冴え渡る冬の夜空に、幾億もの星と、細く消えてしまいそうな三日月が顔を見せたころだった。
「ぱーるぅ! おなかぺっこぺこだおう!」
「はいはい、早く猪鹿亭に行こうね」
「わんデシ!」
暗い道を歩く影が3つ。
1つは、“ぱーるぅ”と呼ばれた長い金髪を後ろで1つに束ねた女の人。もう1つは、その“ぱーるぅ”に手を引かれているシルバーブロンドの小さな女の子。最後の1つは、真っ白でふわふわな毛並みの子犬……いや、ホワイトドラゴンである。
ここまで言えばもうお分かりになる方がほとんどだろう。“ぱーるぅ”とは、パステル・G・キング、我らがFQの主人公だ。
今回もまた、彼女のお話か……というと違うのだ。彼女の話なら彼女が語り手になっている。
しかし、残念ながら今回の語り手は“私”だ。
ならば誰の話か? …だと? そう急かさなくてもよかろうに……。
……?? よくないだと? 今回は時間がない?
……まったく、しょうのないことだ。では教えようではないか。
今回の話は、パステルの隣で歩いている小さな少女、ルーミィと、ホワイトドラゴンのシロ、この2人の物語なのだ。
事の起こりは、彼女たちが猪鹿亭にいく途中にあった。
「ぱーるぅ! お月さまが泣いてるおう!」
「わんデシ!」
「……泣いてる?」
首をかしげながらルーミィ達の指差す方を見るパステル。そこには大地の方に弧を向けた三日月と、瞬く星々があった。
泣いてる、という事がやはり何なのかわからない様子のパステルに、シロが小さな声で補足した。
「お星さまの涙を流してるんデシよ」
「そう言われればそう見えるわね……」
三日月が人の閉じられた目、星が涙。
言われてみて初めて、パステルはそれに気がついた。すると、まるで、空全体が1人の人間のようにも思え、何か不思議な気分になった。
「どうしたんら? お月さま、何かかなしいことでもあったんか?」
「どうしたんデシかね?」
純粋にその“人”を心配するルーミィとシロに、パステルは微笑む。
「わたしにはわかんないわ。直接お月さまに聞けたらいいわね」
「うん!」
「デシ!」
元気な返事が辺りに響いた。
彼女たちは知らない。この少し後、空に異変が起こることを……。
***
「あ――……食った食ったぁ……」
「くったくったぁ!」
猪鹿亭から帰ってきたパステルたちである。トラップの言葉を真似したのは、もちろん、ルーミィだ。
ドタドタと階段を上って行くクレイたちについて行こうと、パステルとルーミィ、シロが階段に足をかけようとした時だ。
「パステル、帰ってきたのかい? ちょっとこっちへ来てくれないかい?」
「あ、はい」
旅館のおばさんに呼ばれ、パステルは奥へと行ってしまった。
「行っちゃったデシ」
残されたルーミィとシロは、しばらくボーっとその場で突っ立っていた。
「……どうするデシ?」
上に行くデシか? そう聞こうとしたシロの声に被るように、入り口を軽くノックする音がした。
“トントン”
「誰か来たデシ」
2人でドアを見つめる。しかし、パステルや、旅館のおばさんはノックする音に気づかないようだ。
“トントン”
もう一度誰かがドアを叩く。
「誰が来たんだお?」
「わからないデシ」
2人が顔を見合わせながらそんなことを言っていると、また、ドアがノックされる。
“トントン”
「パステルおねーしゃんたち、気づかないデシね」
パステルとおばさんが消えた方を見るシロ。そんな彼に、ルーミィが満面の笑みを浮かべ話しかけた。
「ねぇねぇ、しおちゃん」
「何デシか?」
「ルーミィたちあでるおう!」
「デシ!」
そのルーミィの提案に、シロもまた笑顔で答えるのだった。
“トントン”
「はぁい!」
4度目のノックにルーミィがトタトタと入り口に近づく。もちろんシロも後を追う。そして、ルーミィはノブに手を伸ばして手首をひねった。
“ガチャ”
一瞬、動きがとまった後、2人はそろって首をひねった。なぜなら、目の前で1人の男が泣いていたからだ。
男は長い銀髪を下のほうで1つくくっていた。肩からさらさらと流れる髪を気にもせず、ただ、その糸のように細い目から、キラ…と光る涙を流し続けていた。
「どうしたんら?」
「どうしたんデシか?」
上を見上げ、泣いてる男に声をかける2人。涙を拭うことすらしない彼は、静かな声で言う。
「……悲しいんです…あの人に会えなくて……」
「あの人って誰デシ?」
「あの人は、あの人です。僕とはまったく正反対の人……」
そう言って黙ってしまった男に、シロが違う話題をふってみる。
「えっと、ここに何か用デシか?」
「あ…君たちにこれをもらって欲しくて……」
どこから出したのか、男はルーミィの前に一冊の絵本を差し出した。本の表紙には『みかづきお月さま』と黄色の文字が書いてあった。
「本…?」
「どうして僕たちなんデシ?」
“君たちに”と言った意味を聞きたくて、シロがそう問うと、涙をながしたまま、男は小さく微笑んだ。
「僕のな……いえ、僕に気づいてくれたからです」
「?」
「僕は1人では何もできませんし……」
言葉の意味を理解できない小さな2人にポソっとそう呟いた…と思ったら、
「突然お邪魔してすみませんでした」
男は、1つお辞儀してくるりと踵をかえして闇に消えていってしまったのだった。
「何だったんデシ?」
「わかんないおう」
男の消えた方を見ながら首をかしげる2人。
彼らは知らない。少し前まで空に異変が起きていたことを。大地を照らすかすかな月の光が、全くなくなっていたことを。
「あ、しおちゃん、このご本よんでもらうおう! ぱーるぅに!」
とたんにそう言い出して、みすず旅館の中に走って入っていくルーミィ。シロはドアを閉めなくては……と思いつつも、彼女の後を追ったのだった。
***
「あ、ぱーるぅ! この本読んでぇ!!」
ルーミィたちが本をもらってからしばらく後に、おばさんから呼ばれていたパステルがやっと部屋に戻ってきた。
「『みかづきお月さま』? こんな本あった?」
戻ってきてすぐにルーミィから絵本を手渡されたパステルは首をかしげる。
「さっき泣いてるお兄さんがくれたんだおう」
「泣いてる……?」
「“あの人”っていう人に会えなくて悲しいって言ってたデシ」
「あの人……?」
年少2人の言葉にさらに疑問符を浮かべる。が。
「ぱーるぅ! 早く読んでぇ〜」
「あ、はいはい……」
ルーミィに催促されて、気になりながらも本を開くパステルだった。
『みかづきお月さま』
白猫のみーにゃんが、お家に帰ろうと道を歩いていた時、ちょうどお日さまが沈んで、夜が来ました。
すると、どこからかしくしくと泣き声が聞こえてくるのでした。
「だれ? だれが泣いてるの?」
きょろきょろと周りをみまわしたみーにゃんは、気づきました。みかづきお月さまがぽろぽろと星の涙を流して泣いていたんです。
「どうして泣いてるの? お月さま」
みーにゃんがそうお月さまに聞くと、お月さまはいっそう涙をこぼしつつ、ぽそっと言いました。
「お日さまに会えなくて寂しいの……」
ぽろぽろぽろぽろ流れる涙は、ぱらぱらぱらぱらみーにゃんの頭の上に、星になって降ってきます。
「泣かないで、お月さま。きっともうすぐ会えるから、ね」
みーにゃんがそう慰めてもお月さまは泣きやみません。
(どうしよう……)
このままじゃ、あまりにもお月さまがかわいそうだ。
そう思ったみーにゃんでしたが、どうしたらお月さまが元気になってくれるのか、自分にはわかりません。
(そうだ! にゃーごどんに聞いてみたらなにかいい案があるかも!)
にゃーごどんはみーにゃんたちの仲間で1番頭がよく、頼りがいのあるオスのトラ猫です。みーにゃんはさっそくにゃーごどんのお家へ行き、このことを全て話しました。
「何かお月さまを元気にする方法、あるかな?」
「大丈夫! 僕にまかせてよ、みーにゃん」
ドンと自分の胸を叩くにゃーごどんを見て、みーにゃんは彼にまかせることにしました。
「お月さま、そんなに泣いてたら、お日さま、お月さまに会いたくないって思っちゃうよ。今度会うときには元気な姿を見せてあげなきゃ」
お月さまのところにつくと、にゃーごどんはそうそう言いました。お月さまは少し泣くのをやめ、その糸のような目でにゃーごどんを見つめます。
「……元気になるにはどうしたらいいの?」
「お月さま、お日さまに会えなくなって、泣いたでしょ? その時にお星さまの涙をこぼすから、だんだんだんだん元気がなくなっちゃったんだよ。だからね、今まで流した分のお星さまの涙を食べれば、きっと元気になるよ」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
「お日さまも元気になれば会ってくれる?」
「大丈夫! きっと会ってくれるよ」
不安そうに聞くお月さまに励ますように答えるにゃーごどん。どことなくお月さまも明るさを取り戻したようでした。
「あたしたちお星さまを集めて毎日ここに来るね!」
「早く元気になってください」
にっこり笑って、2人はお月さまに手を振ります。お月さまもまだ少し涙を流しながらも、元気付けてくれた2人に微笑みかえしました。
それから少しづつお月さまは星を食べて元気になっていきます。だんだんとお日さまと会える時間も長くなり、上機嫌のお月さま。1番元気なまんまるお月さまになるには、もう少しかかりそうです。
おしまい
「……ルーミィ、寝ちゃったの?」
「みたいデシ」
読み終わって本を閉じたパステルは、隣でこの本を覗き込んでいたルーミィがかわいい寝息をたてているのに気づいた。
これは最後まで聞いてたかな……?
内心少し苦笑しながら、パステルはルーミィをベッドに寝かす。
「おやすみ」
「おやすみなさいデシ」
パステルにそう言って、シロもルーミィの横に丸くなった。
「いい夢見てね」
微笑みつつそう言って、パステルは部屋の明かりを消した。
辺りは急に闇に包まれ、かすかな月の光だけが暗い部屋を照らしていた。
***
日付は変わって次の日のこと。
朝ご飯を食べ、皆がそれぞれの事をし始めた時、思い出したようにルーミィがシロに聞く。
「しおちゃん、昨日のお話の終わりはどうなったんら?」
「お月さまはお星さまを食べて元気になったんデシ」
「ふ〜〜ん……」
ルーミィは答えを聞くと、首をひねりながら何かを考えているようだった。しばらくその様子を見つめるシロ。しかし、長い間難しい顔をしているルーミィを見て、少し心配になって声をかけた。
「どうしたんデシ? ルーミィしゃん」
「しおちゃん! このご本くれた泣いてる人、お月さまだお! きっと」
ぱっと明るい顔になってそう言話すルーミィにシロは首をかしげる。
「お月さまデシか?」
「細いお目めで泣いてたんら」
「そうデシけど……」
だからってお月さまとは決まったわけではない……シロにもその辺はわかっていた。
「だから、ルーミィたちでお月さまを元気にしてあげるんだお!」
でも、生き生きしているルーミィの姿を見て、だんだんとその話が本当のような気がしてきたのである。
お月さまを元気にしてあげたい。あの『みかづきお月さま』の話を読んで、シロは思った。もしあの人がお月さまだったら……と考えると、助けずにはいられなくなった、ということも、次の言葉を言った1つの理由といえよう。
「わかりましたデシ! でも、どうするデシ?」
「お星さまを食べさせるんだおう」
「そうなんデシけど、お星さまがどこに落ちてるかわらかないデシよ」
「うぅ〜ん……」
シロの言葉にルーミィは頭を抱える。が、それも一瞬のこと。
「……ぱーるぅに聞いてみるおう!」
「はいデシ!」
もうパステルが居るだろう部屋に向かって歩き始めているルーミィの背中に、元気な返事を返すシロだった。
***
「ぱーるぅ!」
ガチャリと開いたドアから顔を出したのは、もちろんルーミィだ。シロもすぐ後について部屋に入ってくる。ぱーるぅと呼ばれた本人はというと、机にかじりついていた。
「……なーに?ルーミィ。今忙しいから遊べないわよ」
「お星さまどこにあるか知らないかぁ?」
小説原稿を書いているパステルにお構いなしに話し掛けるルーミィ。
「お星さまなら空の上でしょ?」
半分上の空で答えるパステルに、ルーミィが叫ぶ。
「違うおう! 落ちてるお星さまだおう!」
「お星さまが落ちてる……? あ、昨日の本の?」
パステルは、昨日読んだ絵本を思い出し、すこし苦々しい顔をしてルーミィを見た。
「あのね、ルーミィ。星は落ちてないのよ」
「ないんかぁ?」
「えぇ……」
寂しそうな顔をして自分を見るルーミィに、パステルはゆっくりと頷いた。
「しおちゃん、どうしたらいいおう?」
「ちょっと僕にまかせてくださいデシ」
ルーミィの前に出て、椅子に座っているパステルを見上げる。
「パステルおねーしゃん。食べられるお星さまってあるデシか?」
「食べられる星?」
「そうデシ」
「ん―――――……」
口元に手を当ててしばらく考え込むパステル。そんな彼女に首を傾げて聞くシロ。
「……わかるデシか?」
「ごめんね、思いつかないわ」
「そうデシか。どうもありがとさんデシ。ルーミィしゃん行くデシよ」
「待って、しおちゃん」
首を振るパステルを見て、落ち込むかと思えたシロだったが、そんなことはまったくなく。元気にお礼を言って、ルーミィと共に部屋を去った。
「どーするおう?」
「こういう時はキットンしゃんに聞くデシ!」
「そうら!」
2人は廊下を歩きながらそう言いあい、キットン探しに旅館の中を駆け回りはじめるのだった。
***
「いないのかぁ?」
「薬草取りに行くって出てったぜ」
旅館の1階に居たトラップにキットンの居場所を聞いたルーミィたち。
返ってきたのは出かけてるの言葉。
「……しおちゃん……」
またもやどうしようの目でルーミィに見つめられたシロは、ルーミィの一歩前に出てトラップを見上げる。
「じゃあトラップあんちゃんでいいデシ!」
「いいデシって…おめぇ……」
悪気はないだけにちょっと傷ついたトラップだ。しかし、そんなことは気にも止めず、シロは聞く。
「食べられる星ってないデシか?」
「食べられる星?」
「そうデシ」
「そうだお!」
真っ直ぐな瞳を向けられ、でたらめは言えないことを感じたトラップは、いつにもなくまじめな態度で問いについて考える。しばらくして、思いついた答えを口にする。
「……こんぺいとう、じゃねーのか?」
「こんぺいとう?」
「デシ?」
「ああ。星みてーな形してねーか? あれ」
その言葉を聞いた瞬間、ルーミィとシロがお互いに向き合いながら目をキラキラと輝かせた。
「そうデシ! ルーミィしゃん、こんぺいとうデシよ!」
「こんぺいとうだおう!」
「トラップあんちゃん、ありがとさんデシ!!」
「おい、お前らこんぺいとうで何するつもりなんだ? …って聞いてねぇな……」
トラップの最後の言葉も聞かず、2人は、お礼の言葉のみ残して階段を駆け上がると、ある部屋へ一直線に向かった。
「ぱーるぅ!!」
「なぁに? ルーミィ」
さっきよりも勢いよく飛び込んできたルーミィに、今度はやさしい笑みを向けるパステル。
「こんぺいとうがほしいんだおう!」
「こんぺいとう?」
「さっきの食べられるお星さまのことデシ」
「あぁ! そういえば星の形してるわ」
「だからほしいんだおう!」
再三、催促され、パステルは辺りを探し始める。
「えっと…たしか最近買ったのがこの辺に置いておいたような……」
偶然にもつい1週間くらい前にパステルはこんぺいとうを買っていたのだ。ごそごそと机の周りをあっちをさわり、こっちをさわりとしている。それをそわそわわくわく見つめているルーミィとシロ。パステルもその視線を感じているから、こんぺいとうを探し出さないわけにはいかない。
そして、パステルが机の最後の引出しを開けたときだった。
「あった!」
パステルの手に、手のひらに乗るくらいのガラスのビンがあった。その中にはピンクや黄色、白の小さな星がいっぱい詰まっていた。
「これでいい?」
目の前に差し出されたルーミィはそれを笑顔で受け取る。
「おねーしゃん、これ、全部もらってもいいデシか?」
「いいわよ、別に」
「ありがとさんデシ!」
自分の問いに笑顔でそう言ってくれるパステルに、今日、何回目になるのかわからないお礼を言うシロだった。
2人の姿が部屋から消えてから、パステルは1人つぶやく。
「本当にお月さまにあげるつもりなのかしら? ……まさかね」
肩を少しすくめ苦笑したパステルは、小説の続きを書くために、再び机に向かったのだった。
***
「後はお月さまを見つけるだけなんら」
「ちょっと待ってくださいデシ」
「どうしたんら?」
「お月さまは日が沈んでからじゃなきゃ昇ってこないデシ。だって、お日さまに会えなくてないてるんデシから」
「そうらね」
「だから、日が沈むまで待つデシ!」
「うん!」
みすず旅館の外に出たこの2人の会話を聞いていたものは、周りに広がる自然と、天高く上った太陽のみだった。
2人は知らない。光の笑い声が空に響いたことを……。
***
もう日も沈むというころ、キットンが薬草取りから返って来た。
「おや、そんなところでどうしたんですか? シロちゃんにルーミィ」
そう、シロとルーミィは旅館の入り口のすぐ横で2人して座っていたのだ。キットンに聞かれ、答えるのはシロだ。
「お月さまが出るのをまってるんデシ」
「そうですか。気をつけるんですよ」
少し不思議そうな顔をしていたキットンだったが、そう言うと2人を残して旅館の中へと入っていった。
ルーミィたちには聞こえていないが、旅館の中ではこんな話がなされていた。
「パステル。ルーミィたちをそろそろ中へ入れなくていいんですか?」
部屋の中に入ってきたキットンにそう聞かれたパステルは首を振る。
「いくら入れようとしてもダメなの。お月さまが出るまでここに居るって……」
「一体どうしたんだろうな?」
「多分、こんぺいとうをお月さまにあげたいのよ」
パステルは、クレイの問いの後に、ため息をつき、そう言った。
「こんぺいとう?」
「ほら、この話」
差し出された『みかづきお月さま』の絵本をしばらく読むクレイたち。
読み終え、本をパステルに返しつつ、クレイは肩をすくめた。
「……まぁ、月が出たら中に入ってくるだろう? 気の済むまで居させてあげればいいよ」
「そうだぜ。そのうち戻ってくるって」
トラップもそう言うのを聞いて、とりあえず月が出るまで待とう、という事になったのだった。
いつのまにか日は暮れ、辺りは闇に包まれた。星だけが瞬いていて……どうやら月は、まだ出ていないようだった。
そんな時、昨日の夜、みすず旅館を訪れた銀髪の男が向こうの方から歩いてきた。まるで、月が昇ってくるようなゆっくりとした足取りで。
「お月さまだおう!」
たたた…と自分に駆け寄ってくるルーミィたちに、男は、涙を流しているその細い目をさらに細め、心なしか微笑んだ。
「こんばんは」
「こんばんはデシ」
笑んだといってもやはり泣いている男。今日もキラキラと光る涙がとめどなくその白い頬を流れていた。
「泣いてちゃお日さま会ってくれないおう! これ食べて元気になるおう!!」
ルーミィがそんな彼に、こんぺいとうの入っているビンを差し出した。『みかづきお月さま』に出てくるにゃーごどんが言ったような言葉をつけて。
それをすっと受け取った男は、軽くルーミィとシロの頭を撫ぜつつ、その静かな声で一言言うのだ。
「ありがとう」
そして、彼はビンのふたを開け、こんぺいとうを中から1つ取り出し自分の口の中に入れた。すると、辺りがほんのり明るくなり、なんと、銀髪の男のあの細い瞳が開かれたのだ。
「うわぁ〜…!」
「きれいデシ……」
その瞳は髪と同じ銀色で、ほのかに光っているのが見て取れた。男の涙はいつの間にか止まっており、冬の夜にとても暖かい微笑を残してその姿を一瞬にして消したのだった。
しばらく彼のいた所のみ見つめていたシロとルーミィだったが、ふとさっきより明るくなったような……と思って空を見た。そこには、昨日より大きくなった三日月が浮かんでいた。
「早く元気になってまんまるになるんだおう!」
「デシ!」
2人の心は月のように淡い銀色の光に包まれ、なぜかふんわりと暖かった。
“ガチャ…”
突然入り口が開き、パステルが出てきた。
「ルーミィ、シロちゃん、夕飯食べに行くわよ」
「はいデシ」
「ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
元気にそう言う2人は、いつもと同じようで、いつもとは違った暖かい微笑を浮かべていた。
- end -
2013-11-23
某方へ差し上げた作品です。
猫の爪のように細い三日月と星を夜空に見たことから生まれました。
屑深星夜 2000.3.27完成(2013.11.16修正)