「ありがとうございました〜!」
か…買っちまった。どうすんだ……おれは?
店員の妙に明るい声に背を押されて歩き出したはいいが…素直に旅館には戻れそうもねぇ。が、他のところに行きたいとも思えねぇ。
頭の中に浮かぶのは、あいつだけ。あの超がつくほど鈍感で大ボケな方向音痴のマッパー。
なんであいつなんだ? って思うこともしばしばだが…気がついたらあいつ、だったんだ。それに気付いちまってからはもう、ほんのちょっとした動きすら可愛いと思っちまう。
おれがどれほどそれに耐えてるかわかるか!? わかんねーよな! わかんねーから、無防備に笑顔見せたり、すねた顔みせたり、怒ったりしやがるんだ!
あー…ちくしょーっ!! 全部あいつがわりぃ! あいつが鈍感じゃなけりゃ、おれがこんなに苦労するこたぁねぇんだ!
左手でわしわしと頭をかきながら、そっと右手に包まれたものの感触を確かめる。上着の中に入れられたそこには、おれの熱を吸い取った小さな箱。
触ったとたんにごくりと喉が鳴る。
それはこれから自分がやろうとしてることに対しての緊張なのか。それとも、訪れるかもしれない結末への不安なのか…。
「最近、パステルに声をかける男の子多くてさ〜。あんたも、あんまりうかうかしてると横からかっさらわれるよ?」
リタの何気ない言葉だって、いつもなら気にしねぇさ。けどな。あいつの姿を見たら、余裕って言葉がどっかに飛んでっちまった!
あいつ ―― ギアだ!
こいつだけは別。一番ヤバイ相手。一度パステルにプロポーズしてることもあって、あの鈍感に“意識”されてる唯一の男…。
意識もされてねぇおれは、こいつに一歩どころか数百歩くれぇ遅れてる。リタの言葉じゃねぇが、うかうかしてたら本当にかっさらわれちまうぜ!
側いてくれるなら今のまんまの関係でもいい、なんて思うこともあったさ。でもな、あいつが誰かのものになる。それは…それだけは見たくねぇ!
あぁもう、ちくしょ―――! おかげで買っちまったじゃねぇか。あいつをおれのものにするための…ものを。
ギアが来ただけじゃ、きっとここまで思い切ったことなんかしねぇ。いつもみたいにパステルをからかって、あいつの気持ちがギアにねぇことを確かめるくれぇだろう。
でも、幸か不幸か今日はパステルの誕生日。何かプレゼントを…と思ったら、もうこれしか思い浮かばなかった。
ぐるぐると考えてるうちに、いつのまにか目の前にみすず旅館にたどりついちまった。
右手はそのままポケットの中で、左手でドアをあけ中に入り、ゆっくりと階段を上る。一歩一歩部屋に近づくにつれて、ドクンドクンと自分の内から聞こえてくる音がうるさいくらい響くようになりやがった。
ドアをはさんだ向こう側。きっと、あいつは机に向かってる。
大きく息を吸って、少しでも平静を取り戻そうとしてみたが、上手くいくはずもねぇ。それでも、あいつに今のおれの心の中を知られる方が恥かしいからな…。上辺だけでも普段どおりの顔を作ってみる。
トントン
「はーい? 空いてるよ?」
かすかに震える左手で、ドアをノックする。ってか、今思うとノックする時点でいつもどおりじゃねぇな…いけねぇいけねぇ。
ガチャリとドアを開けて中に入ると、ペンを置いてこっちを見てたパステルが、珍しいって顔をしやがった。
「なんだよ? いつもノックしろって言ってんのはおめぇだろ!」
「それはそうだけどさ……」
まだ疑い顔のパステルに、内心で舌打ちする。いつもだったら、それもそうね、なーんて言って納得するくせに、今日に限って…。やっぱり、顔に出てる…のか? 心拍数がまた更に上がるのがわかる。
「おら、続き書かなくていいのか!?」
絶対に緊張してるってことは知られたくねぇからな。ぶっきらぼうにそう言うと、予想外にパステルの方が立ち上がりやがった。
「丁度、これっていう表現が思いつかなくって悩んでるとこだったの。ちょっと休憩しようかな?」
「そうか…」
大きく伸びをしてる姿が、なんとも言えねぇくらい可愛く思えるのが重症だ。
「どころでトラップは何の用? いつもみたいに昼寝しに来たの?」
ちょっ! 待て!! いきなりこっちに身体を向けて、首を傾げるんじゃねぇ!
「トラップ??」
思わずふいと視線をそらしちまったおかげで、不思議に思ったのか、あっちから手の届く位置までやってきやがった。
あぁ…もう、どうとでもなれっ!!
「ほれ」
声と一緒に、ずっとポケットの中で握りしめていた物をそのまんま差し出す。
「これ、なあに?」
少しかがんで手の中身を見ようとしたパステルに気付き、自分の馬鹿さ加減にあきれた。右手で箱の上部を持ったまんま差し出したってわかるわけねぇわな。おれは、一度自分の左手にそれを乗せた。
「おめぇ、誕生日だろ?」
「え……トラップ、覚えててくれたの?」
驚くパステルを横目に、今度はちゃんと中身 ―― 花の形の飾りのついた、シルバーの指輪が見えるように箱を開けて差し出した。
「おめぇはおれのもん、っていう目印だかんな。ずっと付けとけよ」
「え? それって……」
目の前に差し出されたものと、おれの顔を交互に見ていたパステルの顔が赤く染まる。視線は指輪に固定され、口元に手を当てたまま動きすらなくなっちまった。
よしっ! これで“意識”はされた。あとは、告白すっとばしてプロポーズってこの状況を…パステルが受け入れてくれるかってことだ。
不安と期待で渦まく心を抱えながら、じっとこいつの様子を見てるなんてこと、できやしねぇ!
自然と視線はパステルのいない方へ。そこからが、とてつもなく長いと感じる時間のはじまりだ。第3者からすりゃあ、一瞬の出来事かもしんねぇ。でも、当事者からすりゃあ、天国と地獄に別れる重要な瞬間を待つための時間。時が止まったかのように、耐えられないくらいの苦しさが永遠に続くような感覚だった。
おれは、ゆっくり息を吐きながら、ポリ…と左頬をかく。
その時。グスッ…と耳に届く音。
瞬間、止まっていた時が動き出すのを感じた。ふいに、口をつく言葉。
「いるのか? いらねぇのか?」
自分の中にある、もしかしたら…という気持ちがはやり、そうさせやがった。確信に一歩近づいたその思いを、より確実にするため。
さぁ、言えっ!!
「……いるっ…」
キュッとおれの手ごとプレゼントを握ったパステルは、ポロポロと大粒の涙を流していた。本当なら、その場で飛び上がって、今の気持ちを叫んでやりたいくらいだったが、その涙を見たらどこかへ消えてしまう。おれは心のままに、空いていた左手をパステルの背に回し、ギュッと強く抱き寄せた。
「……そんなに強く握んなくたってやるよ。おめぇのもんだ」
嗚咽を零す背を優しく叩いてやると、握っていた手が離れ、おれの背に回された。抱きしめ返されるその手の暖かさを感じながら、右手に残る箱から指輪だけ取り出した。おれは、箱を上着のポケットに入れた後、それを右手に持ち変える。
「おら、手出せ」
パステルは下を向いて泣きながら、身体を離した。同時に、溢れる涙をすくいに行った左手を、左手で掴みこちらに引き寄せた。
おめぇは…おれのもんだからな。
思いを込めて、薬指にそれをゆっくりとはめていく。
……おれも、おめぇだけのもんだ。
ピタリと細い指の奥まではまった銀色の輝き。
しばらくそれから視線を外せずにいたら、パステルの手に力がこもる。握られた手から強く伝わってくる熱。それを感じながら顔を上げると、涙に濡れた彼女の顔がある。透明な雫で頬を飾りながら、幸せそうに微笑むその姿は、今までで一番美しく感じた。
- end -
2013-11-30
猫田よん太様のサイトで開催されていた絵茶に参加した折に書かせていただいた作品です。
描かれたイラストやチャットに多大なる影響を受けております。
屑深星夜 2007.2.4完成(2013.11.30修正)