喜びの歌
ん〜!! 今日も気持ちのいい朝っ!
この清々しい空気を胸いっぱい吸うと、朝が来たなって思うのよね〜!
あたしは、茶色い小さな身体を精一杯膨らませて、朝方の澄んだ空気を思いっきり吸いこんだ。
そして、視界の中を通った仲間の影に声をかける。
おはよー!
今日も暑くなりそうね!
パッとこっちを見たおじさんは、まだ梅雨が明けてないってのに毎日暑いな、って返してそのままどこかへ行ってしまった。
彼の言う通り。
雨の季節はまだまだ終わってないはずなのに、ここのところそれが嘘のようにカンカン照りの日が続いてるんだ。
あたしたち水が得意じゃないから雨が降らないのはありがたいんだけど、それだと草が育たないし、それを餌にしてる虫さんが困っちゃうでしょ?
そうなると、もちろんあたしたちだって困るわけで。
…え? 何でかって?
だってあたしたち、それを餌にしてるんだもの。
あたしの名前はジュラ。
シルバーリーブに住んでる小さな鳥なの。
人間は身体の大きさとか羽根の色であたしたちのこと呼び分けてるみたいだけど…そんなのあたしは知らないし。
茶色いけど艶のある羽根とフワモコの白い胸があたしの自慢よ!
気持ちのいい空気を吸って機嫌よく歌を歌ってたら、キィッと小さな音を立ててすぐそばの家の扉が開いたの。
あ、ノルさんだ!!
彼はこのシルバーリーブに住んでいる冒険者。
巨人族だからあたしなんて片手で握りつぶされちゃうくらい大きいんだけど、すっごくすっごく優しくってね!
何より、あたしたちの言葉をわかってくれる素敵な人なのっ。
ノルさん、おはよう!
枝から下りて側に行くと、あたしたちの言葉で朝の挨拶をしてくれる。
あたしがいた木の根元にノルさんが座るのを確認すると、近くにいた仲間も彼の元にやってきた。
まだ人間のほとんどは夢の中だっていうのにいつも早起きするノルさんは、朝ご飯までこうやってあたしたちの話を聞いてくれるのよ。
多くを語らない人だけど、とーっても聞き上手で。
あったかくて小さな瞳に見つめられてるだけでも、いろんなこと話したくなっちゃうのがホント不思議なのよね。
今日は何を話そうかなって考えながらみんなでお喋りの順番を考えてたら、ノルさんが言うの。
『みんな、この手紙の持ち主を知らないか』
上着の中から取り出したのは真っ白な封筒。
宛名も名前も書いていなかったけど、赤いハートのシールで封がしてあった。
それ、どうしたの?
あたしが聞くと、
『昨日、広場で拾った』
…って返って来た。
昨日、あたしは森の方に行って1日中遊んでたから全く心当たりがなかったんだけど、仲間のひとりがあぁ、と頷いたの。
知ってるの!? とみんなで詰め寄ったら、女の子が落としていったんだ、って自慢げに言うのよ。
ノルさんの役に立てるからってこれ見よがしにそんな顔しなくてもいいのにっ! もうっ。
それで、よくよく話を聞いたらね。
シルバーリーブの大通り裏にある三角屋根の家に住んでる10歳くらいの子が、学校に行く途中に転んで荷物をぶちまけてたんだって。
鞄の中から落ちたそれを彼女が拾い忘れていったのを見てたみたい。
話を聞いて何度か頷いたノルさんは、ニコリと笑ってあたしたちに言うの。
『みんなに頼みたいことがある』
もちろん、それに嫌だっていう仲間は誰もいなくて。
あたしたちは小さな声で語り出すノルさんに一段と近づいて話を聞いたわ。
それはもう、ドキドキワクワクするような計画でね!
あたしたちみーんなやる気満々っ。
さっそく行動に移ったの。
その日は1日、手紙の持ち主っていう女の子の行動を近くで窺ってたのよね。
今日はたくさん鳥がいるね、って人間たちに言われちゃってたけどそんなの気にしてられないわ。
だって、彼女が学校から帰るまでにどうしても調べなきゃならないことがあったんだもの。
……うん! 絶対アレね!!
キラリと目を輝かせるあたしに、隣に並ぶ仲間たちも口々にアレだアレだと口に出す。
そしてみんなでニンマリと笑顔を交わし合った後、学校が終わる時間まではソワソワしながら時間をつぶしたの。
そして、待ちに待った下校時間。
女の子が家路につくのを確認して、ついにあたしたちは計画をスタートさせた。
ノルさんから預かっていた手紙を何匹かで咥えて空を舞うあたしたちは、昼間チェックしておいたアレの前を横切る。
「なんだ…?」
そりゃあ、鳥がこんな手紙持って飛んでたら気になるわよね?
予想通り、あたしたちを早足で追って来るアレを街の広場まで誘導していったの。
よぉっし、時間ピッタリ!!
あたしが思わずそう叫ぶくらい。
少し前を歩いていた手紙の持ち主が、ちょうど広場に足を踏み入れた。
今よ!
合図と共に女の子の目の前に素早く移動したあたしたちは、手紙をヒラリと落とす。
「あ! それ!!」
びっくりしながら地面に落ちた手紙を手にする彼女の後ろ姿を、アレ ―― 同じクラスの男の子が肩で息をしながら見てた。
「その手紙…お前のなのか?」
「え…?」
聞こえた声に振り向いた女の子は目を見開く。
「いや、鳥が手紙みたいなの持ってるから気になって……」
ニカっと笑う彼にほんのりと頬を染めた彼女は、一瞬、手の中の手紙を見て迷う素振りを見せる。
……んもう! じれったいんだから!!
1日ずーっと彼女の様子を見てたあたしは、もう我慢ができなかった。
だって、この子!!
傍から見ててわかるくらい、この男の子のことばっかり見てるのよ?
ポーッと夢見がちな瞳で横顔とか背中を見つめちゃって。
好きで手紙を書いたなら、ハッキリ言っちゃいなさいよ!!!
あたしひとりじゃちょっと重たかったけど、彼女が持ってた手紙をなんとか咥え、彼の手の中に落としてやる。
「あ……っ」
ほんのちょっとだけあたしを止めようとしたけど、きっと覚悟をきめたんでしょうね。
「……これ……?」
「あ、あのねっ! わたし……わたし……」
首を傾げる男の子の前で、ゴクリと唾を飲み込んだ彼女は。
「あなたが好きです! その手紙、読んで下さい!!!」
広場中に聞こえるくらい大きな声で、そう言ったの。
『どうだった?』
次の朝、いつもと同じように家の前の木に背を預けて座るノルさんが聞いてきた。
そんなの、大成功に決まってるでしょ!
仲間たちみんなで胸を張ってそう言えば、
『そうか、よかった』
…と、本当に嬉しそうに笑うノルさん。
それを見ただけであたしたちは自分たちがもっともっと誇らしく思えてね。
みんなニヘッとだらしない笑みを見せちゃってた。
あの後、どうなったかって言うとね。
男の子は顔中真っ赤にしてお礼を言うと、手紙を読む前に彼女の気持ちに応えてくれたんだ。
もう、あたしたちまで嬉しくなっちゃって。
うれし涙を流す女の子の回りを飛び回りながらみんなで大合唱しちゃったわ。
きっとこうなるって思ってたから、あたしたちも実際に計画を実行したんだけどね。
予想って外れることもあるじゃない。
だから…やっぱりどうなるか不安でもあったんだけど。
こうやって素敵な結果を迎えられるっていうのはホントに嬉しかったな。
そのときのことを思い出して鼻歌を歌ってたらね。
『みんな、ありがとう』
ノルさんの優しい声が聞こえて来て。
あたしたちは昨日よりももっともっと嬉しい気分になっちゃって、まだ朝も早いのに盛大に歌いはじめちゃったの。
あぁ、もう!
すっきりした朝の空気の中で歌うのって最高よね!!
優しい笑顔に見守られながら、彼の仲間にうるせぇ! って怒られるまでずーっと。
大声で喜びの歌を奏で続けてた。
fin
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