ボウケン - 2





 マップで言うAの部屋に入ったわたしたち。
絵のとおり正六角形の部屋は、明かりらしきものが全くないのになぜか薄明るかったんだ。
「ぱーるぅ、ここあかういね!」
「そうね。ランプとかがあるわけじゃないんだけど……」
 ルーミィに答えながらキョロキョロ辺りを窺うんだけど、本当に何にもないの。
人工のダンジョンだと、ランプや松明が常設されてたりすることもあるんだけど…それを引っ掛けるような場所すらないんだよね。
 さらに、ここ…窓もないんだ!
つまり、入り口以外に外と繋がってるところがないってこと。
 月が昇ったとはいえ、まだ外はそれなりに明るい時間。
その光が入り口からちょっと入ってきてはいるんだけど、それとポタカンの明かりだけでは説明できないくらい明るかった。
「これは……壁や床が光を反射しているみたいですねぇ〜」
「反射?」
 同じように部屋の様子を見てたキットンは、わたしの疑問に答えるためにこっちを向いて頷く。
「はい。普通、ポタカンの炎だけではこんなに明るくなりませんよね?」
「そうだな。これくらいの部屋だと…部屋の大きさはわかっても、壁や天井に何があるかまではわからないのが普通だよな」
 うんうん、とクレイの言葉にわたしも頷いた。
 あ、ちなみに彼が言う“これくらいの部屋”っていうのは、1番長い場所が大体…6メートルくらい?
両手一杯広げたわたしを4人分…かな。
それで天井がすごく高いの!
ノルを縦に2人重ねても、きっと届かないと思うなぁ〜。
 普通は、それくらいの部屋にポタカンが1つ2つあっても細かいところまではよく見えない。
「でも、ここは見えるデシね?」
「そう、だな」
 足元から見上げてくるシロちゃんの言葉どおり、この部屋はちゃーんと見えるのよね。
左右に扉があるのもはっきりわかるし、天井の高さだってきちんと光が届いてるからこそ言えたわけで。
 この部屋が明るい理由は何なのか。
益々気になったわたしとクレイにノル…そしてシロちゃん、わからないなりにわたしにくっついているルーミィの視線は、疑問に答えてくれそうなキットンに注がれる。
 見られた方は、得意げに胸を張ると1つ咳払いをしてからおもむろに口を開く。
「ここの壁や床には光を反射させる物質が混ざっているみたいでですね、それのおかげで小さな光も増幅され、これほど明るくなるようです」
「へぇ〜!」
 確かめるように足元の床を見ると、一面にキラキラ光る小さな砂のようなものがあったの。
これのおかげで、このダンジョンはこんなに明るかったんだ!
なんかすごいなぁ〜…と、わたしは感嘆の声しか出せなかった。
「おい、いつまで入り口で立ち止まってんだよ」
 ため息と共に現れたのはトラップだ。
「おめぇらが壁や床に夢中になってる間にひと通りは見てきたぜ」
 そう言えば、わたしたちが話してるときに1人だけいなかったわ。
 さっさと部屋の中を見回って、色々確認しててくれたみたい。
こういうところは、少しは頼れる…って思ってもいいかもね。
「まずはあれ見ろ」
「あれ?」
 指差されて部屋の真ん中を見ると、そこに1メートルくらいの石の台座があったんだ。
その上には、跳躍しているらしいウサギの像が乗ってたの。
「うさぎさんらお!」
「可愛いデシね」
「そうね」
「実に精巧に作られていますね!」
「本物が跳んでるみたいだな」
「あぁ」
「……ってそこじゃねぇっ!」
 像に磁石でもあるみたいに引き寄せられてくわたしたちの真後ろで、トラップは怒鳴るの。
 どうも、注目して欲しい場所が違ったみたい。
「下だよ下!!」
「下? …って、台座の方?」
「そうだよ! そこにシナリオにあった言い伝えが書いてあんだよっ」
 そこでやっと目を丸くしたわたしたちは、バッと視線の位置を下に移動させて台座にはめ込まれた金属のプレートを見た。



     *****



 追いかける月に呪文を捧げよ その心と共に…


 さすれば 銀の宝への扉 開かれん



     *****



 トラップの言うとおり、そこにはシナリオにあった文章と同じものが刻まれてたの。



 あ、満月の日まで待ってる間に言い伝えについても考えた、って言ったよね。
 そのときわたしたちが出した答えは、ダンジョンにきっと“追いかける月”と“呪文”があって、それをどうにかすれば宝への扉が開く、ってものなんだけど。
 これが正解か不正解かは、ダンジョンにたどり着いた今でもまだ判断のしようがないんだよね。
けど、何の指針もなくクエストに挑戦すると、迷いから先に進めなくなったり、いざと言うときに決断できなかったりして、かえって失敗することが多い…って何かで聞いたことがあったから。
とりあえずは“追いかける月”と“呪文” ―― 2つのキーワードを探してダンジョン攻略しようってみんなで話したんだ。



「まだキーワードのキの字もねぇけどよ、やっぱこの言い伝えが重要だってことははっきりしたな」
「そうだな」
「そうですねぇ」
「あぁ」
 男4人で頷きあう足元で、ルーミィとシロちゃんまでコクコクと首を縦に振ってる。
 わたしは…というと、それよりも気になったことで頭がいっぱいで、ひと通り部屋を調べた誰かさんの背中に声をかけた。
「ね、キーワードと言えば、この部屋についてのメモに“鍵”ってあったけど…それは?」
「おぉ、そいつならきっとあれだぜ?」
 言いながらトラップが指差したのは、入り口から見て左にある扉。
よく見ると、そこには大きな鍵穴があったんだ。
「ありゃ純粋に鍵穴だな。ただし…鍵らしきものはどこにもなかったけどな」
「鍵ないの!?」
 びっくりして叫んだわたしに、トラップは呆れたように肩をすくめる。
「見りゃわかんだろ。入り口と扉以外でこの部屋にあんのはこのウサギだけだぜ」
「えぇぇ!! ってことは、鍵をどこかで見つけてこなきゃいけなかったのかな?」
 “鍵”ってあるくらいだもん。
あの鍵穴に合う鍵で開けないと先に進めないんじゃ……。
 そう思ってのわたしの言葉に、落ち着き払ったキットンが首を振る。
「それならシナリオにそう書いてあると思いますよ」
「じゃ、じゃあ…ウサギに何かすると鍵が出てくるとか?」
 再びトラップを見れば、
「んな仕掛けはねぇな」
と軽く一蹴されちゃう。
「えぇぇぇ? だったら……」
「パステル、落ち着け」
 グルグルとその場を回ってまで考えはじめたわたしを止めたのは、ノルだった。
肩を掴まれて向かい合ったことで見えた小さな瞳が、焦りでドキドキしていたわたしの心臓をちょっとだけ収めてくれる。
 少しだけ余裕ができて周りを見れば、わたし以外は誰も慌てた様子がなかったの。
1人だけ空回ってるわたしを安心させるように、クレイが優しく微笑みかける。
「うちにはこういうとき役に立つやつがいるじゃないか」
「いるおう!」
「いるデシ!」
 胸を張ってそれに同意するルーミィとシロちゃんの視線は……パーティのトラブルメーカーでもあるトラップを見てたんだ。
「あ!」
 そっか!
鍵がなくっても開ける方法あるじゃないっ!
 そこでようやく、盗賊の技能の1つに鍵開けがあったことを思い出したんだ。
「開けられるか?」
「おいおい、クレイちゃん。誰に聞いてんだよ?」
「……だよな」
 クレイの問いに自信満々に答えたトラップは、今度こそ本当に頼もしく見えちゃう。
 うんうんとその姿を見ながら何度か頷いてたら、真横までやってきたトラップが拳で頭を小突いてきたの。
「おい、パステル! おめぇ、おれが鍵開けできんのすっかり忘れてたな?」
「ごめんごめん! “鍵”ってキーワードにこだわりすぎちゃったみたいで…」
 ホントに悪いな、と思ったから素直に謝ったらそれ以上は何も言わずにため息をついた。
そして、目的である鍵穴つきの扉をジッと見つめると、
「……んじゃ、一丁やってやっか!」
そう言って腕まくりしたトラップは、そこに向かって歩いて行ったの。



 七つ道具を出してカチャカチャすること時間にして…10分くらいかな。
真剣な顔して取り組んでたから、結構難易度が高い鍵だったのかもしれない。
 でも、カチリと小気味よい音が響いたかと思ったら、


 ゴゴゴゴゴ……


入り口が開いたのと同じような低い音と一緒に、目の前の扉が左側にスライドしたんだ。
「よっしゃっ!」
「とりゃーすごいおう!」
「うんうんっ」
「トラップあんちゃん、やったデシ!!」
「お疲れ」
「さすがだな」
「やりましたねぇ〜」
 ガッツポーズするトラップを囲んでひとしきり労ったわたしたちは、開いた扉の向こう側 ―― 新しい部屋へ向かったんだ。




     next...?







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