タソガレ - 3/15
窓の向こうで太陽が、まだ星々輝く夜の空を少しずつ照らし始めるのをじっと見つめる瞳があった。
何かを決めた色をしているそれは、部屋の椅子に座って軽く組んだ両手にあごを乗せているパステルのもの。
昨夜は自らのトラップへの気持ちを考えていたため、ほとんど眠っていなかった。
気が高ぶっていたのか眠くならなかったのだ。
好きだ、と言われて嬉しくないわけではなかった。
しかし、トラップのことを恋愛対象として好きか…と言われると、どうしてもはっきりしない。
仲間として共にいて、怒鳴られたり、からかわれたり、怒られたり、と腹が立つことも多かった。
けれども、どれも嫌いになるほどのことではなく、寧ろ、気心の知れた友だちや家族と一緒にいるような居心地のよさがあって好きだった。
だからと言って、それが特別な好きかと言われると決してそうではなく。
彼女の中でトラップは“仲間”以外の何者にも思えなかった。
そして…まだ日も明けきらぬ早朝。
パステルはみすず旅館から少し離れた場所でトラップと向き合った。
答えを決めたら無性に喉が渇いてしまい階下で何か口にしようと思って廊下へ行くと、クレイたちの部屋の入り口あたりに小さく縮こまって座っているトラップがいたのだ。
どうやら彼もパステルと同じように大して眠ることができなかったようで、部屋の中でジッと待っていられずにそこにいたようだった。
彼を放ったまま下へ行くことができなかったのもある。
が、丁度答えが出ていたこともあり、返事をするから、と言って多少声を出してもよさそうな外へ2人で出た。
そこで、己が一晩考えたことを洗いざらい告白し……最後の最後。
「…ごめんね……」
と、そっと謝罪の言葉を送り出した。
言われる相手にとって相当辛い答え。
しかし、伝える方であるパステルの表情も苦しそうだった。
聞いた後しばらく黙っていたトラップだったが、
「……っか―――っ!!」
急に頭を抱えてそう声を上げると、いきなりケラケラと笑い出した。
「やっぱそうだよな! まっ、期待はしてなかったけどよ、やっぱ聞くとグッと来るなぁ〜〜ハハハ…ッ!」
「トラップ…」
痛々しい笑いをさせたのは自分だ、と目を逸らすことなく見つめるパステルに、ひとしきり笑ったトラップがサラリと言う。
「おれ、出て行くわ」
「え?」
「おめぇに振られたらパーティ出て行くって、告白を決心したときから決めてたんだよ」
唐突なことに焦ったパステルは、目の前にいた彼の左腕を掴んで詰め寄る。
「な、なんで!? わたし別に気にしないし……仲間として一緒にいればいいよ!」
それを落ち着けるようにポンポンと頭を叩いたトラップは、長い長いため息を吐いた。
「パステル、おめぇ…何気にキツイこと言うな」
「…??」
そして、全くわかっていないパステルの様子にチッと舌打ちすると、一瞬にして表情を厳しいものに変えた。
「おれが気になんだよ」
低い声に息を呑んで目を見開く惚れた女に、止められなくなった勢いのまま言葉を放つ。
「おれはもう、仲間としてだけでおめぇの側にはいらんねぇんだ!! 振られたからってそう簡単に思い切れやしねぇし、側にいちゃ忘れられるもんも忘れらんねぇ……このパーティにいる限り、おれはおめぇを女として求めちまうし、男として見てほしいって思い続けちまうんだよっ!!!」
そこで言葉を切ったトラップは、激しくなった自らの呼吸を聞ききながら少しずつ心を落ち着ける。
「……そんなん…嫌だろ?」
しばらくして再び口を開いた彼の表情は、苦しみも悲しみも入り混じったような複雑なもの。
それでも相手の心に出来る限りダメージを与えたくない…と無理に笑おうとしているようだった。
「んなことでこのパーティをギスギスさせたくねぇしよ、何よりおめぇをこれ以上困らせたくねぇ。おめぇが心から笑ってられなくなるような状況にさせるのは絶対に嫌だ。だから、おめぇのためにも、おれのためにも……行かせてくれ」
真剣に自分に請うてくるその瞳に、パステルは何も言えなかった。
告白され、それを断った自分。
仲間としか思えないと残酷な答えを突きつけたくせに、仲間としては一緒にいて欲しいと引き止める。
それがトラップの望むことではないと知らされたのだ。
わたしには…止められない。
そう、思った。
けれども、“おめぇのためにも”と言われたとたんに、彼の旅立ちを是とする言葉が出せなくなってしまった。
否とは思わないが、是とも言えない。
パステルの沈黙は、そこから生まれていた。
もう、待ってはいられないと、トラップは掴まれていた腕を外して旅館の玄関扉に手をかける。
そして、
「……クレイたちにも話してわかってもらうからな」
と言って室内へと戻っていった。
朝食を食べている最中に、トラップはパーティメンバーに隠すことなく全てを語った。
己が決めたことを押し通すようなその姿にパステルはまだ何の反応も返すことができなかったが、仲間たちは彼の珍しく真剣な様子に、いつか頷いてしまっていた。
決まってしまえば早いもので、その日の夕方、大きめのリュックサックにありったけの衣類を詰め込んだトラップは、エベリン行きの乗合馬車に乗って行ってしまった。
「じゃあな。元気でやれよ」
という言葉と共に、いつもの彼よりも苦々しい微笑みを残して……。
空は燃えるような赤色。
夕焼け空に消えていく馬車を見送るパステルは、気がつけば静かに涙を流していた。
next...?
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