不思議な縁
「ここがシルバーリーブか……」
新しい年がはじまって一段と寒さが厳しくなっていくころ。
ギア・リンゼイはシルバーリーブの入口に立っていた。
冷たい北風が通り抜ける町中には覆うもののなくなった木々が寒そうに震えている。
それらに囲まれた広場では、乾いた砂が所々で風と一緒にグルグルとダンスを踊っていた。
肩に掛けた革袋の位置を直した彼は、鋭い視線を僅かに笑ませると止まっていた足を再び動かし始めた。
ドンッ
「キャッ! ご、ごめんなさい!」
右腕に感じた衝撃に視線を落とせば、ギアの肩まで背があるかないかの女性がペコリとお辞儀をしてきた。
体格差からして、ダメージが大きかったのは彼女の方だろう。
ギアは、緩く首を横に振って女性の顔を覗き込む。
「…いや。君こそ大丈夫かい?」
「は、はい! すみませんでした!」
真っ直ぐに向けられた瞳の色にハッとする。
髪の色は少し暗めのブロンドで、肩まで届かない長さ。
ウェービーなそれに似た毛糸のマフラーを垂れさせた彼女は、初めて出会う人物のはず。
けれど、自分が映るはしばみ色の目は、この町にいるだろう想い人のものと同じで…。
その笑顔を思い出しているうちに、ぶつかった女性はいなくなってしまっていた。
我に返ったギアは、足元に白いものが落ちているのに気づく。
手にとって見れば、それは宛名も何も書いていない真っ白な封筒で、赤いハートのシールで封がしてあった。
きっと先程ぶつかった女性のものだろうが、既に彼女は姿を消している。
シルバーリーブを訪れたのが初めてのギアには、持ち主を探すのは困難に思え……誰かここに住む者に預けるのが無難だと考えた。
そこで、すぐ側にあった食堂に入り込む。
「いらっしゃい!」
「すまない。広場でこれを落とした子がいたんだが…」
気持ちの良い笑顔で出迎えてくれた店員に、さっきの女性の特徴を覚えている限りで説明する。
「あぁ、多分ミリィね。後で渡しておくわ」
嫌な顔ひとつせずに聞いていたお団子頭の女は、ニコリと笑って手紙を受け取った。
それにホッとしたギアは軽く頭を下げる。
「助かるよ」
「いいわよ。お礼はうちに食べに来てくれれば」
その言葉は、ギアがふらりとシルバーリーブに立ち寄った冒険者だとわかっての言葉だろう。
ときに癇に障る客引きをする者もいるが、彼女のそれは反対に心地よいくらいで、ギアは口元に笑みを乗せて肩を竦める。
「商売上手だな」
「ふふっ! 待ってるからね〜」
軽く手を上げて店を後にするギアの背を見送った店員 ―― リタは、店内の時計を見る。
時刻は2時近くになろうかというころ。
ランチの忙しさも落ちつき、順番に休憩を取れそうな暇ができていた。
「…早めに持って行ってあげた方がいいよね、これ」
右手に持つ手紙は、外見からして明らかにラブレター。
リタには、ミリィが誰に渡そうとしていたか容易に想像がついたが…持ち主がわかっているのだ。
まずは彼女に返すの1番だと、厨房にいる父に声をかけて店を出た。
ドンッ!
「キャッ!」
「わわわっ!!」
バサバサッ
「す、すみません!!」
「こっちこそ…」
尻もちをついた身体を起こそうと顔を上げれば、そこには見覚えのあるボサボサ頭…。
「…キットンじゃない!」
「あぁ、リタ! すみません、ちょっと急いでまして…」
キットンもそこでぶつかったのがリタだったと気づいたようだが、地面に転がったバックや本などの荷物を慌てて腕の中にかき集めている。
「どうしたの?」
「幻のカグワタケが見られるかもしれないんです!!! あぁ、早く準備をしなければいけません!!」
「そ…そう。き、気をつけてね!!」
瞳は見えないけれどもきっと興奮で潤んでいただろう。
声以上の勢いで去っていく後ろ姿を、立ち上がったリタは引きつった笑みを浮かべながら見送ったのだった。
完全に彼が見えなくなってから、自分が何をしようとしていたのか思い出したリタは、右手を見る。
しかし、そこには持っていたはずの封筒はなく……。
「…あ、れ? 手紙…どこいっちゃったの!?」
焦ったリタはキョロキョロと辺りを見回すが、周辺にそれらしいものは見当たらなかった。
それもそのはず。
手紙はキットンの腕の中 ―― 彼の荷物の中 ―― に埋もれていた。
大急ぎで自分の部屋へやってきた彼は、抱えていた物をバラバラと床に撒き散らし、いつもの鞄の中に必要なものを詰めていく。
パンパンになるほど服や薬などを押し込んだキットンは、それを肩からかけながら廊下へと駆け出る。
「パステルー!? すみません! わたし、数日留守にしますっ!!」
『えぇー!? どうしたの?』
「幻のカグワタケがトントの方でで見つかったんですよ!! 急げば実物が見られるかもしれないので…っ」
『わ、わかった! 気をつけてね〜?』
「はいぃ!!」
その足でバタバタと家を出て行ったキットンは、結局手紙の存在には気づかず。
自分の部屋のドアも開け放したまま、トントへと行ってしまったのだった。
そんな部屋の前を通りかかったのは、いつもの元気のないシルバーブロンドの少女 ―― ルーミィだ。
「ぱーるぅがあそんでくれないんだお…しおちゃんも……」
自分の部屋で締め切りに追われているパステルには、ルーミィの遊び相手になる暇はなく。
一緒に駆け回っているシロは、まだ体調が万全ではないせいか、今日はずっと眠っている。
キットンは今さっき旅立ち、その他のメンバーはバイトで帰ってくる時間には少し早かった。
「きっとん?」
普段締まっているはずのドアが開いていたため、中に誰かいるのかと思ったルーミィはひょいと部屋を覗き込む。
しかし、部屋の主は既におらず。
床にはキットンが置いて行った物が散らばったままになっていた。
暇を持て余していたルーミィには、その雑然とした様子が気になったようで。
トタトタと小さな足音を立てて近寄ると、しゃがみ込んでひとつひとつ手に取りはじめた。
白いガーゼの袋は持つとカサリと音がする。
どうやら乾燥した薬草が入っているようで、その匂いを嗅ぐと青っぽい苦さが口の中に広がり、ルーミィは渋い顔をした。
ポイ、とそれを手から離し、次に手にしたのは「ヨクアタール」と書かれたラベルがついている小さな瓶。
ケッコー通販で買ったものらしい。
文字は読めないがそれが飲むものだとわかっていたルーミィは蓋を手の平で握りこむ。
しかし、彼女の力で蓋を開けるのは難しく、しばらく格闘したあと、諦めてそれを床に転がした。
次は小さなメモ帳のような冊子を取り上げた。
何度も濡れたり乾いたりしたのか、ガサガサの手触りのそれには所狭しと文字や絵が書いてあり、ルーミィが遊べそうなものではない。
見ていても意味がわからなかったので、バサリと音を立てて落とす……と、ふと真っ白い封筒が目に入った。
さきほどのメモ帳とは違い、ピン伸びた真新しい紙に…どこかフワリと香る甘い匂い。
ルーミィの目がキラリと輝き、満面に笑みを浮かべながらそれを半分に折り畳む。
彼女の脳裏に浮かんでいたのは……数日前にクレイと一緒に作ったもの。
空中を移動する、小さなおもちゃ ―― 紙飛行機だった。
とはいえ、ルーミィの小さな手ではイメージ通りには行かない。
しかし、とても機嫌よく何度か紙を折りたたみ、折り目がずれたりしながらも、なんとか飛行機を作ることが出来た。
さぁ、飛ばそうと立ち上がったルーミィだったが、部屋の中では壁に阻まれて長く飛ばすことができなかったことを思い出す。
ゆえに、キットンのベッドに登り、そこから手の届く窓を小さな手で押し開けた。
吹き込んでくる冷たい風に、ルーミィは一瞬首をすくめる。
が、窓の下に見えたある人影に寒さを忘れたようにパァッと笑顔になった。
「あー!! くりぇー!!」
「え? ルーミィ!? 何してるんだ!?」
もうすぐ家につく、という場所を数名の人物と共に歩いていたクレイは驚いた。
ルーミィの顔が辛うじて見えている窓があるのは2階だ。
彼女の背ではそこから落ちる…ということはないだろうが、万が一を心配してしまったのだ。
しかし、そんなクレイの気持ちなど知らないルーミィは、ニコニコ笑顔で先ほど作った物を右手に持って掲げて見せる。
「ひこーきつくったお!!」
「えぇ?」
ヒュウ…
小さな手から飛び出したそれは、冬の風に飛ばされて真下への落下を逃れ。
窓を見上げていたクレイの足元に着地したのだった。
「あ、それ!!」
「え?」
「あたしの手紙です!!」
声を上げたのは、広場から一緒にここまでやってきたミリィだった。
クレイの親衛隊の一員である彼女は、自分の手紙のなれはてに驚きはしたが怒ることはせず。
飛行機になってしまった手紙を、頬を僅かに赤く染めてクレイに手渡した。
「あ、ありがとう…」
「いえ! ではあたしはこれで!」
「気をつけて」
毛糸のマフラーをたなびかせながら駆け足で去っていく後姿を見送りながら、背後にいた男が口を開く。
「…不思議な縁だな…」
「え?」
鳶色の瞳に見つめられ、目を細めたギアはクスリと笑う。
「俺とぶつかったせいで持ち主の手から離れてしまった手紙が、めぐりめぐって目的の人間の手にあるんだ」
「そうね!」
それに同意するのはリタだ。
彼女は、自分の手の中にあったはずの手紙が消えてしまってから、まずは持ち主の下へ事情を説明しに言き、きっとキットンが持っているだろうとあたりをつけて家に行こうとしていた。
その途中、バイト帰りのクレイと…同じく彼らの家に向かっていたギアと出会い、一緒にここまでやってきたのだった。
頼まれていた手紙を返すという仕事も無事に終えることが出来たリタは安心したように笑って続ける。
「その不思議な縁ってことで、今日はうちに食べに来てね! クレイたちも」
「え? あ…うん」
その勢いに圧されて頷くクレイの後ろ頭に、少女の声が飛んでくる。
「くりぇー!!」
その笑顔は、寒さに負けず。
冬の日差しのようにキラキラと輝いていた。
fin
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