ボウケン - 9
入り口正面の壁の向こう側には、天井からぶら下がってるらしい大きな大きな黒いカーテンが垂れ下がってた。
その先は全く見えなくて、わたしたちはみんな期待に踊る胸を抱えてトラップが罠がないか調べてるのをじっと待ってたんだ。
でも、今までが嘘みたいに何の仕掛けもないみたいで、ドキドキしながらみんなで一斉にカーテンをくぐったの。
目に飛び込んできたのは、息を飲むような静かな光景だった。
六角形の部屋の天井に、丸い窓が1つ。
そこから強いけど優しい…それでいて淡くて柔らかい光がスポットライトのように床を照らしてたの。
その中央には、白い石で造られた丸テーブル置かれ、2脚の椅子が誰かが座るのを待っているみたい。
自然と肩の力が抜けたわたしは、部屋の中に満ちる気配に目を細めた。
もう、なんかね?
今までの部屋の明かりとは全然違うの。
壁の中の何かがポタカンの光を反射させてるみたい…って言ったけど、その硬くて冷たい感じじゃなくって。
綿みたいなあったかいものに包まれてるような…そんなイメージ。
実際まだ、光を直接浴びてないのにそう思えるのってすごいよね。
「…おい、まさか“これ”が宝とか言わねぇよな?」
呆けたようにトラップが呟いたのは、きっと誰かに否定してもらいたかったからなんだと思う。
でもこの部屋には、周囲を囲むカーテンと天窓にテーブル、椅子しか見当たらないんだよね。
この、宝箱が存在しないっていう事実もだけどね。
何よりわたし自身の心が『銀の宝』は“これ”なんだって言ってた。
「ははあ〜……銀色の月の光が『銀の宝』の正体ですか。ピッタリですねぇ〜っ!」
そう、まさにキットンの言う通り!
…と思ったから、わたしはうんうんと頷く。
「これをお宝にした人の気持ちもわかるよね! いつまででも眺めてたくなるし、この光をずーっと浴びたくなるもの!!」
「おれ、このクエストが戻ってくる理由がわかったかも」
クレイの言葉にトラップ以外のみんなが同意する。
だって…お宝が満月の光を含むこの部屋じゃあ、持って帰ることもできないでしょ?
それに、この光景は自分だけが楽しんでたらもったいないって思うもの。
たくさんの人と分かち合いたい…って。
きっと今までこのクエストに挑戦した人も思ったんじゃないかな?
わたしたちの様子を渋い顔で見てたトラップは、
「……まぁな〜」
と、最後の最後で認めたんだよね。
未練たらしい大きなため息と一緒だったけどさ。
代わる代わる椅子に座って、天窓から満月が見えなくなるまで味わったわたしたちはこのダンジョンを後にしたんだ。
あ! びっくりしたのはね?
わたしたちみんなが洞窟から出た瞬間、地響きと共にダンジョン内の全ての扉が閉まったの!
開いてるのは入り口だけ。
わたしたちがこの洞窟に入る直前と同じ状態に戻ったんだ。
このダンジョンはこうやって次の人が訪れるのを待ってるんだな〜…なんて思っちゃった。
次の日の夕方。
シルバーリーブに戻ったわたしたちは、さっそくオーシのところに行ったの。
「おう、おめぇら、帰ったのか! で、どうだった? あのクエストはよ」
「無事、達成できたよ」
「そうかそうか!!! おめぇらならやれると思ったぜ!」
バシンバシンと豪快に笑いながらクレイの背を叩いていたオーシは、ピタリと笑いを止めると今度は肩を組んだ。
「…んで、宝はなんだったんだよ」
何がお宝だったのか、ホントに気になってるんだろうなぁ〜。
すぐ近くから期待した瞳で見つめられてるクレイはちょっと居心地が悪そう。
そこに口を出したのは、パーティのトラブルメーカーであり交渉役でもあるトラップだった。
「そんなに気になんなら自分で行きゃいいじゃねぇか」
「おれじゃ無理だろうからおめぇらに頼んだんだろ?」
「あぁ、オーシでも大丈夫ですよ。“月の心”を知っていれば」
「あぁん?」
トラップに詰め寄ったオーシに、キットンがニコニコと話しかけた。
ニコニコって言ってもキットンの笑顔は目が見えない分どこか気味が悪かったりするんだけどね。
眉間に皺を寄せるオーシに、一瞬だけ目をキラリと光らせたトラップが言う。
「ま、何にしてもだ。あの宝の良さは口で言っても伝わらねぇ。その目で見てこそ価値がわかるってもんだぜ? それに、誰もが持ち帰れて、誰にも持ち帰れない不思議な宝だからな……やっぱ、このクエストにゃ終わりがねぇわ! シナリオ、またここに置いてやってくれよ」
「はぁぁっ!!!!? 約束が違うだろうが!!」
……ま、そうよね。
宝が何だったか教えるって約束でこのクエストを安く売ってもらったわけだから、オーシの不満はよくわかる。
でも…悪いこと考えたトラップには誰も勝てないのよね〜。
「いいじゃねぇか!」
と、人のいい笑顔を浮かべたままオーシの肩に手を回すトラップの内側がどうなってるのか、1回見てみたいわ。
「なんなら今度の満月におれたちが連れてってやろうか?」
「お?」
「どうしても知りてぇんだろ?」
「お、おう」
「こいつを500Gで引き取ってくれんならやってもいいぜ?」
「なっ!!??? 売った代金より高いってのはどういうこった!!」
「あんたをダンジョンまで連れてって宝と対面させる手間賃に決まってんだろ? どうだ? 安いもんだろ?」
「も、もうちょっと安くなんねぇのかよ!」
「現地までの足代にダンジョンの謎解き代も入ってんだぜ?」
「そこを何とかっ!!」
「んー……じゃあ、400?」
「もう一声!!」
2人の戦いはまだまだ続きそうだったから、顔を見合わせてクスリと笑ったわたしたちは先に帰ることにした。
ルーミィとシロちゃんにも人差し指を立てて合図して、みんなでそーっとそーっとその場を離れる。
『銀の宝の洞窟』のクエストのことはトラップに任せておけば大丈夫。
儲けられなかった悔しさをオーシ相手に晴らすのがたとえ上手くいかなかったとしても、このクエストがまた別の人に挑戦してもらえるようにはしてくれるはず。
お金さえ絡まなければ、結構頼りになるのよね!
もし、あなたが『銀の宝の洞窟』のシナリオに出会ったなら。
きっとわたしたちと同じことをしてくれるって。
わたし、信じてる!
fin
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