心に秘めて





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  君が好きだ。
  どこが…なんて言えないけれど、君のことが好きなんだ。

  離れているといつも君の顔が浮かんでくる。
  今は何をしているのかなって想像してしまう。

  今ここに。
  おれの隣に君がいたら。

  その笑顔で笑いかけてくれたら、どんなに幸せか。

  ……そう考えるくらい、君のことが好きだ。


  ………
  ………
  ………


  ――――――――





 …あれ?

 乾燥した北風が射すように通り抜けていく冬のある日。
 わたしは大通りの端に落ちている白いものに首を傾げた。
四角いフォルムに、すぐにそれが手紙だってことに思い当たる。

 誰が落としたのかしら?

 そう思いながら近づいて手に取れば、面は真っ白。
普通宛名が書かれている部分には、一文字も書かれていなくて。
 ひっくり返した裏側には、真っ赤なハートのシールが貼りつけられてたの。
 最近は可愛らしい便箋がたくさん売られてるからね。
こんなの誰が書いたのかしら、と思いつつ。
 定番というか…古風というか。
“ラブレター”としか思えないそれに、わたしの心は違和感を感じてた。


 ……だって、ここ、結構人通りが多いのよ?
それなのに、真っ白で目につきやすい封筒が落ちてて…他の人が気づかないのっておかしくない?
 もちろんあえて無視する人がいないとは言わないわ。
けど…これだけ人が多いのに、誰ひとり気づかないわけないでしょ?
 落としたのが、わたしが通りかかる直前だったとしても…それならそれで、ご丁寧に人に踏まれにくい隅に落ちてるのって変じゃない?
先に見つけた誰かが踏まれないように避けておいた、って考えられなくもないけど……。


 ピンと来るものがあったわたしは、その手紙を持って脇道に逸れる。
だんだんと人通りが少なくなって……家と家の間のちょっとした広場みたいな場所まで来たところで、その手紙の中身を取り出した。


 中身は予想通り。
誰かが誰かに宛てただろう、ラブレター。
 文体から言うと…男性が女性に宛てた手紙みたいね。
好きです、っていう率直な気持ちが詰まってる。
 でも……その連なってる可愛らしい文字に見覚えがあったわたしは、自分のカンが当ってたってことにニコリと微笑んだ。


「フィーネ! いるんでしょ? 出てらっしゃいよ。じゃないと…この手紙、あなたの言葉に変えてロイスに朗読して聞かせるわよ!!」

「ええええぇ――――!!! それはやめてぇっ!!」


 背後からの絶叫に振り向けば、両方の頬を手で押さえて蒼白な顔をしているフィーネが物影から現れたところだった。
 わたしよりもちょっと背が高い彼女は、首元に白いリボンがついた紺のワンピースに身を包み、腰にフリルのついた白いエプロンをしてる。
ボブカットされたブロンドの髪は羨ましいくらいのサラサラストレートで、頬に寄せられた彼女の手をくすぐってた。



 詐欺師仲間の彼女はね、普段はエベリンの宿屋で働いてるの。
情報収集兼ねて色々やってもらってるんだけど……実は、時々泊まりに来るお客さん ―― 冒険者のロイスのことが大好きなのよね。
 どれくらい好きかっていうと、彼女と会ったときには必ず1度は話題にのぼるくらい。
目をキラキラさせて話す姿を見てると、本当に大好きなんだなってわかるくらいすっごい可愛いんだけどね。
さすがに片思いしてるこの1年、何度も何度も繰り返して聞かされるとちょーっと飽きてくるかな?

 ま、それくらい想いは深いわけで。

 でも…彼、エベリンに立ち寄るときに必ずフィーネに顔を見せて行くのよね。
 わたしの古着屋の常連さんでもあるから、エベリンに滞在するときはよく来てくれるんだけど。
ただ、目的地に行くために通りかかったときでさえ、宿屋に顔を覗かせるらしいのよ。
 それを考えると、ロイスもきっと彼女のことが好きなんんだろうなって思うんだけど……。



 出て来るまでにはもっと時間がかかると踏んでたわたしは、案外あっさり姿を現したことにちょっと拍子抜けしてね。
呆れ顔で見つめてたら、ピンク色の唇がへの字に曲がった。
「もー…マリーナったら、どうしてイタズラだってわかったの?」
「女のカンかしら? 字を見たらあなたのだってわかったしね」
「面白くないなぁ!」
 わたしは、頬を膨らませるフィーネに肩を竦める。
「人で遊んでないで、この手紙に書いたことロイスに伝えて来ればいいじゃない。今エベリンにいるんでしょ?」
「そ、そんなのできないよ!」
「仕事のときは頼りがいがあるのに、案外弱虫なのね?」
 すぐに返って来た否定の言葉は、詐欺師として一緒に仕事してるときの彼女からは想像できないものだったからね。
苦笑して見せたら、背中を丸めて小さくなったフィーネが唇を尖らせる。


「……だって大好きなんだもん。もし断られたりしたら生きていけないじゃない?」


 ザワリ…とした感覚が鳩尾辺り広がった。


「マリーナは好きな人いないの? いるならわかるでしょ! わたしの気持ちぃ〜」


 同意を求めてわたしの手をブンブンと降ってきた彼女に、曖昧に笑って見せる。
そして、なんでこんなイタズラ仕掛けたのかって聞いて話題を逸らして……他愛もない話に持って行って、仕事に戻るフィーネと別れた。





「断られたりしたら…生きていけない……か」
 店に戻ったわたしは、椅子に腰を下ろしながらポツリと呟いた。

 わたしも同じだわ。

 そんな風に思うほど好きな人が…わたしにもいる。



 大好きだから、断られたくない。
あなたとずっと一緒にいたいから、“幼馴染”が捨てられない。

 胸の中にある想いは、いつでもたったひとつなのに。
 好きだからこそ伝えられない。

 もう少し……もう少し覚悟ができるまではね。
このままでいたいの。
 近くて遠い。
遠くて近い。
 そんな微妙な関係のまま……。

 だから。

 今はまだ、心に秘めて。



 わたしは、眼裏の闇に浮かぶ彼の優しい笑顔を光で消し、見慣れた店の風景に拳を握る。

 さぁ、今日も頑張るわよ!

 キィ…っと小さな音を立ててドアが開いたのは、そのほんの少し後だった。




     fin







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