騒ぎの朝





 あれほど寝苦しく感じた夏の夜はどこへやら。
ここ数日、カラッとした秋の空気に覆われているせいか、朝晩は半袖だと少し寒く感じるようになってきていた。
 そんなある朝。
いつもより少し早く目覚めたおれは、身支度をし、鏡の前で変なところがないか身形を整える。

 うん、大丈夫だ。

 髪型も服装も問題ないのを確認したおれは、ひとつ頷くとミモザに会いにいくために部屋を出た。




 少しして、城内がざわついているのに気がついた。
耳を澄ませば、そこかしこでミモザを呼ぶ声が聞こえてくる。

 …何かあったのか?

 不安に思って早足でミモザの部屋へと向かえば、その前の廊下で顔を青くしているアルメシアンに出会った。
「ミモザ様ー! ミモザ様―――っ!!」
「アルメシアン、どうしたんだい?」
「おお、ナレオどの。姫様…あぁ、いえ、ミモザ様がお部屋にいらっしゃらないのです」
 部屋にいないだけで大げさなと思うかもしれないが、ミモザはこのキスキン国の女王だ。
その身に何かあれば国の一大事。
アルメシアンだけじゃない。
城内の者が焦っても仕方がないんだけどね…。
 状況が全くわからないからアルメシアンと一緒に部屋に入ってみると、オロオロと室内を右往左往しているメイドが2人いたんだ。
「いつもは身支度を整えると私たちを待っていて下さるのですが…」
「お部屋に行ったときにはもういらっしゃらなくて…」
 心底困ってる…って顔の彼女たちに、おれは、きっと大丈夫だからあまり心配しないで、と声をかけた。
 だって、ミモザはちゃんと朝の支度をしていなくなっているんだ。
寝間着はきちんと整えられてベッドに置かれているし、洗顔用のタオルを使用した形跡もある。
まだ若干湿ってるから、そんなに早い時間にいなくなってるわけじゃないみたいだしね。
 その辺から考えると、危ない目に遭っているわけではなく彼女が自分の意思で出て行ったんだろうということは想像できた。
 責任ある立場の人間が軽々しくひとりで出歩くのはよくないことだ。
 けど、彼女だってひとりの人間だ。
自分だけで過ごす時間が欲しいこともあるって周囲の人間は理解してるから、一言でも言ってくれれば駄目だなんて言わないのに。

 何で誰にも言って行かないかなぁ?

 おれは肩を竦めて苦笑した。




「いらっしゃいました――――っ!!!」
 それから5分もしないうちに、ミモザは見つかった。
 城内で働く者たちに声をかけながら歩いてたみたいで、目撃者多数。
すぐに居場所が知れて、怒り顔のアルメシアンの待つ自分の部屋まで連れて来られた。
「何をなさっていたんですか! 心配していたんですよ」
「…すまない」
 こんなに大騒ぎになるとはミモザ自身も思ってなかったんだろう。
本当に悪いことをしたという表情でしゅんとなる彼女に、おれもアルメシアンも大きくため息を吐く。
 ミモザは上目遣いでおれたちの様子を窺い、何の言葉も続かないことを確認したあと口を開く。
「朝起きたら部屋に手紙が落ちていたんだ」
「これは……」
 その白い手の中にあったのは、赤いハートのシールが貼られた真っ白な封筒。
 見たとたんに頬が引きつったけど、何でもない振りして首を傾げる。
すると、先を促されていると思ったのかミモザが続ける。
「宛名も差出人の名前もないのだ。この部屋にあったということは、わたくしに宛てたものだということは予想できるのだが……」
「本当にミモザに宛てたものか確かめたいって?」
 出てこない言葉を補うように問えば、コクリと頷く。
「それに…わたくし宛てで間違いがなかったとしても、差出人がわからないと困るだろう?」
「そうではありますが! 伝言もなしにおひとりで出歩くのはおやめくださいっ!!」
「すまない。今度からは気をつける」
 己を思うが故のアルメシアンの言葉に、ミモザは素直に頭を下げた。
アルメシアンはまだぐちぐちと何かを言っていたけど、政務に影響を出さないためにもすぐに朝食の準備を頼む…とか何とか言って、ミモザ以外の人間を部屋の外へと追い出したんだ。




 2人きりになって。
「それにしても……本当に誰の手紙なんだろうな」
 鏡の前でもう1度身形を整えていたミモザが呟いた。
その後ろ姿と一緒に、鏡の中の不思議そうな彼女に苦笑したおれは、肩を竦める。
「それ…おれの」
 本当に、まさか、だったんだろうな。
ミモザが鏡越しに目を見開くのが見えた。
「中には名前書いといたんだけどな。まさか開けてもくれないとは思わなかったよ」
「す、すまない……」
 振り向くのも忘れるくらい驚いているのに、とにかく謝罪の言葉を口にするミモザが可愛くて思わずクスリと笑みがこぼれる。
 でも、ミモザが謝ることはないんだよね。
今朝のこの騒ぎの原因は、手紙を書いたおれにあるんだから。
 だから、
「謝らないでよ。おれが悪いんだから」
って伝えたんだけど、フルフルと首を横に振って自分が悪いと主張する。
そういうとこも……好きなんだけど、ね。



 女王になってからのミモザは、思わず目を細めたくなるくらい輝いていた。
 睡眠時間を削らなければならないくらい忙しい毎日を送っているのに、それでも笑顔で、いつもやる気に満ちている。
 すれ違う者がみな振りかえるくらい、目が離せなくなっていた。
 女王って立場だから表立ってアピールするやつがいるわけじゃないけれど…女王だからこそ、縁談話が持ち上がるわけで。

 おれは、焦ったんだ。

 昔からずっと…ずっと気になってた。
城に連れられて行くたびに彼女の姿を探すくらい、気になってた。
 けど、ミモザを危険に晒すような事件も起こしたわけだしね。
素直になんかなれなくてさ。
今のようにミモザのそばにいられるだけで満足しておかなきゃ、と思ってた。

 でも、やっぱり……嫌だったんだ。

 おれ以外の誰かが彼女の隣に立っている未来を想像しただけで、頭が沸騰しそうだった!

 だから、手紙を書いた。
普段は隠しっぱなしのこの心を、紙の上にぶちまけた。
 もう1度読み返すのも恥かしいくらいの内容だ。
書き終えたことで少し正気を取り戻したおれは、ものすごく照れくさくて、封筒には何も書かなかった。
 


 それが今朝の騒ぎを引き起こして、結局恥かしい目に遭っているんだけどな。
「おれの気持ち…また後で読んでよ。さすがに今やられると恥ずかしいからさ」
「あ、あぁ……わかった」
 ミモザは、頬を赤く染めている鏡の中のおれにぎこちなく頷いた。
 ラブレターを出したってだけで丸わかりだとは思うけど、気持ちを直接口に出してはいない。
それなのにドンドンとうるさいくらいに鳴り響く心音は、いてもたってもいられない気分にさせて……。
「ま、また朝食のときにな!」
 おれはそれだけ告げてサッサと彼女に背を向けた。


「……あ、あぁ……」


 部屋を出る直前。
微かに届いたミモザの声が震えていたような気がした。
 けれど、振り向いて彼女の様子を確かめるほど自分に余裕がなかったおれは、勢いよくドアを開けて廊下へと飛び出した。



 鏡の中にいるミモザだけが、彼女の変化をしっかりと見つめていた。




     fin







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