ラブレター





 早々に梅雨に入ったはずなのにな。
それが嘘みてぇに、ここんところいい天気が続いてた。
 とはいえ、今日は曇り空。
生あったけぇ風が吹いてて、ちょっとジメッとした感じにやっぱ梅雨なんだな…って思わされた。



「あれー…?」
 ノルが作った昼飯を食った後、部屋に戻ったパステルが首を傾げながら降りてきた。
「ねぇ、みんな。わたしの机の上に置いといた手紙、知らない?」
「? 手紙デシか?」
「しあないおう」
 同じ部屋で過ごしてたはずのチビたちが首を降るんだぜ。
別の部屋にいたおれたちが知るわけねぇだろ?
「おめぇ、手紙なんか書いてたのか」
 ソファーに座ったままそう聞けば、手の届く位置までやってきたパステルはコクリと頷く。
「ごはん食べたら渡しに行こうと思ってたんだけど……」
「窓は開けたままにしていましたか?」
「うん。最近暑いし、1時間弱のことだからいいと思って開けっ放しにしてた」
 その答えを聞いてたんだろう。
昼食の後片付けを終えたクレイが、タオルで手を拭きながらこっちに来る。
「今日は風が結構出てるからなぁ…もしかしたらどこかに飛ばされたかもしれないぞ」
「うー…そっかぁ~……ありがと。もうちょっと探してみる」
 はぁっとため息をつくパステルの顔は困ってもいたが、どこか恥かしそうに見えた。



 曇ってても雨は降りそうになかったかんな。
おれは外に出て、いつもみてぇに木の上で昼寝でもしようかと考えた。
 ふ、と目に入る白いものがあってよく見てみれば、ちっちぇえ紙みたいなもんが落ちてるようだった。
 近づいて拾い上げたそれは、純白の封筒に入った手紙。
普通なら宛名が書かれる場所には何もなく、ホントに真っ白。
 裏を向けても文字らしきものはなく、ただ1つ、赤いハートのシールでしっかり封がしてあった。

 まさか……パステルが書いてた手紙ってこれか!?

 考えたとたん、ドクンと胸が高鳴った。

 いや、だってよ。
この手紙、ラブレターみてぇじゃねぇか!
あの鈍感女に限ってラブレターなんて、ありえねぇだろ!?

 手に持ったそれを凝視したまま心の中で首を振るおれの耳に、パステルの声がよみがえる。 


―― ごはん食べたら渡しに行こうと思ってたんだけど……。


 ついでに、どこか恥かしそうに見えた顔も浮かんできて、カッと頬が熱くなった。


 も……もしかしたて、おれに、とか!?


 そう思っちまったらもう、さっきまで疑ってた気持ちなんかどっかに吹っ飛んじまってた。





「トラップ!」
 急に呼びかけられて振り向けば、らしくもなくもじもじと下を向いたパステルが上目遣いでこっちを見てた。
「……あんだよ、パステル」
「あの…ね? あの……この手紙、受け取ってくれる?」
 不思議に思って首を傾げたおれに、少し迷った様子を見せたこいつはそっと後ろ手に隠していたものを差し出してきた。

 それは、ハート形のシールが貼られた真っ白い封筒。

 シールと同じくれぇ顔を赤くしたパステルに、それに手を伸ばすこっちまで体温が上がってきちまった。
「返事は後でいいから!!」
「ちょ、待てっ!」
 おれが封筒を掴んだ瞬間、走り去ろうとしたパステルの腕を掴んだ。
「は、離してよ…トラップ」
 グッと力を入れておれの手を振りほどこうとするこいつは、背を向けてても耳が朱に染まってて。
いつもと違うその様子に、おれはゴクリと唾を飲み込んだ。

「これ……ラブレター、か?」

 期待を込めて聞いた言葉に、パステルはそのままの姿勢で微かに頷く。
 “ラブレター”と確認したにも関わらず、まだ信じられねぇおれは、はっきりさせたくて続けて問う。

「おめぇ、おれが好きなのか?」

 とたんに、視線の先に合った頭から湯気のようなものが見えた……ような気がした。

「は、恥かしいから言わないでよ…っ! だから手紙にしたのに……」

 バッとこっちを向いたパステルは、茹でだこみてぇになっててよ。
羞恥に潤んだはしばみ色の瞳がすんげぇ色っぽくて、思わず繋ぎとめてた腕をグイと引っ張った。
「キャッ!」
 飛び込んできた身体を心のままに強く抱きしめる。

 やっと…やっと手に入れたっ!

想い続けた相手の熱をずっと感じてたくて、しばらく無言で抱き続けてたら…
「と…トラップ……?」
…おずおずと名前を呼ばれて我に返った。
 拘束を緩めてパステルの顔を見れば、一体何で抱きしめられたのかわかってねぇって顔してやがる。

 ……やっぱ、鈍感は変わらずか。

 思わず苦笑した後で、おれは正直な気持ちを伝えるために口を開く。


「おれもずっと、おめぇのことが好きだった。だぁら、すっげぇ嬉しい」


 ゆっくりと見開かれる目。
そこに涙が盛り上がって……。
「う、そ……」
言葉と一緒に零れ落ちた。
「嘘じゃねぇよ」
 おれは、透明なその滴を指で拭ってやりながら微笑みかける。
 そしたらクシャリと顔を歪ませて……嬉しいのか悲しいのかわけわかんねぇ表情で本格的に泣きだしやがった。

 んな顔見せてくれんのが、すっげぇ幸せでよ。

「……パステル」

「っ…トラップ……」

 名前を呼んだおれを見上る瞳が、そっと閉じられた。
 おれは、ほんのちょっと突き出すように差し出された唇に吸い寄せられて……。





 ……うっ…うおぉぉぉ――――――っ!!!!
もっ、もしかしたら、こうなるかもしんねぇじゃねぇか!!!

 おぉっし!
まずは…この手紙がパステルのか確かめて、っと。
で、それとなーく返してやんねぇとな。



 おれは、内心の興奮を出さねぇようにして、懐に手紙を入れたままパステルの部屋に向かった。
 風が吹き込んでくるドアからひょいと中を覗けば、パステルは床に這いつくばってまだ手紙を探してるみてぇだった。
「パステル。さっき言ってた手紙、見つかったか?」
「ううん、まだ~」
 ベッドの下を覗きながら答える背中に、ますます現実味が増したとニヤリとしつつ。
いつもと喋り方がかわんねぇように気をつけながら声をかける。
「探してやるよ。それってどんな封筒だ?」
「白だよ。シールで封がしてあるの」
「なんの形だよ」
「え~? ハートだけど?」
 探すのに夢中になってんのか至って普通に返って来た答えに、おれはグッと拳を握る。

 やっぱり、これだ。
この手紙がパステルが書いたやつなんだ!!

 おれは懐に手を入れて、たった今、手紙を見つけたかのようにそれを出す……

「あ、あったー!!!」

……前に、パステルの嬉しそうな声が響いた。


「へ?」


「よかったぁ! もう1回書かなきゃいけないかと思っちゃった」
 よくよく見れば、パステルの手には全く同じ作りの白い封筒が握られていた。
ちゃーんとハート形のシールも貼ってあって、一瞬、おれが持ってるやつを落としちまったんじゃねぇかと思うほどだ。
けどよ、懐に入れた手にもちゃんと手紙があるもんだから……あれは、全く別のもんなんだと理解できた。
「も…もしもし? パステルさん。それ、誰宛の手紙?」
 ベッド下に手を伸ばしたからか顔や髪に埃をつけたパステルに、茫然としながら聞けば。
「え? リタよ?」
何でそんなこと聞くのって顔してそう答えやがった。

「な、何で同じシルバーリーブにいるやつに手紙なんか書いてんだよ!!」

「えー? だって、リタ、いっつも忙しいし……面と向かって言えない話だってあるじゃない、ねぇ?」
 急に声を荒げたおれの前で首を傾げるパステルに、ガックリと肩を落とすことしかできなかった。



 まぁ、最初っからありえねぇと思ってたさ。

 けど、盛り上がりすぎた自分の願望がこうも簡単に崩れちまったら……誰だって力抜けんだろ?
 さっさと猪鹿亭に向かったパステルの部屋で、おれはしばらく立ちつくしてた。

 ……じゃあ、この手紙は一体誰のだよ?

 やっとこさ復活して残ったのは、この疑問だけだ。
渦中のブツを懐から取り出しながらパステルの部屋を出たときだった。
「あー!! トラップ! それ、どこで拾ったんですか!?」
「あぁ? 家のすぐ脇だけどよ」
 キットンの声に反射的に答えてから、ハッとした。

「…って、これ、おめぇのか!?」

 考えたまま口に出せば、キットンは頬を緩めて頷きやがる。
「はい。パステルが手紙がなくなったと言っていたのでまさかと思ったら、わたしのも風で飛ばされてたようでして…」

 ちょっと待て。
こいつが手紙を書くのはいい。
よくスグリに出してんの知ってるしな。

 ……けどな。

「おめぇがこんなハートのシール使うのか!?」

 百歩譲って、キノコ型ならいい。
けど、ハートはキットンじゃねぇだろ!!

 おれの叫びに、この野郎。
「え? スグリに送ると言ったらパステルがくれたんですよ。このシールを貼ったことで、わたしの愛がより一層伝わると思いませんか?」
 気持ち悪ぃ笑いと一緒にそう返して来やがった!!


「こんっの……まぎらわしいことすんなっ!!!」

 ゴンッ

「ギャ―――!! 何ですかトラップ! いきなり殴らないで下さいよ!!」」


 音が聞こえるほど力強く拳を叩き落しても、まだ治まんねぇイライラに舌打ちする。
キットンが大声で非難してくんのもまたムカついてムカついて……。



「うるせぇっ!!!」



 おれはそう吐き捨てると、乱暴に手紙を放り投げつつダッシュで外に出た。



 空は相変わらず厚い雲に覆われて。
まるで今のおれの心ん中みてぇにモヤモヤしてやがる。

 スッキリしないそれに、自分の頭をこれでもかってほどかいたおれは……


 はぁー……。


…長い長いため息をひとつ、吐いた。




     fin







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