嬉しいを運ぶ手紙





 旅の途中で立ち寄った街は、周囲を赤や黄色、茶色に変わった木々が彩る森の中にあった。
 交易の要所になっているため人通りも多いのだが、都会と言えるほどではなく。
立ち寄る者がホッと一息つけるような、そんな温かい空気を醸し出す場所であった。
 そんな街の入口あたり。
パタパタと小さな羽根を動かして森から飛んでくるのは、グリーニアのチェックだ。
 デュアンと離れて食事を楽しんでいたようで、満腹なお腹を抱え、今夜泊まる宿へと戻っているところ。
「?? なんだ? ギィーッス?」
 レンガ道の上に、ふ…と白いものを見つけた彼は、道の端にあるそれに近づいた。

 赤っぽい土色の上にあったのは…真っ白な封筒。

 チェックの身体よりも大きいその中央には、ハートマークのシールが貼ってあった。
 それが“手紙”であることはチェックにもわかったのだが、彼の興味を惹いたのは…赤いシールだ。
じぃっとそれに顔を近づけて、首を左右に傾けて考える。

 今まで見た手紙にはなかったもの。

 真っ赤なそれは特別なもののような気がして。
チェックの好奇心がシールに手を伸ばさせる。

「それに触らないで!!」

 突然の叫びと同時に、チェックの目の前から白い封筒が消える。
行き先を視線で追えば……10代半ばほどの少女の両手にしっかりと握られていた。
 あまりの勢いにチェックが茫然としている間に、持ち主らしい赤茶髪のその子は、封筒が空けられていないか、汚れていないか等を確かめてホッとする。
「……よかった……」
 息と共に彼女の頬も緩み、手紙を大事そうに胸に押し当てるのを見ているうちにチェックが我に返る。
「それ、お前のか? ギーッス」
「そうよ。勝手に触らないでくれる?」
 フンと鼻を鳴らす音でも聞こえて来そうなほど不機嫌そうに。
自分が持つ手紙に対して興味津々なチェックに、彼女はプイと横を向いて答えた。
「それ、何だ?」
「え…?」
「その手紙、何だ?」
「何って…」
「何? 何が書いてあるんだ? ギィィーッス!!」
 しかし、相手の機嫌など、好奇心を煽られたチェックには全く関係なく。
忙しなく周囲を飛び回って不思議な鳴き声を連発する小さな生き物に、少女のイライラが爆発する。


「ちょっと落ちつきなさい!!!」


 肩で息をするくらい大きな声を出した彼女の目は座っており。
言うことを聞かなければ怖いことが起こる…と本能的に理解したチェックは、彼女の肩に止まってピタリと動かなくなった。
 それにため息をついた少女は、
「……見てわかんないの?」
と、ハートのシールをチェックに見せた。
 しかし、彼女の意図など全くわからないチェックは首を傾げる。
「わからない、ぎーっす。わからない、知りたい、だからチェックする、ギィーッス!!!」
 再びパタパタと羽根を動かして宙に浮いた彼を見て。
再び騒がれては困る、と考えた少女は、不機嫌そうな顔は崩さないまま仕方なく口を開く。
「これは…大切な人に宛てて書いた手紙よ」
「大切な人? 親か?」
 チェックの頭に浮かんだのはデュアンだ。
卵から自分を孵し、親代わりになって育ててくれている大切な人間である。
 しかし、少女は首を振る。
「違うわよ」
「じゃ、誰だ? 仲間か?」
 羽トカゲの仲間はもちろん。
オルバやアニエス、クノックなど。
たくさんの顔が浮かんでは消えていき、思考のままに名前を羅列していくチェックに痺れを切らした少女は。

「だから……好きな人よっ!」

 僅かにつり上がった紫色の瞳でチェックを睨みつけた。
 不機嫌は不機嫌でも、さっきまでとは少し違う雰囲気。
唇を突き出し、頬はほんのり上気して……。
 クリクリと大きな瞳を動かしてしばらく少女を見つめていたチェックは、先程とは反対方向に首を傾ける。
「好き?」
「…そうっ! ずーっと一緒にいたいって思えるくらい大好きな人に書いた手紙よ!!」
「好き、一緒にいたい…って書いてあるのか? ギーッス?」
「えぇ」
「……そうか。そうか、ギィィ――ッス!!!」
 知りたかったことがやっとわかって、スッキリしたチェックはパタパタと彼女の周りを飛び始める。
「好きな人、一緒にいるの嬉しい!」
 嬉しい! と、何度も何度も繰り返す彼の頭の中には、自分が大好きなデュアンの顔が浮かんでいる。
本当に言葉通りの気持ちなのだと伝わるその動きに、フゥっと軽く息を吐いた少女は口を開く。
「うん、そうね。だから手紙書いたの」


 『好き』を伝えられるのは、嬉しい。
 『好き』を伝えるのも、嬉しい。

 だから『好き』が書いてある手紙は、嬉しいを運ぶいい手紙。


「それ、いい手紙だ! ギィッス!!」


 どうして『いい手紙』になるのか、少女にはわからなかったが、その言葉は不快なものでは決してなく。



「……ありがと」



 クスリと笑った彼女の笑顔は、とてもとても嬉しそうに見えた。




     fin







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