風に吹かれて
早春…と呼ばれつつも、1年で1番冷え込むことの多いこの時季。
ジュダとデュアンは冬用のコートに身を包みながら、街中を歩いていた。
とはいえ、刺すような空気は顔や手にピリピリとした感覚を与え、元々白いデュアンの頬は少し赤くなっていた。
「どうして待てないのかなぁ…5分もかからなかったはずなのに」
彼のため息が白く変わるのを見ながら、ジュダはクスリと笑った。
デュアンとオルバ、ジュダ、ランドの4人は、旅の途中でこの街に立ち寄った。
腹ごしらえのために宿を出て食堂へ向かう途中、デュアンは、自分のショートソードを研ぎに出すために武器屋に寄ったのだ。
剣を預けるだけなので、3人にはほんの少し店先で待っていてもらったのだが…。
出てきたとき、3つあったはずの人影は1つに減っていた。
「待ち切れなかったのはランドだよ。オルバはそれに巻き込まれただけだ」
「でも、ジュダさんみたいに待つことだってできたはずですよね? オルバのことだから『これで寒い中待ってなくていい!』って、喜んでついていったんじゃないですか?」
不満げに少年が語ったことは、先程目の前で繰り広げられた仲間のやり取りと変わらず。
ジュダは面白そうに目を細める。
「よく分かるな、デュアン」
「ほらぁ!」
やっぱり! と、デュアン声を上げたそのとき。
ビュウゥゥ…!
「わっ!」
強い風が吹き寄せ、舞い上がった枯葉の1つがデュアンの顔にぶつかった。
手の平に包まれる程度の大きさのそれは、先の丸い葉が2枚、寄り添うようについていた。
デュアンの手に乗るそれは、何かに似ているとジュダに思わせたのだが…。
気にせずに葉を地面に落としたデュアンは、乱れた自分の髪を整えながら口を開く。
「すごい風でしたね」
「あぁ…大丈夫かい?」
「はい」
ビュウゥゥ!!
「わぁ!!」
デュアンが頷いたとたん、再び大風が吹いた。
それは、付近の店のものだろうチラシを宙に舞わせ、そのうちの1枚をデュアンの顔に貼り付けた。
「もー…こんな風の強い日にチラシ出さなくてもいいのに」
「そうだな」
チラシを剥がした向こうから現れたのは、苦々しい顔だ。
ジュダはそれに頷きながら、彼が持つチラシの中身に目をやった。
どうやら、すぐ横にあったお菓子屋さんのもののようで、大きなハートの中に文字が書かれていた。
デュアンは、置いてあった場所にチラシを戻すと地面に落ちていた石で重しをする。
これで大丈夫、と食堂に向けて歩き出すと、また一段と強い風がやってきた。
ビュウゥゥ!!!
「うわぁ!!」
ベシン、と音を立ててデュアンの顔に当ったものは…白い封筒。
痛みにだろうか、少し涙目になりながらデュアンが持ったそれには、赤いハートのシールが貼られていた。
「な、何だろ、この手紙……誰か落としたのかな?」
「宛名も差出人の名前もないようだが?」
「あ、ホントです」
ジュダの指摘に裏表を確認しても、文字などどこにも書かれていなかった。
シールで封をされているため、きっと中は何かが書かれているのだろうが…。
周囲を見回しても手紙を探しているような人物は見当たらなかった。
どうするべきか、と困った顔をするデュアンにジュダは優しく微笑む。
そして、
「中身を確かめさせてもらおうか」
と言うと、少年の手から手紙を取って封筒を開けてしまった。
しかし、中に便箋など入っておらず。
乾燥した小さな四つ葉のクローバーが1枚あっただけだった。
「これじゃ…誰のかわからないですね…」
自分の隣で腕組みする彼の言葉を聞きつつも、ジュダの視線はクローバーに注がれている。
最初の枯葉。
次のチラシ。
そして…この手紙とクローバー。
共通項は…一体何か。
ピンと来るものがあったジュダは、クローバーを再び封筒に入れるとそれをデュアンに差し出した。
「これは、君が貰っておくといい」
「……えぇ!? ど、どうしてですか!?」
「これ以上、何かが顔に飛んでくるのは嫌だろう?」
「は、はい…それは嫌ですけど」
3回も続けざまに物が飛んできたのだ。
やはり気分がいいものではなかったのか、デュアンは頷く。
「だろう?」
「だからって、何でおれがこの手紙を…」
それでもわけがわからないと封筒を受け取らないデュアンに、風が動いた。
ビュウゥゥ……ッ!!
「わぁぁ――っ!!」
彼の周りを囲むように渦巻く風を見ても、ジュダは動じず。
落ちついた声で口を開く。
「大丈夫だ。彼は受け取ってくれる」
とたんに風は柔らかいものに変わる。
ジュダは、驚いて固まっているデュアンの手に先程の手紙を持たせた。
「ほら、デュアン。それ、しまって」
「え、えぇ?」
「好意は素直に受け取った方がいい」
「は、はい……?」
どうして自分がこの手紙をもらわなければならないのか。
そして、誰の好意を受け取るのか。
わからないことはたくさんあったが、普段の様子と全く変わらないジュダに言われてしまえば…ぎこちなくも、それをコートのポケットに入れるしかなかった。
「さぁ、行こう。下手するともう出来あがってるかもしれないぞ」
「あ、はい!」
ニコリと爽やかな微笑みを残して、ジュダは食堂がある方へと歩いて行ってしまう。
酔って出来あがってしまっているオルバたちが想像できたデュアンは、慌ててその後ろを追いかけて隣に並んだ。
彼は知らない。
先程まで立っていた地面に……風が小さなハート型を描いていたことを。
fin
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