性の左足付近にやってくると、手紙を地面に置いて声をかけた。
「わんちゃん?」
彼女は顔を上げて振り向くと、驚いたように目を見開く。

 やっぱり、この手紙を探してたんデシね。

 そう思って鼻先で手紙を押し出そうとすると……。
「あ…あ、あ、あった――――っ!!!!」
 急に大声を上げた女性が、手紙 ―― ではなく、指輪を手に取った。
シロの右前脚のすぐそばに落ちていたらしいそれは、シルバーのリングにキラリと光る透明な石がついている。
全体を見て確かめた彼女は、心底安心した表情でそれを握りしめる。
「あの人がくれた指輪…みつかってよかった」
 あの人が誰なのか。
そして、どんな経緯で女性に贈られたのか。
 詳しいことは何もわからなかったが、とても大事なものだと言うことは伝わって来た。

 よかったデシ!

 そう思って見ていたら、
「わんちゃんのおかげね。ありがとう」
笑顔を浮かべた女性は、指輪をはめた左手でシロの頭を撫でた。



 女性が去った後も周辺を探したが、なかなか手紙の持ち主は見つからなかった。



 泣いていた小さな女の子は、母親とはぐれて不安だっただけ。
 シロが、少女の涙を止めようと、かけた鳴き声に引き寄せられた母親と無事に再会。
女の子はニコニコ笑顔で家に帰って行った。

 スケッチブックを抱えてボーっと噴水を見ていた男性は、描きたいものが見つからずに困っていただけ。
 手紙をくわえて現れたシロを見たとたん、目の色が変わって筆を持つ。
白い子犬と手紙が彼に創作意欲を与えたようだった。



 持ち主しゃん…気づかないでお家に帰っちゃったんデシ…?

 もう1時間は探しているのに、持ち主が見つからずに困っていたら、急ぎ足で駆けてくる10代前半くらいの女の子がいた。
 キョロキョロと辺りを見回すたびにみつ編みにしたうす茶色の髪が揺れている。

 あの人かもしれないデシ!

 手紙をくわえて走って行けば、途中で気がついた彼女がしゃがみ込んで迎えてくれる。
「あたしの手紙! あなたが持ってたのね!!」
 シロの口からそれを受け取った少女は、シロの首元を撫でながら問う。
「…もしかして、探してくれてた?」
「わんデシ!!」
 言葉は通じなくても、伝わることもある。

「ありがとう」

 彼女はシロを抱きあげるとギュッと抱きしめた。



「……この手紙ね、実はずっと前に書いたんだ」
 シロは、噴水の縁に座った彼女の膝の上で話を聞いていた。
 小さなころからずっと近くにいた幼馴染の男の子。
頭が良くて勉強熱心な彼は、短期留学だと言って3ヵ月ほど別の街に行っていたのだそうだ。
 離れてみてはじめてわかる、彼への気持ち。
 幼馴染としてでなく異性として好きなのだと気づいた少女は、その想いをこの手紙に綴った。
 彼がシルバーリーブに帰ってきて、もう1ヵ月。
気持ちを伝えたいと思っていた彼女だったが、もしだめだったら…ということを想像してしまい、あと1歩が踏み出せずにいたのだ。
「でもあたし、やっぱり彼の側にいたいの。幼馴染じゃついていけなくても、恋人だったら……彼がどこにいっても追いかけていけるもん」
 どこか遠くを見つめるエメラルド色の瞳は、キラキラと光っていて宝石のようにも見える。
綺麗なそれを見上げていたら、急に目が合った。

「……ね、お願い! 一緒について来て!! そしたら言える気がするの!!」

 不安そうな面持ちの彼女にそう言われて、断るようなシロではない。

「わんデシ!!」

 応援するデシ! と気持ちを込めて返事をしたのだった。





 いつの間にか日も傾き。
美しい黄緑色だった葉っぱたちも夕焼け色に染まり出したころ。
「ただいまデシ」
 シロはやっとシルバーリーブの自分たちの家に帰ってきた。
リビングに行くと、頬をこれでもかと言うほど膨らませたルーミィが仁王立ちになって彼を迎えた。
「しおちゃん、どこいってたんら!」
「シロが帰ってくるの、ずっと待ってたんだぞ」
「ご、ごめんなさいデシ!」
 そう言えば、少しだけ散歩してすぐに帰るつもりだったのに。
すっかり忘れて手紙の持ち主探しに没頭していたシロは、ルーミィにしっかりと頭を下げて謝った。
 そこを2階から降りて来たパステルが通りかかる。
「あれ? シロちゃん。何かいいことでもあった?」
「!!」
「あ、あったんだね」
 驚いて目を見開いた彼にパステルは目を細める。
「…パステルおねーしゃん、何でわかったんデシ?」
「だって、すっごく嬉しそうなんだもの」
 言われて前足で自分の頬を抑える。
そんなに嬉しそうな顔をしているのか、と確かめてみたくなったのかもしれない。
 パステルとシロのやり取りを見ていたルーミィは、怒っていたのも忘れて首を傾げた。
「どうしたんら?」
「僕…落し物のお手紙を届けてたんデシ」
「持ち主さんは見つかったの?」
「はいデシ!」
 元気よく返事するシロに、クレイとルーミィが目を輝かせる。
「すごいな」
「しおちゃん、すごいお!!」
 2人に褒められて照れる彼にパステルが聞く。
「その人、喜んでくれてた?」


 脳裏に浮かぶのは、細められたエメラルドグリーンの瞳。


 ゆっくりと頷いたシロは、

「……すっごく幸せそうだったデシ!」

大きな大きな声でそう言った。




     fin







NEXT / TOP