ボウケン - 1
わたし、パステル。パステル・G・キング。
今、わたしたちは、あるクエストに挑戦するためにヒポちゃんに乗って旅してる途中なの。
目的地は、『銀の宝の洞窟』と呼ばれる場所。
忘れられた村から1時間くらい南に下ったところにあるんだって。
久しぶりの冒険だからっていうのもあるけど、2週間待たされてやっとこのクエストに挑戦できるものだから、わたしたちはすっごくワクワクしてた。
え?
なんで2週間も待たされたかって?
決して順番待ちをしてた…とかじゃないからね。
実は、このクエスト。
満月の夜にしか挑戦できないんだ!
わたしたちがこのクエストのシナリオを手に入れたのは、丁度15日前。
花の季節も終りがけ……真新しい木々の緑がそこここに顔を出しはじめたころだったわ。
いつものように猪鹿亭で安くて美味しい夕食を食べてるとき、シナリオ屋のオーシが声をかけてきたの。
「よう、おめぇら。最近おれの店に顔出さねぇが、クエストに挑戦してるか?」
ニッと笑うオーシに答えたのは、一番近い席に座ってたキットンだった。
「したいのは山々なんですけどねぇ。こう先立つものがなければ挑戦したくともできませんよね、ギャハハハハッ!!!!」
あー…もー…キットンったら!
こんなところで思いっきり笑ったら、他のお客さんにも迷惑でしょ!?
耳を塞ぎたくなるくらいの馬鹿笑いの横で立ち上がったトラップは、自分の胸をドンと叩く。
「だぁらいつも言ってるじゃねぇか! おれに預けてくれりゃあ、すぐに2倍3倍にしてやるってよ!」
「そう言っていつもスって来るのは誰だよ……」
うんうん!
クレイの言うとおりよ!!
少しだけ…って言って持ってったお金がどれだけ消えてなくなったことか。
「そんな溝に捨てるようなお金は、うちのパーティにはありません!」
キッパリ告げるわたしの様子にオーシは面白そうに肩をすくめた。
「相変わらずってことか」
「…はい」
情けなく頷くクレイの横までやってきたオーシは、バンッと景気よくその背を叩く。
「んなおめぇたちにいい話を持ってきてやったぜっ」
「あん? オーシの話がよかったためしがあったか?」
「んだとトラップ? ろくにクエストなんか行けてねぇおめぇらだからこそ、真っ先に話を持ってきてやったのに。あー…おれは別に、他のやつに話を持ってっても構わないんだぜ?」
その言い様に、からかいの笑みを浮かべてたトラップがキラリと目を光らせる。
「……言うからにはいいもんなんだろうな?」
「おぉ」
得意そうに頷いたオーシは、隣の席から椅子を持ってきて座ったの。
それが『銀の宝の洞窟』のクエストだったんだよね。
*****
追いかける月に呪文を捧げよ その心と共に…
さすれば 銀の宝への扉 開かれん
*****
オーシが見せてくれたシナリオの最初のページには、言い伝えらしき言葉が書かれてた。
これ聞いただけでなんかドキドキワクワクするよね!
そして驚いたのは、この洞窟の入り口が満月の夜にしか開かないってこと。
言い伝えにも“月”ってあるから、それが関係してるのかな?
同じページにはパントリア大陸の地図があって、赤い×印で洞窟の位置が記されてる。
忘れられた村の記載はなかったけど、そこからほぼ真南に進んだ森と砂漠との境辺りだったわ。
その次のページには未完成だろうマップがあった。
六角形の部屋が3つ描かれるの。
各部屋にはA、B、Cと記号がふられてて、その下のスペースに、Aは鍵、Bはスイッチ、Cは鏡…とメモされてた。
オーシが冒険者から聞いた話も合わせて判断すると、このダンジョンはモンスターは出なくて謎解き中心のダンジョンみたい。
つまり、レベルが低くとも挑戦できるクエストってことね!
「な? おめぇたちにピッタリだろ?」
その言葉にわたしは思わず頷いてた。
だって、わたしたちってレベルは相変わらず低いけど、いろんな経験してきてるでしょ?
謎解きならキットンだっているし、みんなで知恵を出し合って今までだってなんとかしてきたもんね。
このクエストだったらクリアできるかもしれない!
テーブルについたみんなも同じように思ってるのか、納得した顔をしてる。
それを見たオーシは、バナナの叩き売りでもするみたいにバンッと台を叩いて立ち上がった。
「これがなんとたったの100Gだ! いい話だろ〜!!」
えぇぇ!?
100Gって…それって、普通じゃありえない価格じゃない!
それだけでクエストに挑戦できるなんて、貧乏パーティにはありがた過ぎるっ!!
わたしをはじめ、クレイもキットンもびっくりして目を見開いたんだけど……トラップだけは冷静だった。
「確かにいい話だな。いい話過ぎて裏がねぇかと疑っちまうくらいにな」
そう低い声を出すと、ガシッと音がするくらいしっかりとオーシの肩を掴んだ。
とたんに、オーシの頬が引きつる。
「…ホントのことを話せよ、おい」
「ぜ、全部ホントのことだぞ? なぁーに疑ってんだよ、トラップ」
「上手い話には裏があるってな。よく言うだろ?」
肩を組まれてるおかげで逃げることも出来ず、鋭い目つきで睨まれながらツンツンと頬っぺたをつつかれたオーシは、観念した! と言うように大きくため息をついて全てを話してくれたんだ。
実はこのシナリオ、何度売ってもオーシのところに戻って来ちゃうんだって。
今まで少なくとも10組以上の冒険者に売ったみたい。
それなのに、しばらくするとまたその人たちが売りに来るの。
最初のうちは難しいクエストかなにかで、諦めて手放すのかと思ってたみたいなんだけど…その人たちの表情がみんな満足そうなんだって。
だから不思議に思って話を聞いてみれば、みんなクエストに失敗したわけじゃないって言ったそうなの。
「失敗していない=成功した」ってことだよね?
じゃあ、そのクエストは終わってしまった…って言えるはず。
それなのにみんな、
『このクエストは終わってない』
…っって、口を揃えて言うんだって。
成功しても終わらないクエストってどういうことなのか、聞いても詳しいことを教えてくれる人はいない。
もう自分の手元に置いておきたくない、と買取価格をタダ同然にしても、それでもいいから置いて欲しいって言われる。
オーシは、それほどのクエストの宝が何なのか気になって気になって仕方がなくなっちゃったんだって!
それで、わたしたちならどんなクエストだったのか教えてくれるだろう…ってこともあって、安値で売りつけようとしたみたいなの。
これ聞いて黙ってるトラップじゃない。
結局、オーシの条件を飲むかわりにシナリオ代を更に半額にさせちゃったんだよね。
破格の値段でクエストに挑戦できるのは嬉しいけど、わたしたち、成功させないわけにいかなくなっちゃったんだけどね。
でも、わたしたちもこのクエストが気になって仕方がなかったの。
もう、満月が来るまでにまだまだ時間があったのに、その日から早々に準備を始めちゃって。
シナリオを開いて言い伝えについて考えちゃったりもして。
わたしたちはドキドキワクワクしながら、今か今かとその日が来るのを待ってたんだ。
目的地である『銀の宝の洞窟』に着いたころにはすっかり空がオレンジ色に染まってて、西に大きな太陽が沈みかけてた。
森に半周囲まれた洞窟は、見上げる首がちょっと痛くなるくらいの大きな岩山にあったの。
加工された1枚岩で出来た入り口から想像するに、元々あった山を切り開いて人口的に作られたダンジョンみたい。
シナリオから、月が昇りはじめないとそこが開かないのはわかってたんだけど、まだ時間があったから、一応押したり引いたりして試してみる。
けど、ノルの力でも…わたしたちが手伝っても、全然びくともしなかったわ。
そうこうしているうちに、段々と空の上のほうから紺色っぽい夜の色が広がってきた。
完全に暗くなってしまう前に明かりを用意しておこう、というクレイの提案で、持ってきてたポタカンに灯をつけた。
目の前でユラユラ揺れる炎に、準備万端、と頷いたとき、
ゴゴゴゴゴ……
と、低い響きと一緒に入り口が上から下へとスライドしたの。
東の空には、赤っぽく見える月がほんの少し顔を出してて、本当に“満月の夜”にしか入り口が開かないんだってことが実感できた。
わたしたちの視線は、押しても引いても開かない理由のわかった入り口に注がれる。
「よし、行こう!」
クレイの言葉にみんなで頷いて、ドキドキする胸を抱えながら、わたしたちはダンジョンの中へと足を踏み入れた。
...next?
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