持ち主は
「じゃ、行ってくるね」
大きな封筒を抱えて2階から下りたわたしは、リビングのソファーに座っているクレイにそう声をかけた。
「あぁ、ルーミィはおれが見てるから心配しなくていいよ」
彼がチラリと視線を向けた先には、シロちゃんと一緒に床に広げた画用紙に夢中になっているルーミィがいる。
クレヨンも散らばってるから、何か絵を描いてるんだろうな。
「ありがとう、クレイ!」
帰ってきたら見せてもらおうと思いながら、クレイに微笑んだわたしはバタバタと外に駆けだした。
わたしの手の中にあるのは、『冒険時代』の原稿。
いつでももうちょっと早く書きあげられたらいいのにって思うんだけど、どうしても筆が進まなくってギリギリになっちゃうんだよね。
「……出かけんのか?」
頭上から落ちて来た声に顔を上げたら、木の枝の上でくつろいでるトラップがこっちを見下ろしてた。
「うん。原稿届けに行って来るね」
やる気のない視線を受けながらひとつ頷いたら、
「迎えにいくの面倒だから、迷子になんなよ〜」
ヒラヒラ右手を振ってこう言うのよ?
失礼だと思わない!?
カチンと来たわたしは、体勢を変えようともしないトラップをキッと見上げる。
「いくらななんでもシルバーリーブで迷子になんかならないわよ!」
「いや、おめぇはなる」
うっ……。
即断言されて思わず言葉を失うわたし。
もっと仲間を信用してよ、って言いたくてもね。
自分でもいまいち自信を持つことができないし、トラップには何度も助けてもらってるでしょ?
だから強く出ることができなくて黙ってたら、呆れたように肩を竦めるの。
「せいぜい気をつけるんだな」
「…もうっ!! わかったわよ!」
これがトラップなんだってわかってるんだけど、この言い方がね〜。
誰だって頭に来るでしょ。
わたしは大声でそう返すと、落ちつかない気持ちのまま足音高く目的地に向かったんだ。
「じゃあ、よろしくお願いします」
ひとつ頭を下げて印刷屋から出たわたしは、締め切りに間に合ったことでホッとした胸を撫で下ろしつつクルリと回れ右をした。
そのとき、ふと目に入ってきた白いもの…。
「…?」
何だろうと思って近づけば、それ……手紙だったのよね。
手の平よりちょっと大きいくらいの真っ白い封筒には宛名も差出人の名前もなくって。
特徴的だったのは、赤いハートのシールで封がしてあることだけ。
来たときは何にもなかったんだけどなぁ?
少しだけ首を傾げながら手にしたそれを持って、わたしはしばらく悩んだの。
この手紙、どうしようかなって。
きっと落とした人は困ってるでしょ。
中身はわからないけど、想いが込められたものだってことは…シールを見て想像できる。
でも、わたしがこの手紙を持って持ち主を探したとするでしょ?
もしかしたら、探しに来た人とすれ違ったりするかもしれないじゃない。
だからって、印刷屋のご主人に預けても……どこで落としたか知らない持ち主さんだったら困るだろうし。
「……あ!」
そこまで考えて。
ふっと浮かんできたアイディアに思わず顔が微笑んじゃった。
その顔のまま、わたしは手紙を持って思いついたある場所に向かって歩き出したんだ。
たどり着いたのは……。
「オーシ!」
そう、シナリオ屋のオーシのところ。
わたしが声をかけると、こっちに気づいた彼はニヤリと笑うの。
「お? パステルじゃねぇか。おめぇがおれんとこに来るなんて珍しいな〜」
「珍しいって……しょっちゅうシナリオ屋に来れないくらい貧乏で悪かったですね!」
「すまんすまん、悪気があったわけじゃねぇよ」
……謝りながらも悪びれない姿は、どこかうちのトラブルメーカーを思い出させるんだけど……。
「……で、どうした?」
少しだけ頬を膨らませてオーシを見てたら、肩を竦めて聞いてくる。
ふぅっと息をして気持ちを落ち着かせたわたしは、持っていた白い封筒を彼に差し出す。
「あのね? これが、印刷屋の前に落ちてたんだけど…」
それで一緒に宛名も名前もないことを伝え、このシナリオ屋の屋台に置いてもらえないかって頼んだの。
「わたしが持ってるよりオーシに預けた方が、持ち主さんが見つけやすいかなって思って」
シナリオ屋なら屋外にあるし、人通りも多いでしょ?
人目に付きやすければ、その分持ち主も探しやすいかなって思ったんだ。
勝手なお願いだっていうのはよくわかってたから恐る恐るオーシを見れば、呆れた顔した彼は大きくため息を吐くの。
「はー……変な仕事押しつけるなぁ」
「わたしも声かけて持ち主さん探してみますから!」
「あー、いいいい。それで迷子になられても困るしな」
「えぇっ!」
ま、また!
オーシにまでそう言われるのって、それだけわたしが方向音痴ってことが知られてるってことよね。
な、なんかすごく恥かしい……。
俯いて何も言えなくなってしまったわたしの肩をポンと叩いたオーシは、
「ま、おめぇは気にせずおれに任せとけ」
二ッと笑ってそう言ってくれたの。
……うんっ!
これできっと持ち主見つかるよね!!
「ありがとう、オーシ!」
「礼はシナリオ買ってくれるだけでいいぜ?」
「あはは! お金が溜まったら絶対買いに来るから」
「かーっ! いつまでかかることか!」
軽口叩くオーシの姿もなんとなーく頼もしく見えてね。
わたしはお願いしますともう1度頭を下げて家に戻ったんだ。
***
「………ってことだ、残念だったなトラップ」
パステルが去った後。
彼女が見えなくなった方向を向いたままのオーシが口を開いた。
「…気づいてたのかよ」
「おめぇ、パステルの後、追っかけてただろ?」
背後の建物の影から音もなく現れたトラップに、ニヤリと笑って見せたオーシは大げさに肩を竦める。
「印刷屋の前で素知らぬ振りしてこいつを落としたのも見てたぜ」
その様子に舌打ちしたトラップは、次の言葉で目を見開くことになる。
「お前も大変な相手に惚れたもんだな」
「…っ!!」
まさか、オーシが自分の気持ちに気づいているとは。
予想外の出来事に驚いた彼はそのまま固まってしまった。
世渡り上手な男とは言え、そう言うところは案外初心なのだと知ったオーシは楽しそうに目を細める。
「ま、せいぜい頑張れよ」
ポン、と肩を叩きながら胸の前に差し出されたのは、パステルが預けたシール付きの手紙。
けっと声を出しつつも大人しくそれを受け取ったトラップの頬は……僅かに赤くなっていた。
fin
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