ノゾミ - 3





 どうしよう……?
まさか、クレイとトラップがわたしのこと好きだったなんて、思いもしなかった。
 2人とも女の子にすごくもててたし、わたしのことはただのパーティの一員だって…家族のようなものだって思ってると思ってた。
 でもよく考えたら、わたしがそう思いたかっただけなのかもしれない。



 2月5日 ―― 今日はわたしの誕生日。
本当なら毎年1度だけ来る記念日に、朝からワクワクしてるはずだった。
 でも、2人に告白されて頭の中はパニック状態。
 誕生日を楽しむ気持ちはどこへやら。
もう……ベッドの中で頭を抱えてグルグル悩むことしかできなかった。
 けど、夜はみんなが用意してくれた猪鹿亭での誕生日パーティーがあったから、問題を頭の隅に無理矢理押し込んで参加したんだ。
 その場に行っちゃえば、あったかい料理にみんなからのプレゼント。
わたしの周りを囲むたくさんの笑い顔。
 もう、さっきまで悩んでたことなんてすっかり忘れて楽しんじゃってた。



 わたしは1度は亡くしてしまった家族を、冒険者になって……ううん、みんなと出会ってまた手に入れることができた。
 こうやって同じ食卓を囲んでご飯を食べることも、失ったことがあるからかすごく大切に思える。


 些細なこともみんなで相談して解決する。

 誰かに何かあればみんなで助ける。
時には見守って、その成長を応援する。


 冒険者になって、また得ることができた“場所”。


 わたしは、この“場所”が無くなるのが怖いんだ。
また独りになるのが恐ろしくてたまらないんだ。



 2人のことは嫌いじゃないよ。
男の人として考えたことはなかったけど、好きだし、仲間として力を認めている人たちに自分が好かれてるって知って嬉しかったもん。
 恋人って関係になるってことは、独りではないはずだよね。
けど、それでもそうなることで今の家族のようなパーティが壊れてしまうことの方が怖かった。

 だから……猪鹿亭から帰る途中で2人を呼び止めて言ったの。


「ありがとう。わたしを好きでいてくれるって知れて、すごく自分に自信が持てた。でもね……」
 一旦言葉を切って唾を飲み込む。
そして、真剣な表情でわたしを見つめ続けてくれるクレイとトラップをもう一度見直してから続ける。
「でも、わたし…今の関係がなくなるのが怖いの。みんなが居なくなるのは嫌なの」
 もし、仲間じゃない…誰でもない人に告白されたとしたら、もしかしたら受け入れてたかもしれない。
だって、“家族”でない人とだったら、この“場所”が壊れることなんてないでしょ?
 それくらいわたしにとってこのパーティは……この2人は、大切な存在なんだ。
 じっと聞いていてくれてたトラップが腕組みして口を開く。
「んなの、恋人になったからって今の関係が壊れるとは限らねぇじゃねーか」
「……うん。それもわかってるつもり」
 頷いたわたしは、自分の中の恐怖心を隠すこと無く言葉を繋ぐ。
「でも、壊れるかもしれないでしょ? わたしとだけじゃない。クレイとトラップの関係が変わっちゃうのも嫌なんだもん」
 今、この時がとても幸せで、何の不安もなく過ごせるところ。
みんなが仲良く笑い合い、軽口を言いながらもいざという時は支えあって生きていける場所。
 それは…きっと絶妙なバランスで保たれてできていて、誰かが欠けてたら変わってしまうんだ。
わたしがクレイとトラップ、どちらかの気持ちを受け入れたことで、2人の様子が変わってしまうことすら想像したくない。
 それくらい、わたしはこの“家族”を失いたくないの。
 大切なものを失うことを恐れる子どものようなことを言ってるのはわかるんだ。
でも…両親を突然亡くしてしまった過去があるから、今すぐにこの関係が変わってしまうことに自分が耐えられそうになかった。
 わたしの必死な表情が伝わったのかな?
「………そうか。じゃあ、パステルの答えは…」
と、悲しげに笑ったクレイが止めた言葉を継いで、わたしは深く深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
 きっと予想してたんだろうな。
顔を上げたら、2人が顔を見合わせて力の抜けた深いため息を吐いてたの。
 それを見たら、口が勝手に動いて……。
「いつか……」
 小さな声だったのに一瞬にして視線が集まり、ドクンと胸が鳴った。
 この真剣な瞳に見つめられてしまったら、出てしまった言葉を誤魔化すことなんかできなかった。
だから、本当は言うつもりのなかった心の奥の気持ちを声に出して伝える。
「いつか、このほんわかした日常の終わりを望む日が来るかもしれない」

 今は考えられない。
でも、いつか……そう思う日が来ると思う。

 それはきっと、他の誰でもないこの2人。
わたしにとって“家族”としても大切な彼らの、どちらかを特別に想うようになった時……。

 ドキドキと高鳴る心臓の音を聞きながら2人の視線を受け止めていたら、トラップが苦笑した。
「……わあったよ」
 それに頷いたクレイも同じように笑って言うの。
「おれたちは、君の傍でそれを待つことにする」
「おめぇが望むまでは、大人しく“家族”でいてやるよ」
 2人の言葉に、ジワリと視界がぼやけてくる。
 これは、大切な“場所”が壊れない安心感だけじゃない。
クレイもトラップも、わたしの今の気持ちをわかってくれた上で、変わりたいと思える時まで待つって言ってくれたから。
「…ありがとう……」
 目尻に溢れた涙を拭いながら、わたしは、精一杯の感謝の気持ちを伝えたんだ。




 いつか本当にこの終わりを望む日が来る。

 今はまだ怖さが勝るけど、それをよしと思える時が必ず来る。
だって、大切な人たちが待っていてくれるから。


 この温かな“場所”を捨ててまで、新しい関係を築こうと思える日がいつくるのか…。

 それは、未来のわたしだけが知っていること。




 ねぇ、“あなた”は……いつ、この終わりを欲しますか?




     fin







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