タソガレ - 3/14





 もう…これ以上、見て見ぬ振りはできねぇ。
今まではなんだかんだと理由をつけちゃあ誤魔化して来たけど、それももうお終いだ。
 今日で決着をつけるっ!!

 たとえ、それがどんな結果になったって……な。


 大きく息をしておもむろに立ち上がったトラップは、枕のすぐ横に置いてあったクッキー入りの紙袋を持って旅館を出た。




   *****




 シルバーリーブを出てほんの少し。
もうすぐ訪れる春が盛りを迎えれば、一面、野の花に覆われるだろう原っぱにパステルは立っていた。
 何故かというと、昨夜、真剣な顔をしたトラップに呼び出されたからだ。
 彼女がここにやってきたのは、もう10分以上前。
 今でさえ待ち合わせの時間まで5分以上ある。
にもかかわらず早々にやってきてしまったのは、昨日のトラップの、あまりにも彼らしからぬ真面目な様子が気になって、落ち着いていられなかったからだ。


 きっと大したことないはずよ。
気にしているだけ損したって、後で絶対思うんだから!


…と言い聞かせていても、どこか不安な気持ちはなくならなかった。
 日が傾きかけて少しずつ気温が下がっていることもあり、勢いよく吹き抜けた風に首をすくめると、後ろから声がかかった。
「パステル…」
「遅いよ、トラップ!! この寒い中待たされる方の身にもなってよ〜」
 軽口叩き合ういつもの雰囲気を求めてか、パステルは、待ち合わせの時間に遅れているわけではないのにそんなことを言ってしまう。
 まだ遅れてねぇだろ、とゲンコツの1つでも飛んでくるのを期待していたのだが、返ってきたのは、
「すまねぇ」
という素直な謝罪の言葉。
 それに益々焦ってしまったパステルは、さっさと用事を終わらせてもらおうと本題に入る。
「そ…それで、話って何?」
 彼女のその言葉に、しばらく迷ったように動かなかったトラップは、意を決したように持っていた紙袋を手渡したした。
「バレンタインのお返しだ」
「え? ホント!? ありがとう!」
 そういえば今日は3月14日 ―― ホワイトデーである。
 パステルはパーティ全員にチョコレートを渡しているのだから、お返しがあって然るべき。
 呼び出されたのはそのことだったのかと安心して喜んだ彼女だったが、急にトラップに左腕を掴まれた。
「…ト、トラップ…?」
「……いつからかな」
「え?」
 呟いた小さな声に聞き返すと、腕にあった視線がパステルの顔を捉える。
 見た方がゴクリと唾を飲み込んでしまいそうなほど真摯なその瞳が、ゆっくり語る。
「いつからかは考えてもはっきり思い出せねぇけどよ…おめぇのことが好きになってた」
「!!!?」
 目を見開いて驚くパステルが口を開く前に続ける。
「どこがなんて聞くなよ…? おれだってわかんねぇんだ。ただ、何であれおめぇが側にいねーと落ち着かねぇし、泣いてっとどうしていいかわかんねぇ。おめぇが笑ってるだけで心臓破裂しそうになるしよ……」
 そこで言葉を切ったトラップは、緊張で乾いた唇を舐める。
「おれたちはパーティ組んでる仲間だ。おれがこの気持ちを伝えることで、おめぇや他の奴らに迷惑かけんじゃねーかって思って今までは抑えてきた」
 そして、自分にを見つめたまま固まっているパステルからホンの少し目を逸らすと、苦々しく笑う。
「いや……おめぇに振られて側にいられなくなんのが嫌で逃げてただけかもな。言わなきゃ仲間としては側にいられっからよ」



 その言葉通り、以前の彼にとっては、パステルの側にいられなくなることが1番辛いことだった。
だからこそ、好きだと気づいていても口にすることなく、ただ仲間として一緒に過ごしてきたのだ。
 しかし“ギア”という存在が目の前に現れたことで、側にいるだけではどうしようもないことがある…と気がついた。


 短期間ではあったが、仲間の自分よりもパステルの隣にいた男。
彼女に告白して男性として意識され、パーティを抜けようとまで考えさせた者。
 結局パステルは自分たちと一緒にいることを選んだが、彼のような“男”が今後現れないとも限らない。
どこの誰とも知らない“男”が彼女の気持ちをさらっていき、仲間としてすら側にいられないようになるかもしれない。


 そうなる前に、この想いを伝えなければ。
 しかし、報われなければ…一緒にはいられなくなる。


 相反する考えがトラップの中でせめぎ合いながら時は流れ……。
自分の気持ちに気がついていても、それを見て見ぬ振りし続けた生活に耐えられなくなったのは、つい先日。
 しかしいざとなると決心も鈍るもので…ホワイトデーという機会を借りて告白しようと自分を追い詰めたのは昨夜。
そして……ついさっきも、怖じ気づきそうな己の心に鞭打ち、ここまでやってきたのだ。



 トラップは、幾度か首を横に振った。
「でも、それじゃいつまでたってもおれの立ち位置は変わんねぇ。ずっと仲間のまんま、おめぇに男として意識もされねぇまま、いつか誰かに掻っ攫われんのを見んのは嫌だって……気づいたんだ」
 再びパステルに向けられた瞳は、微かに震えながら…それでも真っ直ぐにそらされることはない。
未だにそんな彼を凝視したまま動かないパステルは、
「好きだ、パステル。おめぇの気持ちを教えて欲しい」
また真正面からその想いを受け止めることになってしまった。
 トラップの言葉が耳から入り脳に届いたとたんに化学反応するように真っ赤になった彼女は、パクパクと口を開閉しはじめる。
「…そ……そ、そんな……急に言われても………」
 困ったように視線を泳がせてトラップから逃げようとするが、ガッチリ掴まれた腕では完遂できない。
じっと自分の返事を待つ彼の目からも逃れられず、耐えられなくなったパステルが声を上げる。
「すぐには無理だよ!! 少し待ってっ!!」
「少しってどれぐらいだよ」
「…え?」
 けれど、それを許さない迫力の篭った静かな声が、再び彼女の動きを止めた。
「期限もなしに考え続けられちゃこっちが困るぜ。それに、おれたちがずっとギクシャクしてちゃ周りも迷惑だろうしな」
「う…うん……」
 彼の言い分はパステルにも理解できるものだった。
 告白されることで、今までと同じようにトラップといられるとは思えない。
 例え、何もなかったように振舞うことはできても、どこかに無理が出るだろう。
その無理がこれまでと違う空気を生む。
それは必ず、大切な仲間たちに何らかの影響を与えてしまうはずだ。
 頷いた相手にトラップが聞く。
「できるだけ早く…それでいておめぇが答えを出せる時間だ。いつんなる?」

 いつ、答えが出せるか。

 その問いにパステルは困り顔で頭を働かせる。
 何日も置けばきっと、どんどん答えを出すのを先延ばししたくなるだろう。
では、あまり日を置かず、それでいて自分を落ち着けて考えることのできる時間はどれくらいか?
 トラップの真剣な目に見つめられたままパステルの脳がはじき出したものは、夜を挟んだすぐ。
「じゃ、じゃあ……明日。明日の朝にちゃんと返事する」
「わかった。明日だな?」
「うん」
 自分の確認にしっかりと頷くパステルに、
「……待ってるからな」
と言ったトラップは、掴んでいた腕を放して歩き去っていった。
 段々と小さくなっていくその背中を見ながら、どんより重い心を抱えたパステル。
「どうしよう……」
 すっかりと夕暮れ色に染まった空と雲はとても美しく、見た人の心を打つはずなのに、今の彼女にはただただ自分を焦らせるだけ。


 自分はトラップをどう思っているのか。
どんな返事をしたらいいのか。


 明日の朝までと決めた短い時間の中で、自分の答えを探さなければならないということが、パステルの心を沈ませていた。




     next...?







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