ボウケン - 8
ひとしきり笑いあった後、次の部屋の様子を確認したトラップが目を見開く。
そして、手だけこっちに差し出して言うんだ。
「おい、パステル! 書いてるマップよこせ!」
「え? う、うん」
まだこの部屋のマッピングはしてなかったけど、何か重要そうだったから持ってたマッピング用紙を急いで手渡した。
トラップはそれをチラと見ると、すぐさま大きな大きなため息を吐いた。
「どうしたの?」
「何となくやな予感はしてたけどよ……おめぇここまで書いといて何で気づかねぇんだよ」
「?? 何が?」
呆れ顔でトントンとマップを叩くトラップに、わたしは首を傾げるしかなかった。
だって、ホントに何のこと言ってるのかわからなかったんだもん。
そしたらトラップ、次の部屋を見てみろってあごで促すの。
言われるがまま、わたしを含むトラップ以外のみんなで覗いてみたら……
「う、うそ――――っ!?」
「うそだろ!!?」
…もう、びっくり!!
部屋の造りは同じだから変わり映えしない風景といえばそれまでなんだけど……今いる扉の他に、既に開いた扉が2つ。
その片方からすっかり暗くなった外の景色が見えてたの。
こ…ここって、最初の部屋じゃないっ!?
「ギャハハハハハ!! これは参りましたねぇ! ふりだしに戻るですか」
キットンの能天気な馬鹿笑いに、わたしはガックリと肩を落とした。
トラップからマップを返してもらい、まだ書き込んでいなかったFの部屋を入れ込むと…本当にピッタリ6つの部屋が6角形に並んだの。
わたしたちが落ち込みながらAの部屋に移動すると、その後を追うようにウサギ像がついて来て、このダンジョンに入ったときと同じ部屋の真ん中でピタリと止まった。
みんなで像のすぐ側に円になって座ると、クレイが全員の顔を見回す。
「もう1度最初から整理しよう」
言いながら指差したのは、像の台座についている言い伝えの書かれたプレートだった。
*****
追いかける月に呪文を捧げよ その心と共に…
さすれば 銀の宝への扉 開かれん
*****
「おれたち、このダンジョンのどこかに“追いかける月”と“呪文”があるって思ってたけど…」
「1周しても、それらしいもんはどこにもなかったな」
「もう1度この文章について考え直す必要がありそうですね」
「そう、だな」
キットンの提案にそれぞれが神妙に頷いたとき、場違いな幼い声が部屋中に響いた。
「ぱーるぅ! ルーミィおなかぺっこぺっこだおう!」
その何もわかっていない明るい笑顔に、思わずクスリと笑みが漏れる。
「腹が減っては戦は出来ぬって言うし…ちょっと糖分補給しよっか!」
「あぁ、そうしよう」
わたしの提案にクレイも笑顔になりながら頷いてくれたんだ。
ノルが背負ってくれてたリュックの中から買っておいたチョコレートとクッキーを出してみんなで分ける。
このダンジョンに来てもう4、5時間くらい経つもんね。
頭も使ったし、幻とだけど戦闘もした。
休憩とるには丁度よかったのかも知れない。
甘いものを食べて脳を活性化させながら、わたしは言い伝えについてもう1度考えてみたんだ。
う〜ん……?
“追いかける月”は見つからなかったんだよね。
でも…まるで追いかけてくるように動いてたものがあった、よね?
このウサギ像。
わたしたちが次の部屋に入ると必ず動き出してさ…。
もしかしたら“追いかける月”がウサギ像なのかも!!
でも…じゃあ“呪文”って何なんだろう?
“その心”と共に捧げる“呪文”……。
…あれ?
“その心”って、文章からすると…月の心ってことよね。
『ウサギ』
と
『月の心』
と
『呪 文』
……っ!!
もしかしてっ!?
閃いたことが正解とは全く思えなかったけど、余りにも自分の中でピッタリと符号が合っちゃったもんだから、ちょっと興奮しながらリーダーのクレイに話しかける。
「ねぇねぇ、ちょっと試してみたいことがあるんだけど…」
「何か思いついたのか? パステル」
「う、うん。でも、成功するかわかんないけど…」
みんなの視線が自分に集まったもんだから、心臓がドキドキ言い始めた。
そしたらそれを治めるかのように優しい声が降ってくる。
「挑戦すればいい」
「うん、ノルの言う通りだよ。何もせずにこのまま考え続けてても解決しないし」
キットンとトラップも、何も言わなかったけど頷いてくれた。
「ぱーるぅ、がんばるお!」
「頑張って下さいデシ!」
すぐ隣にいた小さな2人にも応援されて、わたしはギュッと拳を握って立ち上がった。
まず、ウサギ像の真正面に当たる位置に移動して、自分を落ちつけるためにも何度か深呼吸する。
そして、あーあー…と声を出して喉の調子を整える。
うぅぅ…っ、緊張するなぁ!!
みんながわたしの後ろ姿をジーッと見つめてるのが痛いほどわかるから、手の平まで汗ばんできちゃった。
上手くいくかなんてわからない。
きっと、失敗するんじゃないかなぁ?
でも、せっかくやってみればいいよって言ってくれたんだもん。
何もしないでこの閃きを無駄にするのはもったいない。
下手だっていいもん。
思いを込めて頑張ってみよう!
自分で自分を励まして覚悟を決めたわたしは、深く大きく息を吸った。
闇夜にたゆたう 銀の光
柔らかで 優しい
寂しくて 悲しい
心はいつも 追いかける
晴天に登る 金の光を
青空にまぎれる 白い姿
儚くて 弱い
潔くて 強い
心はいつも 添い遂げる
昼空に浮かぶ 白い姿に
歌を歌うのも久しぶりだったから上手く声は出ないし、音程も震えちゃうし…で散々だったと思うんだけど、最後まで歌いきったら、
カチッ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ
と、正面の壁が下にスライドしてその向こう側に部屋が現れたの!!
「おぉぉぉぉぉ!!? す、すごいじゃないですか、パステル!!」
「何したんだ、おめぇ!」
わたしの周りに集まって肩や背中を叩く男性陣にちょっと顔をしかめながら、さっき頭の中で考えてたことを簡単に説明する。
「ウサギ像…ずっとわたしたちの後を追いかけてきてたから、あれが“追いかける月”だと思ったの。あとね、呪文と共に捧げる“その心”は“月”の心ってことでしょ? そしたらふっと思い出したんだよね。『月の心』っていう歌があったって」
予備校時代、詩人の中では有名な歌として先生に教えてもらったの。
たった数回歌ったくらいじゃ普通は覚えられないんだけど…これはちゃんと頭の中に残ってたのよね。
だって、詩を作った人の名前がウサ=ギさんって言うんだ。
ウサギが月の歌を作った…って思ったら興味持ってもおかしくないでしょ?
「それで、もしかしたら歌が“呪文”なのかもって!」
自分の考えが当たったという嬉しさから力いっぱいそう言ったら、ルーミィとシロちゃんが足元からキラキラした瞳をこっちに向けてきた。
「パステルおねーしゃん、すごいデシ!!」
「すごいお〜!」
あー……もう、すっごくうれしい!!
この2人に褒められていい気分にならない人はいないよね、うん。
思わずしゃがみ込んでルーミィたちをギュッと抱きしめたら、背後にいたトラップが呆れたように息を吐く。
「はぁ〜…まっさかおめぇがこの謎解いちまうとはな」
「歌が呪文とは思いもしませんでしたねぇ〜」
それにうんうんと頷いて同意するキットン。
そんな2人にわたしはちょっと胸を張ってみせる。
「こう見えても、詩人なんだからね!」
「姿も声も普通の人並みのな」
「ちょ、ちょっとトラップ! 何よその言い方!」
ニヤニヤと笑いながら肩を竦めるトラップの憎らしいこと。
わたしのおかげで言い伝えの謎が解けたって言うのに、失礼でしょ〜!?
一発だけでも拳をお見舞いしてやらなきゃ気がすまないわたしは、もう既に手の届かない位置に逃げてしまったトラップの背中を全速力で追いかけた。
...next?
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