“ジャッポン・お国言葉キャンデー”の効力がやっーと切れたのは、パステルと話した次の日の朝だ。
「……あー…あー……治ってる…か?」
目が覚めた後、恐る恐る声を出して確かめると、自分の話し方。
懐かしい話し方だ、って感じちまったおれが悲しいぜ…。
ま、ここ最近、おれに降りかかってくる災難を思えば、当たり前か。
詳しいことを知りてぇやつは、kiki、yuka、沙石、パレアナんとこへ行って見てくるといい。
ウキウキと、久々のバイトに行こうと旅館を出たおれは…その数十分後に、大きくため息をつきながら、来た道を戻ってきていた。
なんで帰って来てるかって?
そりゃな……バイト首になってたからだよ!
…ここんところ災難が続いたせいで、バイト休んでただろうが。
そんなやつは雇ってられん! ってとりつくしまもねぇんじゃ、いくら口の上手いおれでもどうにもならねぇ。
おかげで仕事のなくなったおれ。
金を稼がなきゃ、次のクエストも自分の小遣いさえままならねぇ今の状態だぜ? ため息ついて歩くのも頷けんだろ?
そんなとき、声をかけてきたのは…シナリオ屋のオーシだ。
「おう! トラップじゃねーか。なんだ〜? シケた面しやがって」
「してて悪ぃか? オーシには関係ねぇだろ」
不機嫌なのを隠すつもりもねぇし、おれはぶっきらぼうにそう言い放つ。
そんなおれの様子に、オーシは逆にニヤっとしやがった。
「関係なくもないんだな」
「ああん?」
「おめぇ、今、暇か?」
一転して真剣な目でこっちを見るもんだから、思わずホントのことを言っちまう。
「……暇だけど?」
「本当か!?」
パッと顔を明るくさせたオーシは、おれの手を握って一気に話だした。
「おめぇに頼みがある。ヒールニントの温泉に、最近新しい湯ができたらしいんだよ。客がそれ知って、温泉水を欲しがってな…頼む! とってきてくれねえか! ちゃんと金ははらってやるからよ」
新しいバイトを探さなきゃな…って思ってたときにだぜ? おれにしてみりゃ、願ってもないことだ。
「……1ビン100Gで買い取るなら、考えてやるぜ?」
ニッと笑ってそう言うと、オーシは肩をすくめる。
「そりゃないぜ。今は湯が枯れてるわけじゃねぇしな。50Gだ!」
「肉体労働するのはこっちだぞ。まぁ…別に、おれは断ったってかまわないからいいけどな?」
そう言いながらおれが背を向けると、後ろからため息が聞こえてきた。
「……お前にゃ勝てねぇなぁ。わかったよ。100Gで買い取ってやる」
「おっしゃ。んじゃ、ヒポで明日にでも行って来てやるよ」
「頼むぜ、トラップ」
わかった、という意味をこめてひらひらと手を振る。
おっしゃっ! 思わぬ儲け口が手に入ったぜ!
おれがさっきまで抱えてた気分はどこへ行ったのやら。足どりも軽く、旅館への帰り道を歩いてた。
次の日。
ヒポがいるから大丈夫だろうと、おれは1人で行くことに決めた。だってよ、大勢で行って、自分の分け前が減るのは嫌だろ?
「ヒールニントの新しい温泉水を取りにいくんですか」
「あぁ。ヒポもいるからな、6日かそこらで帰って来れると思うぜ」
そう言うと、キットンは楽しげに何度か頷いたあと、おれを見上げる。
「その湯、口にしないように気をつけた方がいいですよ」
「あん?」
なんでだ? って聞こうと思ったが、その前にキットンは薬草集めに出かけちまったから聞けず終い。
出発したころには、すでにおれの頭の中からその言葉は消え去ってた。
ヒールニントについたおれは、久々に会ったユリアたちにあいさつし、目的の湯をもらえないか話した。
あの町にとって、おれたちは恩人みたいなもんだからな。快く承諾してくれたぜ。
その目的の湯は、チョコレートを溶かしたような濃い茶色をしてて、温泉独特のにおいじゃなくて、どこか香ばしい。腹が減ってたら、こいつを飲みたくなっちまうような…そんな香りだ。
“温泉だ”って知らなきゃ、飲もうとするやつがたくさんいそうだな。
そんなことを思いながら、持ってきたビンに湯を汲んだ。
それをヒポに積んで、シルバーリーブに帰りついたのは6日後の夕方だ。
「おう! オーシ。とってきてやったぜ!」
「おぉ、早かったじゃねぇか」
「ま、な」
ヒポをオーシの店の側に止めて、持ち帰ったビンを、オーシが用意したリアカーに乗せかえた。
「全部で62本か」
「そんなに割れなかったからな」
前に温泉水持ち帰ったときは、歩きってこともあって20本割れたしな。オーシのやつが50本は欲しいって言ってたからな、空ビン70本持ってったんだ。
ヒポの機嫌がよかったのもあんだろうけど、思ったより割れなかったからな。もらえる金が増えるわけだろ? まだ金を受け取ったわけでもねぇのに、ニマニマしてきちまうぜ!
「中身は…と」
オーシは1つビンの中身を確かめるために、その蓋を取る。
と、その時だ。さっきまで大人しかったヒポが急に興奮しだした。
「おい、ヒポ? 落ち着け」
そう身体をなぜてやったけど、全く効果がねぇ。
次の瞬間、おれの手を跳ね除け、オーシに向かって突進していた。
「うわぁっ!!」
ガシャーンッ!!
オーシの手から離れて宙に舞ったビンは、中身をおれとオーシの上にぶちまけながら、地面に落ちて割れた。
頭の上からかぶったもんだから、自然、口の中に温泉水が入っちまい、どっかで飲んだことがありそうな…塩辛いスープの香りが鼻に抜けた。
―― 「その湯、口にしないように気をつけた方がいいですよ」
出発前の何気ないキットンの言葉。それが何を意味していたかに気付くのは、このすぐ後のことだ。
「ヒポ! 何すんだて!」
(「ヒポ! 何すんだよ!」)
「わははっ! やめろ! こそばいでぁにゃ〜か! ねぶるんじゃにゃ〜!」
(「わははっ! やめろ! くすぐったいじゃねーか! 舐めるんじゃねぇ!」)
「!?」
「今の言葉、何だ!」
「…またか」
おれは諦めとともに、大きく息を吐いた。
「おや、トラップ。帰ってきてたんですね…って、ずぶ濡れでどうしたんです?」
キットン!? 何も、こんなタイミングで通りかかんなくてもいいだろうが…。
そう思いながら、おれは重い口を開いた。
「ヒポのやつが、急に突っ込んできたんだがや」
(「ヒポのやつが、急に突っ込んできたんだ」)
「ははぁ…それで温泉水を頭からかぶり、口の中に温泉水が入ってしまったわけですね〜」
おれの口から発せられた言葉を聞いたキットンは、ニコニコと楽しそうに頷いた。
「その温泉水はですね、ナゴーヤの湯といいまして…この間のミカワの実の原産地のすぐ隣、ナゴーヤの国で使用されてる、アカミソの粉末を入れた温泉なんですよ。体がとっても柔らかくなる効能があるんんですが、口にすると、しばらくの間、ナゴーヤの国の言葉しか話せなくなるんですよ」
「おみゃ〜、よぉ知っとるな…」
(「お前、よく知ってるな…」)
半ば感心してそう呟くと、こいつは照れたように頭をかく。
「それは、アカミソの粉末の効果を研究したのは、ゼンばあさんと私ですからね」
研究した……だとっ!? ってことは、この温泉水を作り出したのも、キットン(とゼンばあさん)ってことか!
「ほいだでこんなことになっとるんか! んな研究でいばるんでぁにゃ〜! このたぁけが!」
(「それだからこんなことになってんのか! こんな研究でいばんな! このバカが!」)
「ぎゃっ!」
ゴンッ、と拳でキットンの頭を殴った。
「痛いじゃないですか! わたしは一応忠告しましたよ〜」
「ぐっ…」
言われて気付く。
確かにキットンは一応忠告してくれた。
それにだ。今までの経験からすると…ここでキットンを怒らせると後で何が起こるかわからねぇ。
おれは、行き場のない怒りを押さえるために必死になって拳を握り締めた。
「…効力はどんくりゃ〜なんだ?」
(「…効力はどのくらいなんだ?」)
「ほんの少しですよね? それなら数時間という程度でしょう。飲み物みたいに飲んでいたら、軽く1日はかかりましたよ」
「……」
多けりゃ1日……トサ弁の二の舞にならなくてよかった! …って、ちょっと待て!
少し胸を撫で下ろしたところで、あることに気付いた。
おれとオーシは少ししか口に入れてねぇが、ヒポはどうなるんだ?
「ヒポがようけ飲んでまっとるが、でぁ〜じょ〜ぶか?」
(「ヒポがいっぱい飲んじまってるけど、大丈夫か?」)
「そこまで研究はできていませんからわかりませんが…もとから言葉をしゃべるわけではありませんし? 今のあなた方に比べれば、全く問題ないと思いますが…」
…は? 今のおれたちの状況だって?
キットンに言われて周りを見てみれば…シルバーリーブの人たちがいつの間にかたくさん集まってきていた。
クスクスとおれを見て笑ってるところを見ると、この言葉遣いでしゃべってるとこを聞かれたってことだよな…?
「まっとちゃっと言え!」
(「もっと早く言えよ!」)
おれは顔を真っ赤にしながら、キットンを怒鳴りつけた。
「トラップ! 金の話はまた後でな。今は別れよみゃ〜」
(「トラップ! 金の話はまた後でな。今は別れようぜ」)
同じように赤くなったオーシがおれにそう言ってくる。いつのまに店じまいさせたのか、もうすでに人ごみを避けてこの場を去ろうとしてやがる。
「賛成だがや! 忘れたら承知せぇせんからな!」
(「賛成だぜ! 忘れたら承知しねぇからな!」)
「わかっとるって! 明日、また店にこやぁ!」
(「わかってるって! 明日、また店に来い!」)
オーシを見送りながら、おれも急いでその場を去り…みすず旅館に逃げ込んだ。
ナゴーヤの湯の効果が切れたのは、4時間後のこと。もちろん、夕飯を食べに行けなかったおれは、部屋のベッドでぐったりとしていた。
もう、いいかげん勘弁してくれ……頼む。
そんな願いもむなしく、次の災難は、今か今かとおれを待っていた……。
またそれは、別のとこで見てくれ。
じゃあな。
- end -
2015-4-29
当時、FQクラスタ様の間で方言SSが流行っておりまして。
その流れに乗って書いたものです〜。話がだんだん繋がっていって、何かの企画みたいに広がっていったのが楽しかった覚えがあります。
方言…萌えますよ。
あなたも、創作してみませんか?(笑)
屑深星夜 2007.2.10完成(2015.4.29修正)